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Category時事
Kameno's Digital Photolog のURLを 貞昌院のURL と統合します。
貞昌院ホームページ http://teishoin.net
ブログURL http://teishoin.net/blog
今月(6月)末を目処に完全移行する予定です。
ブックマークをされている方はお手数ですが http://teishoin.net/blog へ変更をお願い致します。
記事に入る前に、グラフをまず作ってみました。

図:ギャンブルの種類によるテラ銭(赤)と分配金(青)の割合
図の赤い部分が「テラ銭」の部分です。
テラ銭とは、簡単に言うと「ギャンブル」を主催する側が「無条件」に収益とするお金のことであり、テラ銭を差し引いた残りのお金(青い部分)が参加者に分配されます。
このテラ銭の「テラ」は「寺」ですね。
仏教語や寺院に関連した用語が一般の言葉として流布しているものは良くありますが、その中であまり歓迎すべきでないと思える言葉が「テラ銭」です。
江戸時代、征夷大将軍によって、「賭博は、重犯罪」として厳しい取締りがあったが、江戸中期以降に賭博を常習的に行う博徒集団が現れ、現代に至っている。一方、的屋は「非人身分」とされていた。江戸時代には寺社の境内などで賭博を催し収入(いわゆるテラ銭)を得ていた。都市部だけでなく、地方にも存在する。現在に至るまで「社会枠組の外」となる人々である。 (ウィキペディア:「ヤクザ」項)
江戸時代においては寺いくつかの寺が、勧進のために「富くじ」を主催し売っていました。
こちらは公儀の許可を得た合法的なものでした。
しかし、さらに寺社は寺社奉行の管轄であって、賭博を取締まる町奉行の監督外であったため、そこで博徒組織が寺社境内でバクチ場を開帳させてもらい収益の一部を寺社に納めていたという構図も「かつては」あったようです。
縦割行政、聖域を悪用するということは昔から行なわれてきたことであり、旧態依然の組織が自浄作用だけでこれを改めることはなかなか難しいのでしょう。
先の事業仕分けで宝くじ協会が対象となった際に、宝くじ売上金の分配が話題になりました。
合法とされる公営ギャンブルは、冒頭のグラフのように相当高い「テラ銭」を取っています。
まあ、高い「テラ銭」がきちんと公共事業や災害復興、公益のために分配されていれば問題は無いのでしょう。
しかし、それを監督する監督省庁が例えば宝くじ、サッカーくじ、競馬、競輪、競艇でそれぞれ総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省となっており、監督省庁の下にそれぞれ財団法人や特殊法人がぶら下がっているわけで、それこそ高い「テラ銭」とその利権に群がる法人、他所の管轄に口出しできない縦割り行政の弊害があぶりだされることになりました。
さらに、「テラ銭」が低いほうに目を向けると、グラフで見ても判るとおり、低いほど日本では非合法性が高くなってきます。
つまり、それだけ「アングラ」なギャンブルが「アングラ」な場所で行なわれることとなります。
分配金の高さが魅力なのでしょうが、テラ銭の使われる先がどういうことかを考えると、その問題を見逃すわけにはいきません。
そのテラ銭の場が、現代では「寺」ではなく「日本相撲協会」という公益法人の中で深く根付いてしまいました。
「相撲協会設立以来の危機」理事長が会見
大相撲の賭博問題で、日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は21日記者会見し、7月11日からの名古屋場所について「準備を進める」と開催を前提としながらも、外部有識者による特別調査委員会の調査報告を待ち、同月4日の臨時理事会で最終判断すると発表した。
(日本経済新聞 2010/6/22)
日本相撲協会の体質を抜本的に変えることができるかどうか。
名古屋場所までの間にその真価が問われそうです。
沖縄県は日本の国土面積の約0.6%ですが、その中に日本全体の約75%に及ぶ米軍基地が存在しています。
沖縄本島においては約19%が米軍基地。
街の至る所にフェンスが張り巡らされています。
その中でも特に広大な基地が宜野湾市にある海兵隊の普天間基地と中頭郡嘉手納町にある空軍の嘉手納基地です。
折角の機会なので、ぐるりと廻ってきました。
特に嘉手納基地は広大ですね。
総面積は約19.95km2(羽田空港の約2倍)、3,500mを越える滑走路を2本有し、200機もの軍用機が常駐します。
どちらの基地も周囲が高い塀や茂みで隠されているため、中を伺うことは難しいのですが、大っぴらに基地全体を見渡せる場所があります。
それが通称「安保の見える丘」です。
ここからは嘉手納基地を見渡すことができます。
現在は道の駅も出来、その屋上に設置された展望スペースが開放されています。
平日だというのに多くの人・・・・
それにしても、昼間から次々と飛行機が発着陸しますね。
特にタッチアンドゴーの際はかなりの爆音が周囲に響き渡ります。
基地と隣接する住民には想像もできない負担が掛かっているのでしょう。
期待するほど失望も大きい。それでもなお期待し続けるのは、現実の負担が放置できないほど大きいからだ。「不平等・不公平の是正を求める異議申し立て」といった方が県民感情に近い。県内移転を進める菅内閣の基本方針と沖縄の負担軽減とは真逆のベクトルにある。日米合意を前提にしながら、どういう形で負担軽減を進めていくのか。米軍が海外に駐留させている兵力総数は約23万人で、アジア太平洋方面とヨーロッパ方面にそれぞれ約10万人ずつ配置している。沖縄駐留は2万5500人で、米軍海外駐留兵力の10%、アジアでは実に4分の1が集中する。
お帰り「はやぶさ」、13日深夜ネット生中継13日深夜に地球へ帰還する小惑星探査機「はやぶさ」が大気圏に突入するときに流れ星のように光る様子が、インターネットで生中継される。
宇宙航空研究開発機構によると、はやぶさの大気圏突入は日本時間13日午後10時50分ごろ。和歌山大学宇宙教育研究所は、はやぶさの試料カプセルが落下するオーストラリア南部のウーメラ近郊で、これを待ち受ける。超高感度カメラでとらえた映像を、ホームページ(http://www.wakayama-u.ac.jp/ifes/news/news20100613.html)で中継する計画だ。
すでに現地入りしている同大の尾久土(おきゅうど)正己教授によると、ここ数日、夜は一面の星空。尾久土さんは、「かなりまぶしい流れ星のように見えるはず」と期待する。また宇宙機構は、13日午後0時45分から「宇宙教育テレビ」(http://www.yac-j.or.jp/tv/)で、はやぶさに関する講演などの特別番組を上映。特設サイト(http://hayabusa.jaxa.jp/live/)では、通常は公開しない管制室の様子を午後6時からライブ中継する方針だ。
(2010年6月12日13時50分 読売新聞)
これまで何度かブログ記事でお伝えしてきた「はやぶさ」が、いよいよ地球に帰ってきました。
今晩、大気圏に突入してはやぶさの本体は「流れ星」となって燃え尽き、小惑星イトカワから採取された試料が入っていると期待されるカプセルがオーストラリア南部の砂漠に軟着陸します。
この記事を書いている午後4時は、地球帰還まで7時間。
現在、はやぶさは横浜から見て南西の上空をかすめ飛んでいます。
貞昌院から見ると、現在この雲の向こうのどこかを飛んでいるはず。

肉眼では見えないけれども、「はやぶさ」はこの空を東から西へゆっくりと移動しているはずです。
願い事を3回言う時間は十分にあります。
おかえりなさい!
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(はやぶさが最後の力を振り絞って撮影した地球(c)JAXA)
![]()
(大気圏に突入し「火球:巨大流れ星」となるはやぶさ・(c)JAXA)
■追記
小惑星イトカワのサンプルが入っていると期待されるカプセルも無事見つかったようです。
おめでとう!
「はやぶさ」大気圏突入/カプセルも発見日本時間6月13日19時51分に「はやぶさ」は無事カプセルを分離し、日本時間6月13日22時51分頃には大気圏に突入しました。
2003年5月9日にM-Vロケットで打ち上げられてから約7年間、イトカワに着陸し、サンプル採取作業を行い、再び地球に帰還するという難事業を、幾多の困難を乗り越え成し遂げることができました。
また大気圏に再突入した「はやぶさ」カプセルについて、ヘリコプターにより捜索した結果、日本時間6月13日23時56分にWPA内の予定区域内においてカプセル本体を目視により発見しました。
なお、カプセルの回収作業は、日本時間6月14日午後に行う予定です。
メモリアルデー:日系戦没者を追悼―エバグリーン墓地で諸団体が式典
メモリアルデーの5月31日、第2次世界大戦と朝鮮戦争、ベトナム戦争で戦死した日系兵士が多く眠るボイルハイツのエバグリーン墓地の各所で日系諸団体による追悼式典が催された。
今年で61回目の二世退役軍人協会主催の追悼式典は、第442連隊のイタリア戦線で手榴弾に覆いかぶさって自ら犠牲になり仲間の命を救ったサダオ・ムネモリ上等兵を記念して建立された殉国碑前で行われた。
遺族や戦友、友人、日系諸団体の代表ら約200人が参列。各代表が壇上であいさつし、日系兵士の功績を称え英霊を慰めた。日系20団体の代表が1人ずつ献花。日系名誉戦没者の名が読み上げられ、海兵隊員が礼砲、ラッパ吹奏で弔った。
日系二世兵で編制した第100大隊、442連隊の退役軍人の多くが今年も元気な姿を見せた。同隊は米戦史の中で最も勇敢に戦ったうちの1つであると高い評価を得ている。
毎年の式典参加を欠かしたことのない元442連隊歩兵ヒロ・ニシクボさん(89)は、22歳で徴兵された。17週間の戦闘訓練の後、1944年にフランスへ送られ前線で戦った。ドイツ軍との交戦で「戦闘毎に多くの仲間を失った」と、激戦を振り返りながら、「戦死者のみならず、国家のために戦ったすべての兵士がヒーローであり名誉戦士となるべき」と述べた。この日は、4人の亡き戦友の墓前で冥福を祈っていた。
南加日系婦人会(柴洋子会長)は、同会が1937年建設した戦没者慰霊塔を囲み式典を催し、日系の各会や各地区からの代表ら約40人が列をなし焼香を上げた。司式を執行した禅宗寺のルメー大岳総監は、「日系社会のために犠牲となった先祖を今一度思い起こし感謝してほしい」と諭した。
柴会長によると、慰霊塔は婦人会が呼びかけ日系社会の協力を得て完成させた。除幕式での「感涙にむせぶ…」という記録が残されており、排日という逆境下で社会を着実に築き上げた先人の思いの深さが伝わってくる。53年には天皇陛下が皇太子時代に墓参した際に、月桂樹2本を植樹された。
柴会長は、「先人たちはすばらしい『武士道の魂』を持っていたと思う。果敢に戦った」と称え、「活躍と功績を思うと、胸が打たれる。社会のために献身してくれた」と哀悼の意を表した。
(Rafu Simpo 2010年6月2日)
アメリカにおける日系人社会は、第二次世界大戦によって、それまでに築き上げられてきた地盤が根底から覆されてしまいました。特に僧侶や教師は厳しく収容所に監禁され、寺院や学校は強制的に閉鎖させされてしまいます。
収容を免れた一般の日系人はアメリカに忠誠を誓うことで排日感情を少しでも和らげ、名誉を回復する努力を試みます。実際、戦後のアメリカ社会における日系人の地位を飛躍的に向上させることが出来たのは、日系二世部隊の忠誠心によるものが大きいといえましょう。
慰霊法要の導師をつとめられた北アメリカ国際布教総監・ルメー大岳老師の「日系社会のために犠牲となった先祖を今一度思い起こし感謝してほしい」という言葉は、日本にいる私たちにも心にとめておくことが大切だと思います。
なお、今月9日(水)午後2時過ぎより大本山總持寺において SOTO禅インターナショナル主催による講演会 が予定されており、ルメー大岳総監にお話をいただきます。講演に先立ちまして、国際布教関連物故者法要が営まれます。
1998年に徒弟研修に随行して記事中にあるエバグリーンの墓地へ訪問したことがあります。
エバグリーン墓地はイーストロサンゼルスの西に隣接する墓地です。一面芝生が植えられており、整然と平板の墓石が並び、その墓地の中心に戦没者慰霊塔が建立されています。
夏休み、ハンコもらいに行きましたね~
ラジオ体操。
ラジオ体操は、主に
第一期 (昭和3年~終戦期)
第二期 (昭和23年~)
にかけて行なわれました。
第一期には第3体操まであり、足踏みから始まり、体の側屈、前後屈、旋回、跳躍などという構成だったようです。
しかし、NHK、郵政局では収蔵が確認されておらず、幻の体操とされていました。
この国民的体操ともいえるラジオ体操に、70年ぶりに第4体操が制定されました。
その名も「ラヂオ体操第4」。
アディダス関連会社によるジョーク映像ですけど、面白い企画ですね。
号外まで作成して、なかなか手が込んでいます。
難易度は相当高く、素人が出を出すと却って体調を悪化させる結果となるでしょう。
(そもそも行なうことすらムリ)
今年度初めに曹洞宗より出された 《平成22年度 布教教化方針》 にこれまでになかった項目が加えられました。
6、 寺院を地域社会の「絆を再生する場」に活かします。
私たちは、地域社会に積極的にはたらきかけ、寺院を広く開放し、人々との様ざまな縁を大切にし、信仰生活を柱とする絆をつくっていきます。
まさに「地域の核として、広く地域社会と結びつく縁を広げ絆を深める」というエンゲージド・ブッディズム(社会参画型仏教)の精神でもあります。
この「エンゲージド・ブッディズム」という名前は、ベトナム出身の禅僧 ティク・ナット・ハン師により命名、実践されてきた活動です。
ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh 釈一行、1926年10月11日 - )はベトナム出身の禅僧・平和運動家・詩人である。 ダライ・ラマ14世と並んで、現代社会における実際の平和活動に従事する代表的な仏教者であり、行動する仏教または社会参画仏教(Engaged Buddhism)の命名者でもある。アメリカとフランスを中心に活動を行なっており、世界でもっとも著名な仏教僧の一人である。 ベトナム戦争中は、戦禍をくぐりながら、どちらの側にも立たず、非暴力に徹した社会活動を推進し、学校や病院を設立し、孤児たちの社会的支援や、死体の回収などを行なった。またアメリカにおいてベトナム戦争の終結を強く訴え、詩や著作を通してアメリカ社会に禅を根付かせるのに貢献した。その思想は、キング牧師に深い影響を与えた。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
実は、来年(2011年)5月2-9日にティク・ナット・ハン師を招聘する動きがあります。
私もどの程度この事業に協力できるかはわかりませんが、微力ながら出来る限りのことをさせていただきたいと思います。
ティク・ナット・ハン師にお会いできることを楽しみにしています。
まだまだ招聘の動きは始まったばかりですが、サイトを立ち上げておりますので情報を順次追加していきます。
宇宙飛行士の山崎直子さんを乗せたスペースシャトル「ディスカバリー」は、アメリカ東部時間4月20日午前(日本時間同日夜)無事帰還しました。
再来月、もう一つの帰還があります。
それは2003年に打上げられた日本の第20号科学衛星MUSES-C「はやぶさ」です。
世界初となる小惑星着陸・離陸成し遂げた2005年11月には、はやぶさ世界初の小惑星着陸 というブログ記事を書きました。
その後、通信が途絶えて制御不能になるなど数々の危機がありましたが、それらを乗り越えての帰還です。
「はやぶさ」カプセル再突入予定時刻を公表![]()
6月13日23時頃(日本時間)、豪州ウーメラへ宇宙航空研究開発機構(以下JAXA)は、2010年6月に予定している「はやぶさ」搭載カプセルの地球帰還に関し、4月16日(金)に着陸想定地を管轄する豪州政府から着陸許可を得ましたのでご報告いたします。
なお、カプセルの再突入の日時は、現在の計算によると、2010年6月13日、日本時間23時頃(協定世界時14時頃)、着陸場所は豪州ウーメラ立入制限区域の予定です。
引き続き、「はやぶさ」の地球帰還、カプセルの再突入へ向けて慎重な運用を続けるとともに、適時運用状況についてお知らせいたします。
※協定世界時(UTC):全世界で時刻を記録する際に使われる公式な時刻
(JAXAよりの発表)
■2003年
5月 9日 鹿児島宇宙空間観測所より打上げ
5月27日 イオンエンジン点火
■2004年
5月19日 イオンエンジン加速と地球スウィングバイを併用した軌道変換(世界初)
■2005年
7月29日 小惑星イトカワの撮影に成功
9月12日 イトカワに到着(20km地点)
9月30日 ホームポジション(約7km地点)到着
11月12日 ミネルバ分離
11月20日 1回目のタッチダウン・ターゲットマーカー放出
11月26日 2回目のタッチダウン
12月 8日 燃料漏れによって姿勢が安定せず、地球との通信ができなくなる
■2006年
1月26日 地上との通信が復活
■2007年
1月18日 資料容器のカプセル収納・蓋閉め運用完了
2月 イオンエンジンの再点火
4月25日 地球帰還に向けた本格巡航運転開始
10月18日 第1期軌道変換完了・イオンエンジン停止
■2008年
5月 末 地球から最遠に到達
■2009年
2月 4日 第2期軌道変換開始・イオンエンジン再点火
11月 4日 イオンエンジンに異常発生
11月19日 2台のイオンエンジンを組み合わせて推進力確保
■2010年
3月27日 第2期軌道変換完了・イオンエンジンの連続運転終了
4~6月 再突入に向けた軌道修正
6月13日 地球帰還・カプセル回収(予定)
JAXAにより、このミッションのビデオが作成されていますのでご紹介いたします。
ジャズミュージシャン甲斐恵美子さんによる音楽をバックに「はやぶさ」のミッションが判りやすくまとめられている、とても感動的なビデオ映像です。
必見!
はやぶさ帰還まであと2ヶ月を切りました。
現在は地球から見て、ふたご座の方向におり、地球へ向かって順調に進んでいます。
無事帰還し、カプセルから資料が回収できることを祈ります。
追記
はやぶさは吃驚するほど低予算で実行されたミッションです。
現在、民主党政権による事業仕分け第二段が行なわれていますが、必要な予算をバッサリ削減することはしないで欲しいと思います。
4月8日はお釈迦様の誕生日(釈尊降誕会)の日です。
花まつりとも呼ばれています。
貞昌院では、花まつりを日曜日に開催することになっており、本年は4月4日(日)を予定しております。
平成22年4月4日(日) 貞昌院にて
11:00 花まつり法要
11:30 護持会総会
12:00 花まつりコンサート 「幾千の祈り~ヴァイオリンで奏でる仏教讃歌」
13:00 懇親会(お食事をご用意いたします)
<抹茶のお点前>
花まつりコンサート
~♪~幾千の祈り~♪~
ヴァイオリンで奏でる仏教讃歌演奏 音紡(おとつむぎ)KAORU さん
百か寺音巡礼の21か寺目としての奉納演奏をいただきます。
■追記
2冊の本が出来上がりました。
花まつりの際に頒布させていただきます。
また、花まつり以外の日でも貞昌院にお越しくださればお渡しできます。
『こうなんの歴史アルバム』
港南区誕生に至る歴史秘話 (明治・大正・昭和・平成)
変形A4版 96ペ-ジ 定価¥1000(予約価格 ¥900)
編集・発行 港南歴史協議会
『未来につなぐ子どもの遊びヒアリング集』
~ここで遊んだ,笑った,おこられた~
A4版 36ペ-ジ 無償配布
編集・発行 港南の絵本をつくろう会/横浜市港南区区政推進課
■油の回収は引続き日常的に行なっています。
油の回収は (株)ロゼックス様と協働により行なっています。一般家庭から出る廃油がバイオディーゼル(軽油)として生まれ変わります。
つきましては、ご家庭で使用した油を固めずに集めておき、容器に入れて「貞昌院・駐車場トイレ前の回収場所」までご持参ください。
回収 可能 な油 =植物性の油であれば回収可能です。
・菜種油(キャノーラ)
・大豆油
・コーン油
・サンフラワー油
・ヒマワリ油
・綿実油
・ゴマ油
賞味期限切れの未使用油でも構いません。
※なお、 固めた油、水分を多く含んだ水、ひどく汚れている油などは回収不可能です。
今月28・29日 東京における2つのビックプロジェクトが相次いで「区切り」を迎えました。
ちょうど会議のため近くへ出かける用事がありましたので、早速この2つ現場を目の当たりにしてきました。
どちらも日本の土木技術の粋を結集して建設が進められています。
■その1
建設中の東京スカイツリーが、ついに東京タワーの高さ333mを超え、日本一の建築物となりました。
3月29日午前10時に 328mから10メートルの部材1ブロック(左下写真の頂上にある部材)が積上げられ、338mに!
何人もの人が338メートルの表示看板をカメラに収め、東京スカイツリーを見上げていました。
来年末の完成時には634mとなる予定です。
■その2
3月28日、首都高速3号渋谷線と4号新宿線を結ぶ中央環状新宿線(4.3km)と大橋ジャンクションが開通しました。
これで池袋から渋谷まで山手通りの地下を貫く大動脈が繋がったことになります。
今回開通区間は総工費約6000億円のビックプロジェクトです。
会議の帰りに新宿方面から大橋ジャンクションを登り、3号渋谷線下り方面に入るまでの動画を固定カメラで撮影してみました。
大橋ジャンクションは地上約35m・地下約36mの高低差約71mを結ぶ一周約400mの4層構造となっています。
このような複雑な構造の道路を、安全に、スムーズに走行できるように様々な工夫がされていることが判ります。
この工事では直径約13m、重さ約2,000tの巨大シールドマシンを地下30mの立抗内で180度転回し、上下線を一気に堀り上げたり、2つのシールドトンネル間を非掘削で結ぶという最先端の技術が開発されました。
改めて工事関係者に敬意を表します。
(株)首都高速道路作成の3Dシミュレーションを観ると、大橋ジャンクションの概要が良くわかります。
「首都高速道路 大橋JCT 走行支援策 VRデータ」(首都高速道路 株式会社)
3年後には中央環状がさらに大井まで延長され、横羽線へと結ばれる予定です。
■関連ブログ記事
東京スカイツリー174m
今日は彼岸の入りの日です。
彼岸(ひがん)は、、現世=比岸(しがん)に対し、向こう岸という意味です。
苦悩と煩悩から離れ、寂静の世界である彼岸は、西方浄土(西方のはるか彼方)にあると考えられました。このことから、太陽が真西に沈む春分と秋分の日には、現世と極楽浄土が最も近くなるとされていますす。
お彼岸はご先祖様のいらっしゃる世界と交流ができる期間とされ、先祖供養する習わしとして定着しました。
曹洞宗では極楽浄土という考えは用いませんが、お彼岸にお墓参りをする習慣は、この思想に基づいているといえます。
家族・親族・ゆかりの人々が墓参りをし、ご先祖様や故人を偲び、報恩のご挨拶をする、この日本の良き習慣をいつまでも伝承していきたいものです。
貞昌院では、先週墓地清掃を行ないました。
きっと気持ちよくお参りいただけることでしょう。
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さて、当ブログで何回か御紹介しておりますが、貞昌院から「富士山」がほぼ真西に位置するため、彼岸の期間にダイヤモンド富士を見ることができます。
今年も計算上は彼岸の入りの日(つまり、今日)ダイヤモンド富士となるはずです。
カシミール3Dによるシミュレーション画像を添付します。
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※厳密にいうと、ほんの少し富士山頂の北側にずれて沈む形となります。
私は檀務のため残念ながら見ることは出来ませんが、夕方にお墓参りされる方は晴れているようでしたら是非西の空を眺めてみてください。
鶴岡八幡宮:大銀杏倒れる…樹齢千年、実朝暗殺の舞台
10日午前4時40分ごろ、神奈川県鎌倉市雪ノ下の鶴岡八幡宮(吉田茂穂宮司)の本殿前にある県指定天然記念物「大(おお)銀杏(いちょう)」が、根元付近から折れて倒れているのを警備員が見つけた。9日夕から続いた強風が原因とみられる。けが人はなかった。大銀杏は鎌倉幕府三代将軍、源実朝(さねとも)の暗殺事件の「隠れ銀杏」として知られる。同八幡宮関係者は「あり得ないことだ」とぼうぜんとしている。
八幡宮によると、大銀杏は幹回り6.8メートル、高さ約30メートルで樹齢は1000年とされる。午前4時15分ごろ、当直の警備員が3回ほど「ドンドン」という音を聞いた。警備員は「積もった雪が落ちる音だと思った」という。その後、落雷のような音がしたため、様子を見に行くと大銀杏が倒れていた。市消防本部によると、当時の最大瞬間風速は12メートルだった。
大銀杏をみた東京農業大の浜野周泰教授(造園樹木学)は、2月以降の雨で地盤が緩んでいたことに加え、9日夕からの強風が原因と指摘。雪まじりの風は、通常の数倍の力がかかるとされ、傾きを支えられずに折れたとみられる。土壌が薄い石段脇の斜面に立っていたことも影響したらしい。浜野教授は「根元の状態から回復は不可能」とのコメントを出した。
八幡宮では09年末から保全に向けた検討を始め、浜野教授が診断したが、生育に問題はなかった。
八幡宮側は「吉田宮司はコメントを出せる状況ではない」と話し、午前5時に駆け付けたという神職も「あり得ないことだ。驚いている」と動揺を隠さない。倒れた大銀杏に米をまいたり、酒を供える神職もいた。
大銀杏は、同八幡宮のシンボル的存在で、1219(建保7)年1月、鎌倉幕府三代将軍、源実朝が僧侶の公暁(くぎょう)に暗殺された際、公暁が潜んでいた「隠れ銀杏」とも呼ばれる。1955年に県の天然記念物に指定された。
(毎日新聞 2010/3/10)
先日吹き荒れた雪混じりの暴風によって、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまいました。
「源頼朝の挙兵」「鎌倉幕府の成立」「静御前の舞」「道元禅師の鎌倉入り」「実朝惨殺」・・・・それぞれを見守ってきたであろう歴史のある大銀杏ですし、個人的にも馴染みのあった木だけにショッキングなニュースでした。
建物への被害や怪我人が出なかったことは幸いでした。
昨日ちょうど近くへ行く用事があったので、帰りに鶴岡八幡宮に立ち寄ってきました。
平日にもかかわらずたくさんの方が参拝に訪れています。
銀杏を心配して来られた方も多いようです。
本殿に続く階段は閉鎖され、銀杏の周りがシートで囲われていました。
手前にある柵の外側から見ることは出来ました。
幹の中に大きく空いている空洞が、銀杏の老齢化を物語っています。
本殿のある石段の上が一部開放されており、そこからも見下ろすことが可能です。
20人ほどの列が出来ていました。
携帯に収める人も多かったけど、明治神宮の清正井みたいな感覚もあるのでしょうか。
この日は、倒壊した幹を保存し、枝の部分を切断する作業が行なわれていました。
傍らでは神職の方が見守っており、お神酒を捧げる姿もありました。
松沢県知事も視察に来られたようです。
鎌倉市、神奈川県教育委員会、鶴岡八幡宮では、ご神木の保存と活用のあり方を話し合う検討組織を設置し、可能な限り再生させ次世代の銀杏を育てる方向のようです。
具体的には
・神奈川県自然環境保全センターでご神木のクローン苗を育てる
・幹の下部を約4メートル切り取り、枝を払い地面に植えてみる
・残った根からのヒコバエが生えるのを見守る
という何通りかの方法を同時進行で試みるようです。
銀杏の生長は意外に早いものです。
再び鶴岡八幡宮のシンボルとして、ご神木として復活することを願って止みません。
※なお、土日は参拝客がかなり多くなると思います。
※くれぐれも立ち入り禁止のエリアには入らないよう心がけたいものです。
追伸
グラビアアイドル・東原亜希さんのデスノート伝説の1つとして、この件が噂されているようです。
偶然とは恐ろしいものです。
Dr中松、いきなりチベット仏教最高位に発明家ドクター・中松氏(81)が9日までに、インドでチベット仏教最大宗派「ゲルク派」トップから「金剛大阿闍梨(あじゃり)」の位を授与されたことが分かった。同氏によると、チベット仏教指導者として最高ランクという。世界的な知名度などが評価され、いきなり“特別選任”された模様。同氏は「平成の弘法大師になる」と宣言。近々、都内に「中松寺(ちゅうしょうじ)」を設立し、創造や頭脳に御利益があるパワースポットにしたいという。
中松氏によると、同氏は現地時間8日午前、インド・デリーの寺院で、チベット仏教ゲルク派のトップ(教主)である第102代ガンデン・ティパから「金剛大阿闍梨」に認定された。ティパから「『活仏(かつぶつ)』として仏教を日本に広めてほしい。そのため仏教界の最高位を授けます」という趣旨のことを言われたという。
同氏によると、金剛大阿闍梨とはチベット仏教の指導者として最高ランクの位。ゲルク派側からは、日本人で同位を授与された人は過去いないと言われ、「空海(弘法大師)と同じステージだ」という説明を受けたという。いきなり仏教の“最高ランク”を授与された格好となった中松氏は「『平成の弘法大師』として世界平和や、犯罪をなくし、日本人を良い心にしていく活動をしたい」と、発明家ならぬ「宗教家」としての抱負を語った。
ゲルク派は、チベット仏教ダライ・ラマ14世(74)が属する最大宗派。中松氏はこれまで、チベット仏教の修行をしたり、深く関係したことはなかった。約1カ月前、ガンデン・ティパ側から突然、授与の連絡がきたのが発端という。先方からは「日本に正しい仏教を広めてもらうために、日本を代表するような人に『金剛大阿闍梨』の認定をしたかった」という説明があったといい、発明家としての世界的な知名度や実績が高く評価され、中松氏が選ばれたようだ。
中松氏は今回の認定を受け、東京都世田谷区にある自身の施設内もしくは敷地付近に「中松寺」という寺院を設立する計画。「ティパからもらった仏像を日本に持ち帰り、中松寺に供える。寺はお参りできるようにし、創造や頭脳、発明などに御利益があるパワースポットにしていきたい」と話した。
日本のチベット仏教関係者は「日本人で過去、金剛大阿闍梨を授与された人がいたという話を聞いたことがない。一般的には、チベット仏教を深く修行しないと与えられにくいが、さまざまな業績やすごい地位がある人が与えられる可能性もゼロではない」と驚いた様子だった。
(日刊スポーツ2010年3月10日下線はkameno付記)
ドクター・中松氏はもう80歳を超えていたのですね。
それにしても、情報源が全て中松氏という記事ですので信憑性は良くわかりませんが、中松氏は中松寺を造りたいようですね。
興味深いニュースです。
普天間移設で首相「今月中に決断」 シュワブ陸上1500メートル滑走路軸に調整米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、鳩山由紀夫首相は4日夕、首相官邸で記者団に「できるだけ早く決めたい。3月中のいずれかの時点に政府の考えをまとめなければならない」と述べ、3月中に政府案をまとめる考えを表明した。5月末までとしてきた決着時期も前倒しとなる公算が大きい。政府は、米軍キャンプ・シュワブ(同県名護市)沿岸部に移設する現行案に代わり、シュワブ陸上部に1500メートル級の滑走路を建設する「陸上案」を軸に最終調整を進める。複数の政府関係者が明らかにした。
これに先立ち、平野博文官房長官と北沢俊美防衛相は2日夜、都内でルース米駐日大使と会談した。平野氏は会談で「現行計画は困難な情勢になった」と述べ、陸上案を正式に提示したという。
ルース氏は「現行案が最善だ」との考えを重ねて表明した上で、陸上案については「今週末に米本国で協議する」と含みを残した。もう一つの代案であるシュワブ陸上部に500メートルのヘリコプター離着陸帯を建設する案は拒否した。
会談でルース氏は「できるだけ早く」(アズ・スーン・アズ・ポシブル)と速やかな決着を強く求め、これが首相の「3月」発言につながったようだ。
1500メートル滑走路ならば、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの発着も可能となる。ただ、周辺集落に騒音被害が生じるため、訓練地を沖縄県内の伊江島、下地島、九州全域の自衛隊基地に分散することも検討している。
(産経ニュース・2010/3/5)
普天間基地移設を巡って新連立政権の方針が揺れ動いています。
都市の真ん中にあり最も危険な基地と言われる普天間基地の移設は「抑止力を維持しつつ、県民の基地負担を軽減する」という在日アメリカ軍再編計画の重要な目的の一つです。
現行案では2006年に日米合意した「在沖縄海兵隊の約8,000名と、その家族約9,000を部隊の一体性を維持する形で2014年までにグアムへ移転すると共に、普天間飛行場代替施設を辺野古キャンプシュワブ沿岸部にV字型の完成を目標とする」とされていました。
しかし、政権交代により白紙となり、新連立政権各党の思惑が交差し迷走状態となっています。
これまでに報道されている各案を表にまとめてみました。
| 内容 | 長所 | 短所 | |
| 現行案 | キャンプシュアブ沿岸部に1800m滑走路 | 日米で合意、県知事も条件付容認 | 海面埋立による環境破壊、工事反対運動 |
| 政府有力案 | キャンプシュワブ内陸部に500m級滑走路 | 海面埋立不要 | 普天間代替滑走路がない |
| 政府有力案 | キャンプシュワブ内陸部に1500m級滑走路 | 海面埋立不要。滑走路確保 | 集落が近く騒音、事故の危険性 |
| 国民新党案 | 嘉手納基地に統合 | 新基地建設が不要 | アメリカが飛行機とヘリ併用に反対 |
| 社民党案 | グアムに国外移設、又は県外・大村航空基地など | 沖縄の軽減負担 | 海兵隊と地上部隊が離れ有事に即応できない |
| その他 | キャンプハンセン | 新基地建設が不要 | 集落が近く騒音、事故の危険性 |
| その他 | ホワイトビーチ・津堅島 | アメリカ側に一部肯定意見 | 海面埋立が必要 |
| 先延し案 | 普天間飛行場を継続使用 | 解決先延ばし |
鳩山首相は冒頭のニュースにあるように、3月中のいずれかの時点で政府案をまとめることを表明しました。
どのような落とし所になるのか注目されます。
さて、この問題を解決するための私案を提示してみたいと思います。
それはテニアン島ハゴイ飛行場跡地を米軍普天間飛行場代替地とし、グアム島及び嘉手納基地と統合的に運用、そして自衛隊・海上保安庁を拡充させる という案です。
テニアン島は隆起珊瑚礁からなる平坦な島であり、北部にはアメリカ軍が旧日本軍の飛行場を拡張して建設した飛行場跡地があります。
(対し、サイパン・グアムは比較的起伏が大きく平地が少ない島です)
サイパンからテニアンにセスナで渡った際に上空を通過しました。
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右方向が北です。
東西に貫く4本の滑走路が見えます。
うち、南側2本の滑走路はジャングルの木々に覆われてしまっています。
(一番北側の滑走路の北部に見える空地が原爆をB-29に搭載したピットのある場所です)
このように、現在は一部草木に覆われてしまっていますが、4本の8590ft(2590m)級の滑走路があるのです。
滑走路の周辺には住居は無く、手付かずのジャングルが広がっています。
使われていない滑走路を自由に車で走ることも出来ました。
現状は砂利の滑走路ですが、とてつもなく大規模な滑走路であることが判ります。
走りたい放題です。
2500メートル級の滑走路は実に広大だと実感します。
これまでに、在沖縄海兵隊のグアム移転費のうち60.9億ドルを日本政府が負担して海兵隊8,000名、その家族9,000名をグアムに移転することが決っています。現行の再編計画ではテニアンは海兵隊の訓練地とも位置づけられています。
とすれば、グアムに近いテニアン島に4本の8590ft(2590m)級の滑走路を持つ設備が整備されれば一体運用もできるというメリットが生まれます。
さらに、テニアンのデラクルス市長も基地機能の移設受入れに前向きな姿勢を示しています。
新たな空港建設、造成や埋立ての必要が無いために膨大な費用が削減できます。
現存施設を活用するために環境への負荷も抑えられるでしょう。
そして、削減できた予算を自衛隊並びに海上保安庁に配分し、沖縄空港の自衛隊及び海上保安庁関連施設を沖縄周辺に手厚く配置することが必要でしょう。
(この自衛隊、海上保安庁に手厚くというあたり、今の連立政権、特に社民党ではムリでしょうね~)
以上のことにより、テニアン移設案が最良案となるような気がします。
また、テニアン周辺に落とされた予算により、荒れ放題のまま放置されている「戦跡」の保存を進めることができれば一石二鳥でもあります。
何よりも普天間基地の跡地に沖縄全体が経済的に潤うような施設が設置され、一刻も早く街の安全が取り戻されることを切に願います。
気象庁、三陸沿岸に大津波警報方針南米チリ中部で27日未明(日本時間同午後)に発生したマグニチュード(M)8.8の巨大地震で、チリのジョマ内相は同日、国内の死者が214人に達したと述べた。震源地付近のビオビオ州だけで約40万人が被災。電話線などの障害で被害の把握が遅れており、死傷者数は拡大する恐れが強い。
津波が太平洋に広がり、日本の気象庁は28日、日本の太平洋沿岸で1~3メートルの津波の恐れがあるとの見解を明らかにした。青森県から宮城県にかけての三陸沿岸に、高い所で3メートルの津波の恐れがあるとして、大津波警報を出す方針。その他の太平洋沿岸全域は津波警報となる見通し。
フランス領ポリネシア諸島で高さ約2メートル、米ハワイ州では高さ約1.5メートルの津波がそれぞれ観測された。
ビオビオ州の州都コンセプシオンは15階建ての建物が倒壊するなど深刻な被害を受け、トア州知事は州内の死者が60人に上る可能性があると述べた。
(Nikkei netより)
南米チリ中部で発生した地震による死者は100人近くにも上っており、さらなる被害拡大が心配されます。
犠牲となられました方々には心より哀悼の意をささげ、お見舞い申し上げます。
また、地震規模が大きく影響が心配されていましたが、津波が太平洋の各地点で観測され、日本にも三陸沿岸を中心に、高い所で3メートルの津波の恐れが出て来ました。
沿岸沿いの地域の方は注意が必要です。
日本近海では珍しい深海魚、リュウグウノツカイが見られたというニュースが相次いでいました。
この魚は地震の前兆を捉え、深海から上がってくるという説があります。
何らかの関連性があるのかもしれないですね。
子どもは宝探しが大好きだ。繰り返し遊ぶうち、そこが庭なら庭を、森なら森を知ることになる。小道を抜けたら杉木立、桜並木の裏手には小さな池というように・・・(天声人語 2010年2月21日(日)付)
こんなにも大切だった、子ども時代の遊び!
~ あなたは子どもの頃、どこでどんな遊びをしていましたか? ~
港南区が誕生した40年前は、まさに大規模な造成工事や道路・鉄道工事がまっさかり。
山や田んぼ、空き地、草むら・・・・そしてこどもたちを暖かく包むおおらかな大人たち・・・そのような環境が劇的に変化した時代でもあります。
子ども達は時代ごとにそれぞれ工夫して遊びを創りだしています。
現在では子どもたちの遊びも大きく変わりました。
そこで、この『未来につなぐ子どもの遊び』と題してヒヤリング集が企画されました。
「ヒヤリングを終えて、あらためて遊びの持つ力の大きさに驚いています。お話の中にお一人お一人の人生が詰まっていることを感じ、私たちは「人は、遊びの中で育っていく」という思いを、更に強くしました。 子どもって、うるさかったり、危ないことや汚いことをしたり、大人の理解を超えることをやったりする。でも、それが子どもの姿で、そうやって子どもたちは育っていくということを、できる範囲で受け止め見守る大人たちでありたい。うちの子・よその子にかかわらず、みんなで子どもの健やかな育ちを応援する私たちでありたい」 (まえがきより)
このヒヤリング集はまもなく完成となります。
表紙の素敵な絵もメンバーによる手作りです。
※絵本を企画・編集している「港南の絵本をつくろう会」は、港南台生き生きプレイパーク・日下わくわくネットワークおたすけ隊・金井幼稚園育ちあいの会・港南台タウンカフェ・NPO法人ちゅーりっぷ・まちづくりフォーラム港南と趣旨に賛同する個人により構成されています。
アメリカを中心に起こっている大規模リコール問題、新型「プリウス」のブレーキの不具合に対しトヨタが今月2日に副社長の記者会見があったものの、社長が出てこないことに国内外から批判が噴出していたところ、ようやく豊田章男社長が昨日夜に緊急記者会見を開き「ご迷惑をおかけしたことを心からおわびします」と陳謝しました。
大規模リコール問題が一気に集中した背景には急速にアメリカ市場を侵蝕し、シェアを伸ばしている日本車に対するアメリカ側の苛立ちが背景にあることも確かでしょう。
ラフード米運輸長官が議会でリコール対象車の所有者に「運転をやめるように」と呼びかけたというのは思わず出た「本音」の言葉だったように感じます。
しかし、トヨタの2009年第3四半期累計の連結決算が大幅減益ながら黒字決算という発表のタイミングのこの時期の問題噴出と言うのはなんともいえないものがありますね。
■日本車の安全神話
数年前にアメリカIIHSで発表された、米国で販売されれている車種別の死亡事故率を調査した結果があります。
⇒Status Report, Vol. 42, No. 4, April 19, 2007(PDF)
事故率をこのように定量化して安全性能の一指標として整理するということは意義のあることであるといえましょう。
この調査報告書は1999-2002年に販売された乗用車・ミニバン・SUV・小型トラック199種類について2000-2003年における100万台当たりの死亡事故率を計算したものです。
ざっと死亡率を眺めると、やはり日本車の安全性が高い傾向にあることがわかります。
事故死亡率が 30 を切っている13種のうち、日本車が7種。
逆に死亡率が160 を越える日本車は2種のみとなっています。
以降、日本車が、米国車や欧州、韓国などのメーカーよりも高い安全性能を持っているという認識の浸透により、日本車は米国においてシェア争いを優位に展開してきました。
世界の自動車メーカー各社を対象に行なわれたアンケートによると、「今後最も重視する課題は何か」について、アメリカや欧州、中国の各社は「デザイン」「走行性能の向上」を第一に挙げていたのに対し、多くの日本のメーカーは「安全性の向上」を最重要課題と回答していたそうです。
日本のメーカーは安全性を第一と考えてるはずですし、結果として安全な車を生み出してきたはずなのです。
■トヨタはゼロナイズを目指す企業だったのではないか
トヨタも例にもれず、ITSビジョンとして交通事故死ゼロを目指す「Zeronize(ゼロナイズ)」という目標を掲げています。
トヨタでは、来るべきITS社会・ユビキタスネットワーク社会に向けて「安全・安心・快適に暮らせるクルマと車社会の創造」を目標の一つに掲げています。 その実現のためのビジョンが、「Zeronize(ゼロナイズ)」と「Maximize(マキシマイズ)」の 高い次元での両立です。さらにそのビジョンを追求するための技術開発の根底にある考えが、「TODAY for TOMORROW=より良い明日のために、今できること、今すべきことに取り組む」です。 「Zeronize」とは、交通事故、交通渋滞、環境負荷などのネガティブインパクトを限りなく小さくするために絶ゆまぬ努力を続けること。 「Maximize」とは、人がクルマに求め続けている楽しさ、わくわく感、心地よさ等を通じて、心の豊かさを最大化すること。トヨタは既に、その両立に向けた取り組みを進めています。 安全については、衝突時の被害軽減を図る衝突安全だけでなく、衝突を予知・警告するなどの高度な予防安全と優れた運動性能を同時に実現するシステムの開発・実用化を進めています。 環境については、プリウスのように低燃費、低排出ガスに加え、優れたドライビング性能を実現したクルマを商品化しています。 しかし、これからはこうした技術開発に加えて、「人」「クルマ」「交通環境」の総合的な取り組みであるITSの活用が必要です。トヨタは 「Zeronize」と「Maximize」を高い次元で両立させながら、「安全」「環境」「快適」の領域で持続可能なモビリティ社会を実現することが、 理想的な姿であると考えています。 (トヨタのサイトより引用・下線はkameno付記)
折角の崇高な目標も、これに向かって努力してきたこれまでの取組みも、一瞬にして空しい絵空事の目標に見えてきかねません。
事実、今アメリカの方にこのゼロナイズの文言を提示したら、どのような感想が聞かれるでしょうか。
蓄積してきた信頼性の重みを真剣に受け止めないと大変なことになってしまいます。
■対応の拙さが傷口を広げる
何年もかけて築き上げてきた信頼性という価値が、企業トップの数日間の対応の拙さによって一転してしまおうとしています。
品質保証担当の横山常務役員の記者会見は酷く感じられました。「ブレーキを踏み増せば安全に車は止まる」「感覚的な問題」は、開発側の本音としては確かにそういう面もあるのかもしれません。
しかし、対外的記者会見でこの言葉は言っては駄目です。却ってユーザーの不安を煽る結果を招きます。
問題を認識しており、1月生産分から対策を講じ、安全性をより高めているのであれば、せめて、それ以前に購入したユーザーにはそのことを通知するべきでした。
しかし、それが為されていなかったわけですから、2日の段階で社長自ら「ユーザーに通知をしていなかったことを」謝罪をした上で「工場で直ぐに対策を講じられるように体制を整えます」と明言するべきでした。
「トヨタ社長の顔見えぬ対応 リコール拡大『隠れている』印象」・・・米通信社・ブルームバーグはこのような見出しを掲げています。
トヨタの対応は到底世界標準を満たしていないという批判も強く、昨夕ようやく社長自らによる謝罪会見が開かれることとなりました。
しかし、その内容も謝罪はしたものの、具体的な対策の内容は示されず、却って逆効果ではないかという批判も多いようです。
世界中のユーザーが知りたいことは「現在使っている車に乗っていてもよいのか」「修理の必要があるとすればいつどのように実施されるか」ということであり、投資家やメディアの一番の興味は「企業のトップが、どのようにこの状況を打開していこうとしていくか」ということであり、そのどちらも具体的に示されていないということが問題であると考えます。
「できる限り早く対応できる方法を検討するよう、社内に指示している」だけでは不十分と言われても仕方が無いでしょう。
不安が解消されないまま週末を迎えることになってしまいました。
早急に具体策をまとめた上で発表していただくことを希望します。
■今後に向けて
車は人間が運転する以上、交通事故死をゼロにすることは不可能でしょう。
けれども、より高い目標を掲げ、そこに向かうことは自動車メーカーに求められる最重要課題であり、それゆえ結果として安全性の向上が結果として企業や商品のブランド価値向上にも繋がっていくものです。
信頼性は「お金では買えないプライスレスな価値」であり、これを再構築することは並大抵ではないでしょう。
トヨタを含め、日本の各メーカーがこれまで蓄積してきた土台はそう簡単に揺らぐことは無いように思えますが、今後の対応次第では自動車メーカーの存続すら危うくなりかねません。
まずは「Zeronize(ゼロナイズ)」の意味を一から見直していって更なる良い車を生み出していく決意を社長自ら真摯な言葉で語って欲しいと思います。
また、先進技術の開発に携わった技術者、部品を請け負う中小企業の従業員、販売に携わる社員たち、一人ひとりの努力を無駄にすることなく、それぞれのモチベーションが持続されますよう切に願います。
来週前半はきっと今後の方向性を決める重要な時期となることでしょう。
トヨタのトップがどのようにこの危機を乗り越えようとしているのか、乗り越えていくのかを見守っていきたいと考えています。
■追伸
貞昌院のプリウスをリコール修理持込してみました。
実質作業時間は15分ほど。
ソフトウエアの修正のみ済みました。
これほど簡単なことで済むのであればもう少し早く実施するべきだったと感じます。
いずれにせよ、実際の修理が簡単に済むということが報道に流されていけば、次第に沈静に向かうことでしょう。
大切なことはどのような修正がどのような手順でどのように行なわれるのかを早急に広報することだと思います。
昼前から上空を警察のヘリコプターが飛びまわり、環状2号線が検問のため渋滞となっております。
どうやら近所で傷害事件が発生したようです。
中古車販売店で従業員切りつけ逃走
24日午前、横浜市港南区の中古車販売店で、客を装った男が従業員の男性を刃物で切りつけ、逃走しました。従業員の男性は重傷です。
午前10時50分ごろ、港南区下永谷の中古車販売店で、従業員の男性(44)が事務所に1人でいたところ男が入ってきて、「あの車はいくらですか」などと客を装って話しかけました。
会話をしていた従業員の男性が後ろを振り向いたところ、男は突然、男性の背中を刃物で切りつけました。男はそのまま逃走し、男性は病院に運ばれましたが、背中や顔などに重傷を負いました。
警察は、過去にこの販売店とトラブルになった人物がいなかったかどうか調べるとともに、傷害事件として逃げた男の行方を追っています。(TBSニュース 24日16:49)
直ぐ近所、ヤマダ電機の向かいの車販売店でで発生した物騒な事件です。
犯人が早く捕まることを願います。
被害にあわれた方には心よりお見舞い申し上げます
シンガポールのマクドナルドで今年1月から始まった十二支の着ぐるみをまとったドラえもんの販売。
ところが、発売当初はこのようなラインナップでした。
何かが足りない・・・・
「イノシシ」ですね。起源となった中国では豚です。
何故十二支のラインナップから外されたのかというと、マクドナルド社が、シンガポールでかなりの割合を占めるイスラム教徒のお客さんが不快な思いをすることを懸念したからだそうです。
しかし、そのことに中国人顧客や景品コレクターからの反発があり、マクドナルドは豚の着ぐるみドラえもんをラインナップに加え、謝罪広告を出しました。
ちなみにシンガポールの宗教人口比率は2000年の統計で
仏教42.5%、無宗教14.8%、キリスト教14.6%、イスラム教13.9%、 道教8.5%、ヒンドゥー教4%、 その他1.6%(ユダヤ教・ジャイナ教・ゾロアスター教・バハイ教・シーク教など)
となっており、民族的には中国系77%、マレー系14%で、マレー人の99.5%がイスラム教徒となっています。
現在、シンガポールのマクドナルドのサイトには、表紙にデカデカと豚の着ぐるみドラえもんが登場しています。
ようやくの登場です。
そして
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We could never have anticipated how passionate Singapore is about our Doraemon lucky charms. A happy community is important to us, and it was never our intention to offend anyone.
Therefore we are grateful for your feedback. This, we believe, is the backbone of McDonald's relationship with you. You tell us, we listen.
We are doing our best to make things right. And as you have requested, we will bring in the Doraemon 'pig' lucky charm to complete your collection in mid-April owing to production schedule.
Just a small favour: Please indicate* below your interest to purchase Doraemon 'pig' lucky charm at $2 each (all nett proceeds will go to the Ronald McDonald Children's Charity™). We really want to make sure there are enough stocks to meet your needs.
Thank you for your understanding and continued support of McDonald's™.
* Do note this poll is for McDonald's™ to gather an indicative order quantity and is not an order reservation
まあ、中国人側の抗議も当然でしょう。
十二支は十二そろっているから十二支であって、それをイスラム教徒が忌諱する動物だという理由だとしても、その一を排除してしまうという行為はその十二支そのものを否定することになります。
ある宗教(あるいは民族習慣)に配慮するために、別の宗教(民族習慣)を改竄してしまってはならないというわけです。
このような事例は日本ではなかなか表に出てこないですが、決して他国の事例と考えない姿勢も必要でしょう。
■追記
中国人にとって豚年は金運などをもたらすラッキーな年と考えられています。
そういえば、この前の豚年(2007年)中国に行ったときは街の至るところに豚の看板やマスコットが溢れていました。
2007年は600年に一度の特別な「金猪年」だったそうです。
■追記2
嫌がるドラえもんに無理やり「ねずみ」の着ぐるみを着せる行為はドラえもんの人権?ロボット権?を否定するなんと残虐な行為でしょうか(笑

大本山總持寺副貫首 斉藤信義老師が御遷化されたことにより、副貫首選挙が1月13日に告示されました。
立候補の受付は2月1日まで行なわれますが、現在まで2名の立候補届けが提出されています。
この副貫首選挙は大本山總持寺顧問会において選挙回避に向けた事前調整が行なわれたそうですが、結果的に一本化できずに選挙に向けた流れとなりました。
折りしも、日本相撲協会における理事選挙もほぼ同時期に公示され、こちらのほうは大々的にマスコミを賑わせております。
日本相撲協会は1月16日公示、2月1日評議会で選挙、即日開票の流れとなります。
協会理事の制度は、1968年から立候補制となり、改選は2年おき初場所後に評議員(現在は109名)により行なわれます。
これまであまり話題にならなかったのは、「寄名跡制度改革問題」が起こった1998年以外は、無投票で決っていたからでしょう。
5つある門(グループと言ったほうが適切か)から票の数によりグループごとの立候補を出し合い、定数の候補者による無投票選挙ということが慣習となっていました。
そこに今年の貴乃花部屋の二所ノ関一門からの離脱騒動。
「改革、改革というが、何をやるんだ。今もやっていないわけではない。一門は先輩から引き継いだ伝統。改革をすれば伝統がなくなる」(武蔵川理事長)
「一門で話し合って(理事に)ふさわしければ多くの人が推薦してくれるのでは」(貴乃花親方)
今は票数で勝ち目が無い情勢ですが、月末までどうなるかは判りません。
宗門においても、選挙戦に突入します。
願わくは、折角莫大な予算を投じて選挙を行なうわけですから公正な選挙として欲しいですし、選挙結果がどうであったとしても落選者、それを支持したグループに遺恨の残らない選挙となって欲しいものです。
日本相撲協会も、宗門も、どちらも良く言えば「伝統ある」、悪く言えば「旧態依然」と揶揄されがちな組織です。
伝統を重んじることは大切ですが、そればかりでなく時代に応じた組織とは何かについて一つの方向性が出され、全国の宗侶、檀信徒のために有益となる選挙になりますことを願います。
選挙戦の話とはうってかわり・・・・
■本日( 1月21日 木)、大本山總持寺がテレビ番組で流れます。是非ご覧ください。
1月21日 (木) 21:00-21:54
「和風総本家」 (テレビ東京系)出演: 地井武男 萬田久子 東貴博
ゲスト: 井森美幸 司会: 増田和也
追跡!日本建築を支える人々夜通し!炎熱の瓦職人千本鳥居…設置に密着畳の機能美&巨大香炉解説:「日本を支える人々・日本建築編」
日本のお寺や神社などに代表される日本建築は、その美しさと巧妙な造りで人々を魅了し続けています。先人たちの知恵と巧みな技が融合した日本の宝を、誰がどのように今に伝えているのか…
今回はそんな日本建築を支える人々を紹介します。○8万坪に及ぶ敷地をもつ、曹洞宗の大本山「總持寺」
そこには何百年もの間、受け継がれてきた日本建築の技と知恵が隠されています。例えばお寺に入る時、必ず門の下にある横木。横木にもきちんと名前があり、大切な役割があるのをご存知でしょうか。お寺の門をはじめ、境内や本堂など至るところにみられる日本建築の美と技を紹介していきます。○高さ10メートルの大鳥居から、小さな鳥居が並ぶ千本鳥居など、数千基の鳥居がある「伏見稲荷大社」
1300年にもわたり人々の信仰を集める“お稲荷さん”の総本宮です。伏見稲荷大社の鳥居を、1000年の伝統の技で守り続ける工場が京都にあります。鳥居は気象条件の過酷な山にあるため、10年もすれば柱の付け根から朽ちてしまうことも。そんな鳥居を長持ちさせるための方法とは?日本の風土と歴史が育んだ日本建築を、伝統の技と熱い思いで支える職人さんたちに迫ります。
そして、22:00~はNHK総合で、浅草をタモリが「ブラタモリ」。
こちらも楽しみです。
政治とカネ焦点、緊迫化も=通常国会、18日に召集第174通常国会は18日召集される。会期は6月16日までの150日間。政府・与党は厳しい経済情勢を受け、2009年度第2次補正予算案と10年度予算案の早期成立に全力を挙げる。召集直前に小沢一郎民主党幹事長の元秘書、石川知裕衆院議員が政治資金規正法違反容疑で逮捕され、鳩山由紀夫首相の偽装献金事件と併せ、政治とカネの問題が大きな焦点となる。野党は小沢氏らの国会招致や集中審議を要求する方針で、冒頭から緊迫化しそうだ。
菅直人副総理兼財務相は17日のNHK番組で、「まず内閣として予算を成立させて、日本経済を立て直すことに全力を挙げる」と強調した。政府・与党は菅財務相の財政演説に対する各党代表質問を19、20の両日に衆参両院本会議で行い、21日から衆院予算委員会で2次補正の審議に入る日程を描いている。2次補正を今月中に、10年度予算案を年度内に成立させ、景気悪化に歯止めを掛けたい考えだ。
与党3党の国対委員長らは17日夜、都内のホテルで会談し、野党が2次補正の月内成立を確約することを条件に、首相と自民党の谷垣禎一総裁による党首討論に応じる方針で一致。自民党が求めている小沢氏らの参考人招致については拒否することを確認した。
民主党の山岡賢次国対委員長はこの後、記者団に「未曽有の大不景気に一日も早く対応するのが国会の使命だ」と語り、自民党をけん制した。
これに対し、谷垣氏はNHK番組で、「首相と幹事長の周辺で次々と逮捕者が出るのは異様な事態だ」と指摘。小沢氏の対応や捜査の進展によっては同氏に対する議員辞職勧告決議案を提出することに含みを残した。
(時事通信 2010/1/17)
今日から通常国会が始まります。
政権交代した鳩山内閣にとって初の本格的な予算国会であるため、これまで報道されている過去最大の92兆円を越える一般会計予算額がどのように審議されるのかが注目されます。
また、新規国債発行額も44兆円規模となり、国債発行額が税収を上回るのも戦後例を見ない予算編成となります。
これらの状況に充分鑑み、菅直人副総理兼財務相の言葉の通り「まず内閣として予算を成立させて、日本経済を立て直すことに全力を挙げる」ための「国民のための」政治運営を粛々と行なっていただくことを望みます。
個人的には、今国会で提出審議される法案に着目しています。
提出予定法案のうち特に注目すべきは
・政治主導確立法案
・子ども手当法案
・民法改正案(選択的夫婦別姓制度の導入)
・郵政改革法案
・外国人参政権法案(永住外国人に地方選挙権を付与)
・高校授業料無償化
このうち、特に下記法案審議にはとにかく「数の論理」で法案を通すのではなく、充分な論を尽くしていただきたいと思っています。
■子ども手当法案
⇒所得制限、支給規模、支給対象をよくよく審議して欲しい。法律を悪用し養子縁組ブローカーを生み出す可能性もあります。 むしろ「これから生まれる子どものため」の施策に使うべき。
■民法改正案(選択的夫婦別姓制度の導入)
⇒以前記事で書いています
■外国人参政権法案(永住外国人に地方選挙権を付与)
⇒これも上記法案とセットになっていることも問題。Wikipedia「外国人参政権」項へもリンクを張っておきます。
■高校授業料無償化
⇒公立小中学校の耐震化等からの予算振り分け であれば、もってのほか。また外国学校、特に朝鮮学校はどうするのでしょうか。支給形態もよく審議すべきです。
これらは場合によっては歴史に残る愚策となるでしょう。
与党としては、予算案や提出法案を可決成立させて、実績を作りたいという思惑があるでしょうし、野党側は鳩山首相・小沢幹事長の「政治とカネ」問題を国会冒頭に持って来るはずです。
それぞれ「国民」のためというよりも「党」のためという構図があからさまに見えてきています。
とにかく、一選挙権を持った国民として注目していきたいと思います。
明けましておめでとうございます
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今年も除夜の鐘にたくさんのお参りをいただきました。
「願い」と「笑顔」を鐘の音に乗せて新年を迎えます。
永谷天満宮にも多くの初詣参拝者で賑わっています。
初詣順番待ちの長い列ができました。
新年が皆様にとって佳き年になりますよう心よりご祈念申し上げます。
本年もよろしくお願いいたします
平成22年元旦
米航空宇宙局(NASA)が行なっている月への無人探査機LCROSSのミッションで、月の南極近辺にあるCabeusクレータに水(氷)が存在する可能性があることが判りました。
もし確認されると画期的なこととなります。
⇒LCROSS Impact Data Indicates Water on Moon (NASA)
![]()
インパクトの約20秒後の写真。噴出物が確認できる (c)NASA
月面には一年中太陽の光が全く当たらない「永久影」と呼ばれる領域があります。
真空に近い状態でありますので、途轍もなく寒い場所であることが想像できます。
事実、無人探査機LCROSSの観測により、永久影の領域では、昼間でも地表温度が氷点下238度以下という観測結果が得られています。
この温度は、これまで太陽系内で昼間に観測された温度の中でも最も低いことになります。
ちなみに、月面の赤道から中緯度地域においては、昼間は107度、夜間は氷点下183度だということです。
![]()
(c)NASA
それにしても凄まじい温度差ですね。
このために、もしも月面に水が氷として残されているとしたら常に氷点下200度以下である永久影の部分であるとして、発見が期待されていました。
残念なことに、昨年、日本の月周回衛星「かぐや(SELENE)」により、やはり南極近辺にあるシャックルトンクレータをおいて水の存在を探索していましたが、氷が存在する証拠がみられなったため、サイエンス誌に-水氷がクレータ底部の表面に露出した形で多量に存在する可能性がない-という論文を発表したばかりでした。
もしもシャックルトンではなく、Cabeusクレータを詳細に観測していたら、また違った発見があったかもしれません。
いずれにしても、将来有人観測基地を建設する際には、この水がある、なしでミッションの難易度が大きく変わってきます。
また、永久影に残された水は、何億年も前の水である可能性もあります。
月、太陽系、宇宙の誕生を探る貴重な試料ともなります。
その由来が月が誕生した際に生じたものか、または彗星などによってもたらされたものかは今後の詳細な分析で明らかにされていくことでしょう。
実に楽しみです。
さらに・・・月面の有人観測基地建設に向けた大きな発見では、先月日本の月周回衛星「かぐや」の観測データから 「マリウス丘」地域で将来月面基地を建設する際に利用できそうな地下洞窟が見つかった という発表がありました。
このような地下洞窟が発見されたのは初めてのことであり、過酷な月面の環境では観測基地を建設する上で地下シェルターとして利用できるかもしれません。
かぐやによる、マリウス丘近辺の映像 (c)JAXA/NHK
・・・と、夢のある話題が並びましたが、日本にとっては残念なニュースもあります。
【事業仕分け】最先端科学も“敗北” 「スパコン世界一」を否定 ノーベル賞受賞の野依氏憤慨
政府の行政刷新会議の13日の仕分け作業は、次世代スーパーコンピューターの開発予算に事実上の「ノー」を突きつけた。議論の方向性を決定づけたのは「(コンピューター性能で)世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのか」という仕分け人の発言。結局、「科学技術立国日本」を否定しかねない結論が導かれ、文科省幹部は「日本の科学技術振興政策は終わった」と吐き捨てた。
次世代スパコンは最先端の半導体技術を利用。ウイルス解析や気候変動問題のシミュレーションなど広範な研究での活用が期待されている。「1秒あたり1京回」という計算速度が売りで、現在、世界一とされる米国製の10倍の速度になる算段だ。平成24年度から本格稼働の予定だが、総額約700億円の国費が今後必要なため、財務省は見直しを求めている。
この日、口火を切ったのは蓮舫参院議員。その後も「一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか」(泉健太内閣府政務官)「一番だから良いわけではない」(金田康正東大院教授)「ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う」(松井孝典・千葉工業大惑星探査研究センター所長)などと、同調者が相次いだ。
文科省側は「技術開発が遅れると、すべてで背中を見ることになる」と防戦したが、圧倒的な「世界一不要論」を前に敗北。同研究所の理事長でノーベル化学賞受賞者の野依(のより)良治氏は「(スパコンなしで)科学技術創造立国はありえない」と憤慨していた。
(産経新聞 2009/11/14)
特に、理化学研究所の次世代スーパーコンピュータは、完成間際です。
この時点で予算凍結となると、どれだけの「無駄」が生じるのか判っているのでしょうか。
全ての科学技術分野ので遅れを取ってしまうことは明白であり、将来的に重大な禍根を残してしまうでしょう。
様々な分野の大規模科学技術計算を行うための超高速処理が可能なコンピュータを一般に「スーパーコンピュータ」と呼んでいます。
スーパーコンピュータによるシミュレーション(模擬実験)は、実験、理論と並ぶ研究開発の第3の手法として益々重要になっています。なぜなら、調べようとする対象が複雑あるいは巨大すぎて解析的な解が求められなかったり、実験観測にあまりにも多くの時間・費用がかかるので事実上実験できなかったり、実験条件が極限状況ないし危険(放射能・高温など)であるため、あるいは自然、地域、社会などを対象とするため実験不可能な場合などに、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションは非常に有効だからです。
スーパーコンピュータは、自動車や飛行機の設計・製作のための構造解析や流体解析、天気予報のための気象シミュレーションなど、私たちの暮らしに直接関係する様々な分野で使われており、今後の科学技術の発展に不可欠です。
スーパーコンピュータの開発には、高性能LSIや低電力化などの半導体技術、光通信技術、ネットワーク技術、品質管理技術など、エレクトロニクスに関する総合的かつ高度な技術力が必要です。我が国はこの分野で世界のトップレベルにありますが、技術力の維持・向上のために継続的な研究開発が必要です。
(スーパーコンピューターとは 理化学研究所)
せめて科学技術の予算は削減しないで欲しいと願っています。
とてもとても残念なニュースです。
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警視庁保安課は10日、1月28日に発売された写真家篠山紀信氏(68)のヌード写真集「20XX TOKYO」の撮影をめぐり、公然わいせつの疑いで事務所や自宅、モデルの原紗央莉(21)の所属事務所を家宅捜索した。無断で撮影現場として使用された青山霊園の関係者は1874年(明7)の霊園開設以来、135年で初めてという裸の撮影に激怒している。
篠山氏が撮影を行ったのは、昨年8月中旬から下旬にかけてで、青山霊園のほか隣接する青山公園や乃木坂トンネル、またお台場などで撮影を行ったもようだ。同霊園では撮影の問い合わせがあった際は、撮影者に企画書の提出を求め、妥当と判断した場合は撮影申請書を送付し、提出後に内容を確認したうえで承認する。ドラマや映画のロケも認めない。今回、篠山氏から同霊園には問い合わせすらなかったという。
青山霊園開設以来のわいせつ騒動に、横尾巌管理所長は「服を着る、着ないにかかわらず、無断で入ったことに憤りを感じる。墓所に入るのは家に入るのと同じこと」と怒りをあらわにした。5月に警視庁保安課から問い合わせがあり、捜査に協力。結果、モデルが墓石にあぐらをかき、股間(こかん)を広げた写真の撮影場所を特定できた。
9月にも捜査が入り、撮影場所として2カ所をあらたに特定できた。特定できなかったものも含め約60ページ中、10ページが霊園内で撮られたものと判断し、警察側に事実確認と適切な処置を依頼した。2カ所のうち、モデルが墓石をまたいだ写真を撮った場所は、隣接するマンションから丸見えで、同所長は「よく、こんなところで撮ったと思う」とあきれた。もう1カ所は風景のみを撮ったが、近くには故池田勇人元首相の墓があった。
警視庁保安課はこの日午前中から、都内にある篠山紀信氏の事務所を家宅捜索した。午後3時15分ごろ、捜査を終えた十数人の警官が押収物の入った箱を抱え出てきた。今後、同課は篠山氏らに事情を聴く方針だが、写真集自体のわいせつ性は問わないとし、事務所側も「一切答えられない」としている。青山霊園側には、撮影に使われた墓所の持ち主から、抗議の声も寄せられている。横尾所長は「これからも撮るようなことを言っているようだけれど、2度と来るなという感じです」と言い、ため息をついていた。
(朝日新聞 2009/11/11)
あきれた事件ですね。
当の篠山紀信氏側の事務所はノーコメントですし、出版元の朝日出版は、「なぜ公然わいせつにあたるのかわからない。警視庁からくわしい説明を受けないとコメントできない」とコメントしているようです。
公然猥褻は問われないそうですが、まずは、他人の墓所に無断で立ち入って公然と不敬な撮影を行なったことが悪質です。
刑法
第二十四章 礼拝所及び墳墓に関する罪(礼拝所不敬及び説教等妨害)
第百八十八条 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。
2 説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。
法律の裁き以前に「人として」のモラルの問題です。
芸術・表現の自由のためには何をやっても良いというものではありません。
篠山紀信氏は真言宗の寺院で生まれ育っているはずですが、どのような意図で撮影を行なったのでしょうか。
まずは霊園管理者と当該墓所の施主家にきちんとした説明と謝罪を行なって欲しいものです。
日本全国民が注目した「酒井被告」「押尾被告」の裁判。
その裁判の様子を伝えるイラストが話題となっています。
これを初めて見たときは法廷画の概念を覆されるほど衝撃を受けました。
法廷画家(ほうていがか)とは、法廷内の様子を描く画家である。
日本では、刑事訴訟規則第215条及び民事訴訟規則第77条により、裁判中に裁判長の許可を得ずに法廷内の写真を撮影することができない。通常裁判開廷中に写真撮影が許可されることはないため、実質裁判の模様を撮影することは困難である。ただし、被告人・裁判員等の入廷前に裁判官などを映す、いわゆる「あたまどり」の映像は、テレビや新聞で流される。一方で裁判中の被告の挙動などを文章で説明するのが難しいという事情があることから、法廷画家により裁判の様子が描かれる。描かれた絵は新聞やテレビなどで掲載される。
法廷画家に特に資格等はないため、多くの場合イラストレーターや漫画家、新聞社・放送局等の社員で絵が得意な者が担当するという。ただ速報性が要求されるため、筆が早いことが絶対条件となる。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
やはり、世間(というよりも特に某巨大ネット掲示板において)でも大変な反響を呼んでいるようで
「誰だよ」
「産経はいつもレベル高すぎだろW」
「これでゼニ取るなら、ついでに詐欺の裁判もやれよ」
(【画像あり】産経の絵師が法廷の酒井法子を全く本人に似せないで描いてる件 より)
などなど、当初は散々な評判でした(過去形)。
しかし、その評価を絵師本人ブログが変えていったのでした。
法廷画を描いた記者、それを採用し記事に使っている新聞社に批判の矛先が向けられていきかねません。
物事に対応するということは、特にインターネットが普及した世の中では一歩間違えると「炎上」という事態へと進んでいったりします。それは紙一重でもあります。
しかし、当の絵を描いた今泉さんは「ノリノリ」で、自分のブログで楽しんでいます。
味のある絵と同じように、味のあるブログです。
何よりも、向けられた批判をものともせず、ネタにさえして、自分の持ち味で進んでいるそのたくましい姿が清々しささえ感じます。その意味で、今泉さんの例はとても参考になります。
人柄がよく表れているブログです。
現在イザ!ブログランキング
【全体】 2位/17,065人中 !
これからの法廷画もブログ記事も楽しみです。
酒井被告にはこの画を見て更生を固く誓って欲しいと思います。
■関連ブログ記事
ゆんちの朝刊フジ
■関連法廷画像
法廷に姿を現した酒井法子被告
涙を流す酒井法子被告
「もう一度言います」…猶予判決を2度繰り返す裁判官にコクリ
(写真:産経新聞)

「世界糖尿病デー」 2009年11月14日(土)の日、神奈川県鎌倉市では大船観音、鎌倉大仏(大異山高徳院清浄泉寺の阿弥陀如来坐像)、鶴岡八幡宮、長谷観音でブルーのライトアップが実施されます。

■ 世界糖尿病デー in 神奈川
鎌倉地域(大船観音・鎌倉大仏・鶴岡八幡宮・長谷観音)、横浜マリンタワー、横浜ベイブリッジ ほか
2009年11月14日(土)17:00~20:00(予定)
「世界糖尿病デー」趣旨現在、糖尿病を世界の成人人口の約5~6%が抱えており、2025年には3億8, 000万人(2007年より64.7%増)に達すると予想されています。
特にアジア、中東、アフリカ、南アメリカでは2倍になると試算されており、我が国でも40歳以上の3人に1 人が糖尿病または糖尿病予備群であることが、平成18年国民健康・栄養調査速報で発表されました。また、A I D Sと同数程度の死者をも出しており、糖尿病が進行することで発病する合併症などによる間接的死亡率を合算すると更に多くなります。
このような状況を踏まえ、国際連合(国連)は、IDF(国際糖尿病連合:現在約150カ国が加盟)が要請してきた「糖尿病の全世界的脅威を認知する決議」を2006年12月20日に国連総会議で採択しました。同時に11月14日を「世界糖尿病デー」に指定し、世界各地で糖尿病の予防、治療、療養を喚起する啓発運動を推進することを呼びかけました。11月14日は国連及び主要国で様々なイベントが開催されます。我国でも、(社)日本糖尿病学会、(社)日本糖尿病協会が中心となって、国民の方々に呼びかけ活動の輪を広げたいと考えております。
東海道線の電車内からいきなり真っ青な観音様が視界にとびこんできたらインパクトあることでしょう。
このような趣旨のライトアップですので、ぜひ頭の隅においてください。
大船観音最中、大船観音寺務所受付で販売中
この最中を美味しく戴けることに感謝し、「糖尿病予防の重要性」について考えてみたいと思います。
<スマトラ沖地震>発生1カ月 市民徐々に元の生活取り戻す
インドネシア西スマトラ州を襲ったスマトラ沖地震(マグニチュード7.6)から、30日で1カ月が経過した。州都パダンでは依然として多くの住民が避難生活を送っているが、物資の供給やインフラ復旧も次第に進み、元の生活が戻りつつある。政府は、11月1日から本格的に復興プロセスを進める方針。
国家災害対策庁によると、死者(生き埋めとなった不明者含む)は被災地全域で1195人、負傷者約3500人。住宅やオフィスビルなど建物約13万棟が全壊した。損傷を受けた道路区間は300キロ近くに及ぶ。現地を視察したアグン・ラクソノ公共福祉担当調整相は、当面の復興費用に7兆ルピア(約670億円)を要すると述べた。
パダン市内では、倒壊した建物の撤去作業がまだ続いており、テント生活の被災者も多い。大型ショッピングモールや生鮮食品の中央市場も完全再開には遠いが、電力はほぼ100%復旧、商店も少しずつ営業を始めている。自宅が壊れ、借家生活となった会社員のウィディアさん(29)は、「地震前とはまったく違う街になってしまった」と嘆きながらも、「これから家族で力を合わせ、少しずつ自宅を再建したい」と話していた。
(10月30日 毎日新聞)

インドネシアスマトラ島では、2004年12月および2009年9月に大きな地震が発生しました。
2004年、23万人もの犠牲者を出した地震からの復興が本格化し始めた段階で、再び西スマトラ州を襲った地震により、死者は1000人を超え、13万もの建物が全壊してしまいました。
曹洞宗宗門でも自然災害犠牲者慰霊、復興祈願法要が大本山總持寺で営まれたり、経済的な支援を行なったり しています。
大きな自然災害が起こったことは報道されても、その被害状況がどれほどのものか、現地では何が必要なのか、復興に向けてどのような問題が発生しているのかなど、日本へはなかなか情報が届いてこない状況にあります。
そのような中、現地で活動を続けている写真家・豊田直巳氏の写真展が本郷台の あーすぷらざ で開催されておりましたので行ってみました。
豊田直巳写真展「大津波アチェの子供たち〜スマトラ沖地震から5年〜」 -- 神奈川県
2004年12月、インド洋に面した国々で約23 万人の方が犠牲となったスマトラ沖地震から5年。震源にもっとも
近いインドネシア・アチェでは、地震と津波による死者・行方不明者約17万人という被害をもたらしました。
この写真展では、アチェにおける津波被害から「復興」、そして親を失った子どもたちの現在までを見つめたフォトジャーナリスト(報道写真家)の写真約90 点を紹介します。
アチェでは独立を求めるGAM(自由アチェ運動)とインドネシア政府による紛争が30 年以上続いていましたが、この災害がきっかけとなり和平が実現したという背景があります。
災害と紛争という二重の苦難を乗り越えた子どもたちの姿や、アチェという地域を通して、人間の強さや平和な暮らしとは何かを考えるきっかけになることを願い、この写真展を開催します。
開催期間:
2009年10月31日~2009年12月6日
開催時間:10:00~18:00
備考:
月曜休館 11/23(月)は開館、11/24(火)は閉館
問い合わせ先 (財)かながわ国際交流財団 学習サービス課 045-896-2899
URL http://www.k-i-a.or.jp/plaza/news/20091031_tsunami.html
開催地 あーすぷらざ 3階企画展示室
住所 横浜市栄区小菅ヶ谷1-2-1
アクセス 公共: JR根岸線「本郷台」駅徒歩3分
車: 横浜横須賀道路「日野IC」又は「港南台IC」から約20分
駐車場: 90台 (普通車 20分につき100円 ※4時間を超え当日中午後10時までは最大料金1,200円)
備考 月曜休館 11/23(月)は開館、11/24(火)は閉館
度重なる地震に加えて人災である紛争の中で、家族を失い大きく変わってしまった街の中でも健気な笑顔を見せる子どもたち、亡くした家族の写真を掲げる老人、流された自宅跡地に木を植える男性・・・災害からの復興に立ち向かう力強い人々の姿が生々しく映し出されています。
映像のもつ力を改めて感じる写真展です。
一日も早い復興を心から願います。
インドネシア・アチェのみならず、世界各地で起こっている災害からの復興状況についてもアンテナを張っておく必要がありますね。
■関連リンク
SVAスマトラ沖地震関連サイト
第二東京タワーとなる東京スカイツリーの工事が着々と進んでいます。
建設地が墨田区押上駅前地区に決まり、東武鉄道出資するプロジェクトにまとまりました。
名称の「東京スカイツリー」もまだ聞きなれないためか違和感もありますが、きっと次第に慣れ親しんでいくことでしょう。
都心部に林立する高層ビル群に電波が影響を受けないために、高く、高く・・・完成時の高さは634mとなります。
実に東京タワーの2倍近い高さです。
上には上があるもので、やはり建設中のブルジュ・ドバイタワーは818mということですから、東京スカイツリーは世界一とはなりませんが、それでもトロント・CNタワー、シカゴ・スパイアタワーなどを抜いて世界2位の高さです。
(次々に建築構想がありますからこの世界2位も、儚いランキングかもしれません)
2011年12月竣工をめざして着々と工事が進められており、10月23日現在で174メートルとなりました。
一日平均1メートル近く積みあがっていく計算になります。
時空を超えた都市景観、日本の伝統美と近未来的デザインの融合がデザインのコンセプトだそうで、 「五重塔」に見られる「心柱」による耐震構造を現代に生かした構造システムも採用されています。
タワーの断面は円ではなく、地上付近の正三角形から次第に円に近づいていくために、見る角度によって景観の変化が見られます。
たしかにぐるりと廻ってみると場所によって雰囲気が違って見えます。
上の3枚目の写真に設計図を合成し、完成時の光景を作成してみました。
やはり高いですね~
ここからは東京タワー。
東京スカイツリーの出現によって東京タワーの魅力がなくなるかというと、そうは思いません。
どことなく温かみを感じ、東京タワーが想い出の場所場所に出て来る者としては、東京タワーは特別な存在です。
![]()
東京タワーの展望台に、東京タワー設計者・内藤多仲氏の自筆の構想書、構造計算メモが展示してありました。
内藤氏は26歳の若さで早稲田大学理工学部教授に就任、「耐震構造理論」の神様的な存在でした。
感涙ものです。
曹洞宗大本山總持寺の大祖堂の構造計算も内藤氏により為されています。
東京タワーが昭和戦後を代表する建築物だとしたら、東京スカイツリーは平成を代表する建築物になるでしょう。
スカイツリー建築の光景を眼にすることができることは幸いです。
これからも東京タワー、東京スカイツリーとともに想い出が刻まれていくことでしょう。
東京タワーが建設された時代はいわゆる「三種の神器」であるテレビ、冷蔵庫、洗濯機が普及し始めた時代です。
高度経済成長期を迎え、次第に便利な時代になり、物は豊かになり欲しいものも手に入るようになりました。
けれども経済の成長は私たちに幸せをもたらしたのでしょうか。
殺人、格差社会、虐待、自殺、戦争・・・・
昔のほうが「豊か」だったと感じることも多いとしたら、本当の幸せってなんなのでしょう。
平成の時代が過ぎ、何十年後先に、「東京スカイツリー」建設の時代を振返ったときにはどのような感覚を持つのでしょうか。
その時の楽しみにしたいと思います。
■関連ブログ記事
50th Anniv.the TOKYO TOWER
■関連リンク
東京スカイツリー公式サイト
新型インフルエンザ(A-H1N1)は、この夏に着実に広がりをみせており、神奈川県衛生研究所感染症情報センターのインフルエンザ患者報告数も増加の一途を辿っています。
身近なところでも、かなりの数の感染者が見られますし、学級閉鎖も珍しいことではなくなっています。
平成21年・40週 (9月28日~ 10月4日) 神奈川県感染症発生動向概要
■今週の注目感染症 ~インフルエンザ~
インフルエンザの定点当たり報告数が、8.05人と前週(3.84人)よりも増加しており、引き続き注意が必要です。年齢階級別では、10-14歳が42.4%、5-9歳が23.0%、15-19歳が18.0%を占めています。この報告では従来の季節性インフルエンザと新型インフルエンザの区別はしていませんが、大半は新型インフルエンザによるものと考えられます。発症者の多くは、発熱、咳、咽頭痛などの季節性インフルエンザと同様の症状ですが、注意が必要です。予防のために、うがい、手洗い、マスクの着用、咳エチケットを心がけ、人が多く集まる場所には注意しましょう。
このように、新型インフルエンザの流行は既に第三段階初期(感染拡大期)の段階に入っていると見られますので、現段階において重要なことは、ワクチンの投与を効率的に進めることにより、第三段階中期(蔓延期)の感染のピークをいかに抑えることができるかということでしょう。
そのために、官民が一体となって行動計画を定め、秋冬の社会的混乱が起こらないよう、起こったとしても最小限となるように体制を整えていかなければならないと思います。

宗門でも新型インフルエンザ対策啓発のためのポスターが発行されました。
このほか、各自治体、関連機関からさまざまな啓発ポスターが頒布されています。
さて、ここで話を一歩進めて宗門・寺院に求められるさらなる対策を考えてみます。
以前、ブログ記事にも書いたとおり、流行第三段階(感染拡大~蔓延期)における宗門、寺院への影響を考えると、葬儀、法事、各種大会、会合、僧堂などへの相当大きな影響が考えられます。
既に梅花流全国奉詠大会の延期や大本山總持寺での集団感染などがありました。今後、蔓延が進むに従って、通常の寺院の活動そのものに支障が生じる可能性も考えられます。
現段階においては厚生労働省の次の指針が参考になるでしょう。
新型インフルエンザに関するQ&A (厚生労働省8月31日版)Q 集会やスポーツ大会は、中止しなければならないのですか。
A 集会やスポーツ大会についての、一律の自粛要請は行われていません。感染の広がりを考慮して開催を決定するとともに、病み上がりや体調不良気味、発熱症状のある方には参加や観戦を遠慮してもらうように徹底して呼びかける、人と人が近い距離で接触しないようにするなど、運営方法を検討してください。
個々の寺院レベルでは、葬儀や法事をどのように行うということも、これまで述べたように、それぞれの寺院裁量に任されるということになりますので、私たちに課せられた責任は重といえます。
インフルエンザ対策啓発のためのポスターにあるように
・予防のために、うがい、手洗い、マスクの着用、咳エチケットを徹底する
・少しでも兆候が見られたら医療機関に相談し、マスクを着用し、外出を控える
さらに寺院や会館などに法要行事などで集まる方に対して、
・インフルエンザの兆候のある方の外出を控えるよう促す
・咳が出る場合にはマスクの着用を必須とする
・玄関や入口で消毒液で洗浄いただく
ことを徹底していくことが必要だと考えます。
寺院・僧侶側にとってみれば、人に接する機会の多い僧侶、寺族、関係寺務員などは、優先的にインフルエンザワクチンを接種することも併せて行なう必要がありましょう。。
但し、現段階においては政府が今月、ワクチンの優先順位を次の通り決定していますので、その後可及的速やかに接種する必要があるでしょう。
1)インフルエンザ患者を診る医療従事者
2)持病のある人と妊婦
3)1歳から小学校低学年までの子ども
4)1歳未満の乳児の保護者と優先対象だがアレルギーなどで接種を受けられない人の保護者
その他)小学校高学年、中高校生、持病のない高齢者
なお、新型インフル接種には2回分6150円の費用がかかるとのことです。
優先順位が回ってくるまでの間は、季節性インフルエンザワクチンを速やかに接種しておくということも一法かもしれません。
接種に関する負担は少なくありませんが、社会的責任を考えると必要なことでしょう。
さらに、注目すべき技術が先月プレスリリースされています。
世界初100%分解・除去
ストリーマ放電技術による「新型インフルエンザウイルス」 への効果実証
ダイキン工業株式会社は、ベトナム国立衛生疫学研究所のレ・ティ・クイン・マイ博士(以下、マイ博士)との共同研究により、強力な酸化分解力を持つ当社独自のストリーマ放電技術が、現在世界中で猛威を振るっている「新型インフルエンザウイルス:A型 H1N1※1」(以下、新型インフルエンザウイルス)を4時間で100%分解・除去することを世界で初めて※2実証しました。
ストリーマ放電技術によって、新型インフルエンザウイルスの表面のタンパク質が酸化分解され、感染力を失ったことにより今回の実証結果が得られたと考えられます。
昨今の国内における新型インフルエンザ感染者数の増加により、ウイルスに対する警戒が強まっています。当社のストリーマ放電技術は、本年5月に「強毒性ヒト由来鳥インフルエンザウイルス:A型H5N1」を3時間で100%分解・除去することが実証されたことをはじめ、季節性インフルエンザウイルス、ノロウイルス、食中毒の原因となる毒素や細菌、ホルムアルデヒドなどの有害物質の不活化効果が実証されており、生活を脅かすウイルス感染を予防する技術として期待されます。
ストリーマ放電やナノ技術を使った製品はいくつかありますが、100%分解・除去というのは凄いと思います。
葬儀、法事は重要な宗教行事です。
いくら「兆候のある方の外出を控えるよう促す」という啓発を行なっても無理を押して参列してしまう可能性があります。
明後日には大本山總持寺で御征忌があり、全国から多くの方が集まります。
こちらへの影響も心配です。
したがって、本堂、客間、会館などにこのような技術を導入した機器を設置するということも効果的かもしれません。
28畳用で3万円くらいの機械です。
導入する価値はありそうです。
■さいごに
私たちに求められるのは、冷静な行動です。
マスコミの報道には濃淡があります。また、私たちの注意意識もなかなか継続しないことがあります。
正確な知識を持ち、予防に努めることはもちろん、自分勝手な判断を行わず、常に最新の情報収集を怠らず、まずは行動指針を打出すこと、そしてそれを「継続的に」遵守していくことが求められています。
■日ごろ注視すべき関連機関の例
国立感染症研究所
厚生労働省
世界保健機関(WHO)
アメリカ合衆国・疾病対策センター
国立医薬品食品衛生研究所
蛇足1
日本から海外への支援として、単純にお金を渡すのではなく、こストリーマ放電技術を使った空気清浄機を送るような支援はどうだろうかと思います。
例えば日本で製造した空気清浄機を海外の政府機関、公共施設、学校、教会、モスク、寺院に送ることにより、日本側の企業も恩恵を受けますし、送られた側も有効に使うことができるのではないでしょうか。
なによりも、新型インフルエンザのような伝染病は、世界規模でぐるぐる巡っていきますので、各地での感染のピークを抑えるということが、結果的に日本にとっても有益なこととなるはずです。
もちろん、日本においても、人が集まるような各拠点での新型インフルエンザ対策は連携して行なっていく必要があります。
その各拠点の中には、当然寺院も含まれます。
蛇足2
新型インフルエンザに掛かっていない人が予防のためにマスクをつけることは、それほど効果が無いようです。
新型インフルエンザ流行時の日常生活におけるマスク使用の考え方
新型インフルエンザ専門家会議(平成20年9月22日)
要 約
1.症状のある人が、咳・くしゃみによる飛沫の飛散を防ぐために不織布製マスクを積極的に着用することが推奨される(咳エチケット)。
2.不織布(ふしょくふ)製マスクのフィルターに環境中のウイルスを含んだ飛沫がある程度は捕捉されるが、感染していない健康な人が、不織布製マスクを着用することで飛沫を完全に吸い込まないようにすることは出来ない。よって、咳や発熱等の症状のある人に近寄らない(2メートル以内に近づかない)、流行時には人混みの多い場所に行かない、手指を清潔に保つ、といった感染予防策を優先して実施することが推奨される。
3. 不織布製マスクのほとんどは諸外国で生産され、輸入されているため、新型インフルエンザ流行前に準備しておくことが推奨される。流行期間に応じたある程度の不織布製マスクの備蓄を推奨する。
今日の記事はSOUSEI on Web の拙稿に私的意見を加味して再編してものです。
<ノーベル平和賞>オバマ米大統領が受賞 核廃絶の決意などへ今年のノーベル平和賞が9日、米国のバラク・オバマ大統領に決まった。
核廃絶に取り組む決意を明確に示し、世界平和に貢献したことなどが評価された。
オバマ氏は1961年米・ハワイでケニア人の父、白人の母の間に誕生。シカゴに行き、貧困地域で活動する市民団体に参加したあと、96年に民主党のイリノイ州上院議員に当選。04年に連邦上院議員に初当選し、昨年、共和党のマケイン候補を破り、大統領に就任した。
(毎日新聞 2009年10月9日)
「世界で唯一核兵器を使用したことのある核保有国として、米国は行動を起こす責任がある」
プラハでの演説でこのように宣言したオバマ大統領の行動が、核廃絶に取り組む決意を明確に示し、世界平和に貢献したこととして評価され、本年のノーベル平和賞に輝きました。
まだ具体的な実績を伴っていない(はず)ですので、今後の実践行動に期待を込めての授賞なのではないかと拝察します。
同じ日に残念なニュースも飛び込んできました。
オバマ氏の被爆地訪問は困難平野博文官房長官は8日の記者会見で、オバマ米大統領が11月12、13日に来日すると発表した。一方、今回の来日では大統領が被爆地の広島、長崎を訪れるのは日程的に困難との見通しを示した。
(中国新聞 2009年10月9日)
オバマ大統領には、是非広島・長崎を訪問していただき、核兵器のもたらした現実に直面していただきたいところでした。
やはり大統領の被爆地訪問に対して、アメリカ国民の反発の感情を抑えることは出来ないのでしょう。
この報道は、オバマ大統領ノーベル賞受賞前の報道です。
従って、もしかすると、ここでもう一押しすれば、オバマ大統領の被爆地訪問もありえるかもしれません。
本当に日程調整が出来ないという理由なのであれば、鳩山総理との会談を被爆地近辺で行なえばよいのです。
そこまでお膳立てしておいても尚、被爆地訪問拒否ならば、ノーベル平和賞に値しないということでしょう。
と、こんな記事を書いていたところで「佛教タイムス」紙が届けられました。
![]()
(佛教タイムス 2009年10月8日)
核兵器もない/戦争もない/平和な世界を
広島原爆の火が灯されている大船観音寺の慰霊碑に刻まれた言葉が現実となる日が来ますよう心から願います。
■追記
平和の火に関して、東北管区教化センター 広報53号(2009年10月発行) p16に拙稿を掲載いただきました。
関係諸師には感謝申し上げます。
「映像で見る港南の景観」開催
現在、港南図書館2階の会議室前壁面に、区内の歴史ある小学校(日野小学校・日下小学校・永野小学校・桜丘小学校)に保存されている写真のパネルが展示されています。
ここを会場に、下記の日程で「映像で見る港南の景観」が開催されます。
港南区制40周年を祝い、昔の写真をスライドとビデオで紹介する催しです。
今回は事前申込み無しの先着順となっています。
当日定員になり次第締切となりますことをご了承ください。
日時 第1回 10月11日(日)午後2~4時 区内小学校4校の古写真のスライドショ-
第2回 10月18日(日)午後2~4時 「お母さんが伝えるふるさと下野庭」のビデオ上映
会場 港南図書館 2F会議室
参加 無料
定員 50名(先着順)
主催 港南歴史協議会/港南図書館
ふるさと港南
『まち自慢ガイドブック』完成!
ガイドブックを持って港南区を歩こう!1,405件のまち自慢が集まりました!
☆「まち自慢ガイドブック」とは?
平成19年度に「あなたが“ふるさと”として伝え残したいと思う、区内のスポット・風景、人々の活動をおしえてください!」と呼びかけたところ、集まった応募はなんと1405件!!
このガイドブックでは応募を寄せていただいた場所や活動のうち、人気のスポットや港南区ならではのものを中心に紹介しています。 あなたのお気に入りがきっと見つかります!ガイドブックを片手に、港南区を歩いてみませんか?
☆配布場所
平成21年10月13日(火)から配布します。
港南区役所(情報ガーデン【2階1番窓口】企画調整係【3階36番窓口】)
港南図書館
地区センター
コミュニティハウス
ケアプラザ
行政サービスコーナー(上大岡、港南台)
港南区社会福祉協議会
港南区民活動支援センター
港南区民文化センター
港南国際交流ラウンジ
ブランチ(さわやか港南、港南台タウンカフェ)
☆主な内容・掲載候補一覧
1 自然の中で家族楽しめる久良岐公園
2 イベントが多い港南ふれあい公園
3 桜の名所港南桜道
4 子どもたちに大人気!こどもログハウス
5 港南台生き生きプレイパーク
6 梅がきれいな港南台中央公園
7 広々と芝生が広がる日野中央公園
8 自然がいっぱい下永谷市民の森
9 ザリガニと野鳥のすみか馬洗川
10 四季楽しめる野庭団地の野庭緑道
11 900年の歴史を持つ春日神社
12 芹が谷一丁目公園の夕日
13 どんぐり拾いができる丸山台公園
14 地域の人々の交流の場 野庭中央公園
15 富士のスポット鍛冶ヶ谷南公園
16 元気に遊べる平戸永谷川遊水地広場
17 上永谷緑地の一本桜
18 上野庭の自然野庭町南部一帯
19 桜がきれいな日野公園墓地
20 桜が見事な県戦没者慰霊堂
21 地域の人が植えた吉原桜
22 ピンクの桜が見事な東永谷桜台公園
23 徳恩寺の竜舌蘭
24 日本三体天満宮の永谷天満宮
25 福聚院のタブの木
26 散歩に遊びに楽しめる大岡川
27 120段階段を登ると見える上大岡小学校からの富士山
28 野庭の獅子舞
29 日野南小学校付近からの富士山と丹沢の風景
30 武相国境
31 はらみ道祖神(下永谷般若寺内)
32 上永谷勧永公園付近からの富士山
33 ゆりの木通りのつつじ
34 真光寺からの眺望
35 ウオールアート
・.上大岡、鎌倉街道・京急ガ−ド下
・.鎌倉街道・環状3号線「原乃橋」下
・.鎌倉街道・藤ケ沢洞門壁面
・.日野南小学校校庭
・.上大岡駅北・京急ガ−ド下
・.港南台一丁目 横浜・横須賀道路高架下
・.野庭町 横浜・横須賀道路高架下
・.上永谷駅東 市営地下鉄ガ−ド下
・.平戸・永谷川河川敷、横断陸橋下
・.環状2号線、永谷小学校入り口陸橋
・.東芹ケ谷 横浜・横須賀道路高架下
36 港南中学校のステンドグラス
37 鹿島神社の的射
38 港南台といえばマロニエ通り
39 上永谷駅前の藤棚
40 円海山へ向かう散策路
41 ホタル復活!港南荻久保公園
42 カワセミもいる平戸永谷川プロムナード
43 正應寺の桜
44 昔のままで変わらない浄念寺
45 大きな鐘がある安国寺
46 永谷天満宮から見える富士山
47 餅井坂の桜並木
48 相武山の風景
49 公務員住宅集会所横グラウンドからの眺め
50 南平台の一番上からの富士山
51 日野2丁目の坂から見えるランドマークタワー
52 上大岡駅のクリスマスイルミネーション
53 日限地蔵尊
54 樹齢200年のイチョウの木が立派な貞昌院
55 1570年建立の野庭神社樹齢400年のマキの木
56 日野の八体地蔵
57 丸山台第二自治会館の石碑
58 最初は手掘りだった迎陽トンネル
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【主張】夫婦別姓 家族の絆を壊しかねない
夫婦が別の姓でも婚姻関係を保てるとする選択的夫婦別姓制を導入する民法改正案が来年の通常国会に提出される見通しになった。推進派の千葉景子法相と福島瑞穂男女共同参画担当相が早期法改正に意欲を見せているためだ。
(産経ニュース 2009.10.1 03:38)
ここで、まずは関連条文を確認してみます。
民法 第750条(夫婦の氏)
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。<解説>
夫婦同氏の原則を定めており、いわゆる選択的夫婦別氏制度は現行の民法では認められていないが、特定の社会的活動の場において通称として旧姓を利用することまで禁止する趣旨ではない。
旧民法では、結婚は妻が夫の家に入ること、という伝統的な考え方を反映して、妻が夫の氏を称する、と定められていたが、両性の本質的な平等(日本国憲法第24条)の成立後に改正され、上記のように改められている。
婚姻届には、夫婦の称する氏を記載しなければならない(戸籍法参照)。
なお、この条文には、結婚を期に新たに第三の氏を称することを禁止する意味もある。
出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
冒頭の条文のように、夫婦の氏は、夫または妻のどちらでも公平に選択できることとなっています。
しかし、現実は改姓す場合、女性が改姓を行なう割合が97%となっており、男女平等に反するという意見があり、それが夫婦別姓のために民法750条改正を推進する原動力となっているようです。
このように夫婦別姓制度が男女平等の象徴としています。
本当にそうでしょうか。
むしろ夫婦別姓は中国を中心に発生した同姓不婚思想から来るという意見もあります。
現在の夫婦同姓の習慣は、明治31(1898)年に公布された明治民法(明治29年法律第89号)以降に出来た制度であり、その歴史は約100年です。
それ以前は、日本の5-6%の士分を除いて一般民衆は苗字は持っていたにせよ公的には使わなかったため、当然に同姓・別姓による問題はなかったようです。
つまり、中国や、明治期以前の日本の男尊女卑の状況と比較するに、現行の民法は男女平等の観点で論じる問題ではまったく無く、今の社会制度が民法の思想に追いついていないだけであるということが言えそうです。
また、夫婦別姓制度には、将来子供が誕生したときに離婚をしていない両親の姓が異なることを、子供にどのように教えていくべきかの明確な指針がないことや、兄妹間での姓異なることを認めるか、両親が離婚した場合の親権の問題など様々な論議すべき課題があります。
ここで、次の記事をみてみます。
民主党の夫婦別姓政策、日本人と結婚する中国人女性に福音=日本姓名乗る苦悩なくなる2009年9月28日、日本の華字紙・日本新華僑報(電子版)によると、日本人男性に嫁ぐ中国人女性はこれまで、中国の姓を捨て日本の姓に変更しなければならなかったが、民主党政権が夫婦別姓を含む民法の改正案を来年にも国会に提出することになり、この状況にも変化が生じることになる可能性が高い。
同記事によると、日本人に嫁いだ中国人の新婦たちの多くが、1947年制定の民法が明確に夫婦の同姓を謳っていることから、新婦個人はやりきれなさ、新婦の家族は日本姓となることへの拒絶感という葛藤をかかえてきたという。
日本人と結婚したある中国人女性は、一時帰国のたびに表現できない複雑な感覚になるという。彼女が実家に帰ると、なくすといけないからと言って、母親が彼女のパスポートを保管するのだが、その日本姓を見るたびに、母親は彼女を罵るのだという。「実家に置いてあった名詞もすべて破かれ捨てられた」と同女性。
1988年、当時の野党・日本民主党、日本共産党、日本社会党が夫婦別姓法案を共同で国会に提出したが、自民党が「家族の一体感を損ない、家庭の崩壊につながる危険がある」などとして審議を拒み、廃案になった。その後、民主党などが毎年同法案を提出しているが、すべて廃案になっている。
民主党政権が掲げるマニフェストの中に、夫婦別姓の実現がある。民主党が来年にも提出する改正案は、婚姻届の際夫婦に同姓か別姓かの選択の権利を認めること、結婚できる年齢を男女とも18歳にそろえることが柱となっているという。
同記事は、民主党の夫婦別姓政策について、日本の伝統的な家族制度に打撃を与えることになるが、日本人に嫁ぐ中国人女性には福音だと評した。
これは、無視できない報道です。
すなわち、国際結婚の際、中国人や韓国人のように家族主義・家名主義の習慣を持つ外国人が日本人と結婚する際、日本人配偶者の姓に改姓せずに日本国籍を得ることができるということです。
選択的夫婦別姓のメリットを享受し、夫婦別姓を「選択」するのは、このような事例ではかなり増えることになるでしょう。
日本国籍取得の要因は国籍法により次のように定められています。
・引き続き5年以上日本に住所を有すること。
・二十歳以上で本国法によって能力を有すること。
・素行が善良であること。
・自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によって生計を営むことができること。
・国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によってその国籍を失うべきこと。
・日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。
(注)但し日本国民の配偶者たる外国人で引き続き3年以上日本に住所又は居所を有し、かつ、現に日本に住所を有するものについては、法務大臣は、その者が上記の条件を備えない時でも、帰化を許可することができる。(第七条)
日本人との婚姻により日本姓になることについて、出身国の親族から「家を捨てた」と非難されることが選択的別姓より解消され、上記の制約があるにせよ日本国籍が所得できる。
そのため、日本人と婚姻する中国人には福音だとする記事です。
このように、夫婦別姓制度を一番歓迎するのは、これから日本人と婚姻する外国人なのかもしれません。
民主党が夫婦別姓制度を強引に進めようとする背景には、国籍法、移民法、外国人地方参政制度と併せて、この夫婦別姓政策を盛り込むことで、「新たな」票田を取り込もうとする意図が見え隠れします。
国際結婚の動きを、人口動態統計の婚姻件数の推移から見ると、日本人と外国人の結婚は、
1960年代には4~5千件であったものが、1980年代後半から急増し、1983年に1万件、1989年に2万件、1999年に3万件、2005年に4万件というように急増しています。
婚姻数全体に占める国際結婚の割合は、既に20件に1件以上の割合となっており、決して珍しいことではなくなってきました。
2007年の厚生労働省人口動態統計年報によれば、結婚総数(婚姻件数)の約5.6%(=40,272/719,822)が国際結婚であり、この数値は1980年の0.9%(=7,261/774,702)と比較すれば大幅に増加していることがわかる。同じく2007年人口動態統計年報によれば、国際結婚の相手の主な出身国籍は、配偶者女性(夫が日本人)では、中国(11,926)、フィリピン(9,217)、韓国・北朝鮮(5,606)、タイ(1,475)、ブラジル(288)、アメリカ(193)、ペルー(138)、イギリス(67)、その他(2,897)であり、配偶者男性(妻が日本人)では、韓国・北朝鮮(2,209)、アメリカ(1,485)、中国(1,016)、イギリス(372)、ブラジル(341)、フィリピン(162)、ペルー(127)、タイ(68)、その他(2,685)である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あえて夫婦別姓を導入しなくても、夫婦が家庭と仕事を両立させるための方策は、いくつも考えられる。鳩山内閣はまず、このことに知恵を絞るべきだ。
自民党の谷垣禎一新総裁は就任後の会見で、夫婦別姓に慎重な姿勢を示した。野党として、夫婦別姓など鳩山内閣の行き過ぎた動きを正す責務がある。
冒頭の産経ニュースは、このように結んでいます。
まさにその通りで、家族制度を根本から覆すことになる夫婦別姓制度については、慎重に慎重論議を重ねて時間を掛けていくべきでしょう。
日本は次第に多民族・モザイク国家として変容しています。
選択的夫婦別姓が制度化されることにより、それはさらに加速されていくことでしょう。
数だけではなく、その「質」が変容してしまうことが問題です。
そのような中で、檀家制度に基づいている伝統仏教寺院はどのようにあるべきかということを併せて考えていく必要がありそうです。
曹洞宗の開祖・道元禅師の一生を描いた映画「禅 ZEN」が Napa Sonoma Wine Country Film Festivalの Best World Cinema部門、Best Cinematography部門を受賞しました。
Napa Sonoma Wine Country Film Festival
2009 FESTIVAL AWARDS
Best World Cinema:
*The Anarchist's Wife (Spain, Germany), Marie Noelle & Peter Sehr
*Zen (Japan), Takahashi Banmei
Best Cinematography:
*Noriyuki Mizuguch, Zen (Japan)
おめでとうございます。
今日はナパワインを片手に祝杯を上げましょうか。
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12/22 廃油を持って いざ鎌倉へ!
禅からZENへ。映画『禅 ZEN』
防災のための身近な組織 の続報です。
町内会、地区民生委員を骨格とした「災害時支援者委員会」主催による心肺蘇生・AEDの使用に関する実地研修が町内会館を会場として行われました。![]()
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地域ケアプラザ及び地元消防署より講師をお招きし、介護や救助方法について措置法を学んでいきます。
防災意識の高まりを反映しているのでしょう、50名を超えるボランティアの参加がありました。
いざというときのために体験しておくということはとても大切なことであるといえます。
■応急手当(救命措置) 年齢別比較表(研修資料より)
| 年齢 救命処置 |
成人(8歳以上) | 小児(1~8歳未満) | 乳児(12ヶ月未満) | |
| 119番通報 AEDの手配 |
反応がなければ 大声で助けを呼ぶ |
救助者が一人だけの場合、 先に2分間の心肺蘇生法を実施 |
||
| 119番通報とAEDの手配 | 119番通報 | |||
| 気道確保の方法 | 頭部後屈あご先挙上法 | |||
人工呼吸 (省略可能) |
心肺蘇生法の開始 |
正常な呼吸(普段どおりの息)をしていないことを確認後ただちに | ||
| 吹き込み方法 | 口対口 | 口対口鼻 | ||
| 吹き込む時間回数 | 約1秒かけて2回吹き込む | |||
| 吹き込む量 | 胸の上がりが確認できるまで | |||
| 胸骨圧迫 | 圧迫部位 | 胸の真ん中(乳頭と乳頭を結ぶ線の真ん中) | 左右の乳頭を結ぶ線 の少し足側 |
|
| 圧迫の方法 | 両手 | 両手又は片手 | 2本指(中指と薬指) | |
| 圧迫の深さ | 4~5cm程度 | 胸の厚みの 1/3 程度 | ||
| 圧迫のスピード | 1分間に約100回 | |||
| 圧迫回数 | 30回 | |||
| AED | 装着の準備 | 到着次第 | AEDは使用しない | |
| 使用電極パッド | 成人用パッド | 小児用パッド(ない場合は成人用パッド) | ||
| 電気ショック後の対応 | ただちに心肺蘇生法を再開(5サイクル2分間) | |||
| 気道異物 | 反応あり | 腹部突き上げ法、背部叩打法 | 背部叩打法 | |
| 反応なし | 通常の心肺蘇生法の手順 | |||
AEDは最近では駅や主な公共施設に設置されておりますが、お寺への設置も具体的に検討していこうと考えています。
だいたい 月5,000円程度でリースできる ようです。
竹とんぼ 夢を乗せて大空へ でご紹介した「竹とんぼ作り名人」が今日の夕方、NHK首都圏ネットにて放映されました。
18:10 首都圏ネット ▽目の見えない竹とんぼ作り名人
放送は、当初8月10日夕方の予定でしたが、台風関連の臨時ニュースが入ったため12日の放送となりました。
■放送の中のことばより
<今日どうでした?>
嬉しくてもう、涙が出ちゃう。
喜んでもらえてよかったです。
元気な声が跳ね返ってくるんですよ、心の中に。
夢と希望を持って大空に飛んでいって欲しい、
そういう気持ちでこれからも一生懸命作っていきたい・・・
佐久間さんは今、普通の竹とんぼだけでなく、トンボが飛ぶ姿を表した竹細工作りにも取り組んでいます。
眼に障害があってトンボを見たことが無い子供たちに、どんな姿で飛ぶか知ってもらうためだそうです。
今朝発生した静岡沖地震は、時間の経過と共に被害状況の全容が明らかになってきました。
総務省消防庁のまとめでは、11日夜までに負傷者は静岡県103人、愛知県3人、神奈川県3人、東京都1人の計110人に達し、静岡県牧之原市、菊川市を中心に3340棟の住宅が損壊。
東名高速では、牧之原サービスエリア付近の上り線路肩が約40メートルにわたり崩落し、東海道新幹線は上下62本が運休、最大で2時間48分の遅れが発生しました。
台風通過により地盤が弱くなっている箇所では、土砂災害の危険性が高まっており、引続き警戒が必要だと思われます。
被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。
地震など自然災害はいつ起こっても不思議ではありません。
それゆえ、日ごろからの備えが不可欠となります。
各家庭ごとの備えのほかに、地域が連携した防災システムが整備される必要があります。それが被害を最小限に食い止める大きな要因となるのでしょう。
貞昌院の周辺・上永谷地区を例に取ると、市町村、各小中学校で策定されている防災マニュアルに加え、町内会、地区民生委員を骨格とした「災害時支援者委員会」を立ち上げ、昨年より毎月防災委員会を開いて具体的な方策について会議を重ねてきました。
まずは3本の柱として
のについてまとめました。(1)災害時支援者委員会の組織、役割分担の作成
(2)要支援者の把握
(3)支援者ボランティアの募集
現在まで
(1)については委員長-副委員長-ボランティア委員と地区民生委員・災害際策部長・防犯部長による「組織図」、「災害時要支援者ボランティアの手引き」、「防災マップ」が作成され、災害時には町内に2つの本部が設置され、それぞれの本部を中心として情報把握と要支援者救護の指揮が行われることとなります。
私は町内会館内本部に詰めることとなりました。
(2)にいては、一人暮らし、高齢者、障害者などについて、それぞれ訪問の上、災害時にどのような支援が必要か、その支援緊急度はどの程度かの把握が行われました。現在のところ町内に48名の要支援者を優先対象とすることとなっています。
(3)については、町内より災害時に支援活動をしてくださるボランティアを募り、現在までに80名を越えるボランティアスタッフの参加をいただき、それぞれ安否確認・誘導・介護・看護・救出・その他の役割分担が行われました。
その情報はすべて本部に集約されることとなります。
今月初旬に第1回ボランティア説明・意見交換会が行われましたが、町内会館が一杯になるほどの参加があり、その意識の高さを感じることが出来ました。
今後は、例えば今月下旬には心肺蘇生・AEDの使用に関する実地研修、来月は防災訓練の実施など、ボランティアスタッフを含めた研修、意見交換が行われていく予定です。
災害時に一番頼りになるのは身近な組織です。
家族があれば家族、家族が居なければ隣近所の連携が必要となってきます。
しかし、住民の高齢化、一人暮らしの増加により、その連携を保つことが困難な状況となりつつあります。
その連携を保つ補完として災害時支援者委員会を中心とした組織が機能するように準備を重ねていきたいと考えています。
もちろん、災害時支援者委員会が実践活動しない平穏な毎日が続けばそれに越したことはありません。
東名、上下線復旧は13日午前中にも
静岡県牧之原市の牧之原サービスエリア付近で、路面や路肩の一部が崩落した東名高速道路について、中日本高速道路(名古屋市)は11日午後、記者会見を開き、13日午前0時を目標に、応急的な復旧措置を終えたい考えを明らかにした。
同社は現在、崩落現場の土砂流出が拡大しないよう土留めを行うなどしており、「13日午前中には上下線のすべての通行止めを解除したい」としている。
(読売新聞 8月11日)
当初、牧之原サービスエリア付近の路肩や車線の盛り土崩れについて、復旧の見通しが立たないとされていた東名高速道路は、13日午前には仮ながら全面復旧の見込みとなるそうです。
報道には現れてこない並々ならぬ苦労があるものと拝察いたします。中日本高速道路の職員、現場の皆さまには心より敬意を表します。
以前のブログ記事の続報です。
『110年のアルバム』~日本人ペルー移住110年記念誌 が今月末刊行の運びとなりました。
編集者 太田宏人
発行所 現代史料出版
発 売 株式会社オメガコム
印 刷 亜細亜印刷株式会社
定 価 2200円(+税)
ISBN 978-4-87785-201-6
写真は、記憶である
ペルーに移住した日本人とその子孫たちが生き抜いてきた激動の110年を、日常を刻み込んだ膨大な写真から浮き彫りにする
MEMORIA DE FOTO
海外で移民として暮らした方々は、一部成功した者はあったようですが、多くの方々は厳しい自然環境や荒れ果てた土地での農作業、激しい差別偏見の中でマイノリティーとして苦しい生活を強いられました。それでも力強く生き抜いていきました。
その「生活」の記録です。
一般書店、インターネット書店で8月30日から発売(予定)となります。
となっております。書名は『110年のアルバム』です。
日系ペルー移民略史
ペルーの日系人の物語は1899年に始まります。日本からやって来た最初の移民の集団は中央沿岸部の渓谷地帯の砂糖や綿農園で働きました。その多くはやがてリマやカリャオの都市部へ移動し、散髪屋やレストランなど、小さな商売を営むようになります。それは1920年代の前半のことでした。
農村から都市への移住
1924年から1936年にかけて、日本人移民の第2の波が訪れますが、この時には農場よりも都市部へ向かい、移民達は商売や、近郊農業での可能性を追求しました。1920年代に向けて、リマでは日系コミュニティが目立ってまとまりを見せるようになりました。このエスニックコミュニティの強固さがかえって災いし、日系コミュニティは嫉妬の目で見られ、差別されるようになりました。これが、母国日本がアジアで軍事的侵略を展開するにつれ、さらにその度合いを増し、1936年には日本人移民は断絶、1940年5月にはリマで反日暴動が起こります。
第2次大戦:海外への強制収容と本国での制限
太平洋戦争が始まると状況はさらに悪化。ペルー政府は米国政府と協調し、1800名の日系の非戦闘員を北米に移送しました。このうちほとんどの人は戦後日本へ強制送還されました。ペルーに残った日本人には厳しい制限が課され、私有財産の没収など大変な目に会いました。1947年に戦中の制限が廃止されると、日系コミュニティは日本協会や日本語学校などを再建し少しずつかつての活況を取り戻していきました。
(日系ペルー移民略史 Discover Nikkei Wiki より引用)
著者が編集された写真の一部をご紹介いたします。
FOTOS, NIKKEI PERUANO ペルーの日本人とその子孫たちの写真帖から
ペルーには当時神社は無く、日系人の心を支えていたのはたった一つの寺院、曹洞宗・慈恩寺でした。
各地に残された墓碑は、荒れ果ててしまっていたり、現存すらしていないものも多いのですが、その一つひとつに、知られざる「生活」があったのです。
Cementerio japonés en el Perú, ペルーの日本人墓地
永い間住職の居なかった慈恩寺に、正式に国際布教師が住職として入ることになりました。
ペルーの国際布教史に新たなページが刻まれることとなります。
詳細は、年末に発行されるSOTO禅インターナショナル会報にで紹介できればと考えております。
■追記
今日は64回目の長崎原爆の日です。
田上長崎市長は宣言文に於いて、オバマ大統領のプラハでの演説「核なき世界」を支持し、核保有国代表の長崎訪問を呼び掛ける平和宣言文を読み上げます。
まずは広島、長崎へのオバマ大統領訪問が実現されることを望みます。
それが核兵器無き世界実現への第一歩となることでしょう。
長崎原爆により命を奪われた多くの方々に哀悼の意を捧げ、そして今も後遺症に苦しんでいらっしゃる多くの方々にお見舞い申し上げます。
来日していた「世界ウイグル会議」のルビア・カーディル議長は日本で予定されていた一般向け講演会出席を急遽取りやめ、予定を変更し米国へ出国しました。
カーディル議長の来日に際しては、日本政府が議長にビザ発給を行ったことに対し、中国政府は日本政府に対し猛烈な抗議を行っているところです。
<ウイグル問題>カーディル議長来日、中国で「反日」大合唱中国では、「世界ウイグル会議」のルビア・カーディル議長が28日から5日間の日程で訪日することが伝えられ、日本非難の声が高まった。中国政府は新疆独立運動・テロの黒幕としてルビア・カーディル議長非難を続けている。
カーディル議長来日を報じた中国のニュースサイト、環球網が設けた掲示板には、日本を罵(ののし)る書き込みが相次いだ。「日本製品など、だれが買うか!」、「日本を世界から消滅させろ」など、感情的な意見が目立つ。記事はインドがカーディル議長の入国を拒否したことも紹介したため「われわれの敵はインドでなく日本であることが、よく分かった」との書き込みもある。
カーディル議長の入国を認めたことについて、「主権国家として、その程度の権利行使は何でもない」など、大騒ぎする必要なしとの書き込みもあるが、ごく少数だ。
(Search China)
かの国の新聞のネットアンケートはこのような状態です。
日本が中国の反対を顧みず、強行に「新彊独立」の目的を持ってカーディル議長を入国させました。
あなたは日本に対し制裁を実施することに賛成か反対か?
关于环球网

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まあ、中国の反応は何時もながらこんなものでしょう。
さて、新疆(しんきょう)ウイグル自治区での暴動には、中国政府による強烈な同化政策(Sinicization)があります。
同化政策(Sinicization)のほんの一例
・ウイグル人の若者は出稼ぎを強要され、故郷にいると刑罰の対象となる
・大学においてウイグル語は禁止
・漢人の大量移住とウイグル人戸主の減少政策
など
その他にも次のようなバックグラウンドもあることを念頭に置く必要があるでしょう。
米科学誌、中国・核実験でウイグル人数十万人が死亡した可能性
米国で最も人気の高い科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」最新号が、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区で中国当局が実施した40数回の核爆発実験の放射能により、数十万ものウイグル住民が死亡した可能性があるとする記事を掲載した。
記事は、ウイグル人医師のアニワル・トヒティ氏と札幌医科大教授で物理学者の高田純氏の合同調査結果を基礎に書かれたもの。高田教授は同自治区のシルクロード紀行番組を長年、放映したNHKの核実験無視の姿勢を非難している。
「サイエンティフィック・アメリカン」7月号は、「中国の核実験は多数の人を殺し、次世代を運命づけたのか」「中国が40年にわたり核爆弾を爆発させたことで、放射能の雲は住民の上を覆った」という見出しの記事を掲載した。
同記事はまず、トヒティ医師が新疆ウイグル自治区で1973年の子供時代、3日間、空が黒くなり、土砂のような雨が降ったのを目撃し、後年、それが核爆発の結果だったことを認識したと指摘。その上で「シルクロード上のロプノル実験場における、1964年から96年までの40数回の核爆発による放射能の結果、数十万の住民が死んだ可能性がある」と報じた。
(2009.7.30 産経新聞)
チベットが消される のブログ記事でご紹介したように、チベット自治区には中国人民軍の核兵器およびそれに付随する施設が点在し、450とされる核兵器の1/4が集中しているといわれています。
同様に、核開発施設は中国の華人が多い地域に与える影響を最小限にするよう、新彊ウイグル地区のような中国周辺自治区に配置されています。
民族・宗教的な迫害だけでなく、基本的な生活さえも脅かされている現状があるのです。
しかし、中国では報道規制が厳しく行われており、真実の姿がなかなか伝わってきません。
報道規制に関しては中国国内だけではなく、日本のメディアでさえも恣意的に行われているという現状を私たちは認識しておく必要があるでしょう。
その1つとされているのが日中記者交換協定です。
日中記者交換協定
日中記者交換協定(にっちゅうきしゃこうかんきょうてい)は、日中国交正常化以前に、日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者を相互に常駐させる取り決めのこと。日中記者協定とも呼ばれる。正式名は「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」。
すなわち、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行わない・日中関係の妨げになる言動を行わない・台湾(中華民国)独立を肯定しないことが取り決められている。違反すると、記者が中国国内から追放される。これらの協定により、中国に対する正しい報道がなされていないと批判がある。概要
・日本政府は中国を敵視してはならない
・米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない
・中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この協定が現在どのように運用されているのかはわかりませんが、少なくとも中国から何を言われるか判らない、とりあえず中国との関係を穏便に保っておいたほうがよさそうだという姿勢が現在の報道の状況を生み出していることは間違いないでしょう。
世界で何が起こっているのか、その情報を日本のマスメディアだけから得るということは愚かしいことです。
かといって、不確実な特定の情報源のみを猛進することはさらに愚かしいことです。
アンテナを多方面に張り巡らせ、総合的に判断できる力をつけることは、多様化する情報化社会の中でますます求められていくことでしょう。
<ウイグル問題>米政府内に「制裁」求める動き―中国反発
16日付環球時報によると、米国国際宗教自由委員会は15日、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で5日に発生した暴動などに絡み、「中国政府はウイグル人の文化と宗教上の伝統を抑圧している」として、オバマ大統領に対中制裁に踏み切るよう求めた。
同委員会は、新疆ウイグル自治区から出荷される商品の輸入制限や、同自治区と関係がある中国の官僚の米国渡航規制を提案したという。
米国国際宗教自由委員会は、米国政府の一部門。設立は1998年。これまでにも、中国では宗教が抑圧されているとの見方を表明してきた。
北京大学国際戦略研究センターで国際問題を研究する余万里氏は同委員会の動きに対して、「西側諸国は中国の制度について、伝統的な偏見を持っている。さらに中国が発展したため、彼らは脅威と考えている」、「このような方法で、中国に真の圧力をかけることできない。不快感を示せる程度だ。なぜなら、中国政府の行いは、疑う余地がないほど正しいからだ」と述べた。
環球時報も、5日の事件では死亡者が192人に増加したにも関わらず、米国国際宗教自由委員会は法を犯し事件を起こした者の責任を棚上げしたなどと、厳しい調子で批判した。
(Y! V 2009/07/16(木) )
ラビア・カーディル議長が日本滞在の日程を繰り上げて出国したのは米国議会から議会が夏季休暇となる前に出席するよう要請を受けてのことです。
むしろ日本で講演を行うよりも米国議会で証言したほうが影響力が大きいと判断(当然の判断といえますが)したのでしょう。
米国議会での発言内容と議会での動向に着目したいと思います。
日本では、残念ながらマスメディアによるルビア・カーディル議長の来日、帰国についての報道すら殆どありませでした。
ましてや、中国・核実験でウイグル人数十万人が死亡した可能性などという報道は、ほとんどのマスメディアでは口が裂けても行えないでしょう。
12日に行われた東京都議選は自民党の歴史的敗北、民主党の大躍進となりました。
もう一つ注目するべきは、政党別得票率が前回の18.00%から13.19%へと大幅にダウンしたにも関わらず全員当選を果たし、議席を1つ増やした政党があること。
言うまでも無く公明党のことですが、その強かな戦略についてはあまり報道されることはありません。
しかし地方選挙、国政選挙の度に注目に値するべき事項であると考えます。
まずは、その最たるデータを見てみましょう。
下の図は今回の東京都議選における政党別得票数と当選議員数の散分布図です。
y切片が0の回帰直線との乖離が、選挙戦略の結果を物語っています。
この政党は、事前調査での支持率は5~6%でした。
東京都議選における政党別得票数は13.2%。
獲得議席数は23議席。
獲得議席割合は実に18.1% となりました。
なぜこのような結果を引き出すことができるのか。
それが出来るとすれば、第一の要因は完璧な票読みによる投票調整です。
投票率の概ねの予測がつけば、当落選のボーダーを読むことができます。
そのボーダーラインギリギリの数を各選挙区に候補者として配分し、投票においてもリアルタイムに票の分析を行い、1つの候補者に偏らないように投票されるように調節しているのかも知れません。
選挙制度の弊害の1つでもあり、逆にそれを存分に活用した選挙戦略は見事としか言いようがありません。
この例ではA党もC党も同じ当選人数となる訳ですから。
(政党名を伏せる必要は無かったですね。A党=民主、B党=自民、C党=公明、D党=共産、足立選挙区の例です)
小選挙区や中選挙区である以上は仕方の無いことではありますが、政党支持団体が強固(特に宗教団体だったり)な場合は特にこういう配分調整を行いやすいということの実例の1つであります。
・宗教法人には宗教的側面と世俗的側面がある
・宗教法人が公益法人たる根拠となる宗教法人法は、宗教法人の世俗的側面だけを取り扱う法律である。
・したがって宗教的側面については、認証庁であっても一切介入できない。
・公益法人制度改革案-原則非課税、設立は準則主義(または要件をはっきりさせた上で認証主義)、残余財産分配不可の3点。
・公益法人制度改革案-公益性判断の要件として、ガバナンスの整備と情報開示の充実を求める。
・ただし、ガバナンスの整備と情報開示が政教分離の原則に反する可能性の整理が必要
⇒2006年に書いた記事より引用
今回の東京都議選に見られるように、公明党はこれからも自民党とはある程度距離を置いてでも議席数維持に重点を置く現実路線を進んでいくことでしょう。
宗教法人法の見直し、特に巨大宗教法人の世俗的側面への課税強化は、C党が議席数を堅実に確保している段階では実施は不可能でしょう。
そして、その議席数確保に貢献しているのは・・・・という無限ループとなりますね。
この東京都議選の結果を受け、政府・与党連絡会議で衆議院が7月21日に解散、衆議院選挙が8月18日公示、8月30日投票となることが決まりました。
衆議院選挙の結果により国政の枠組みは大きく変革する可能性があります。
報道に現れてこない点にこそ核心があることが多々ありますので、その点を注視していきたいところです。
衆議院選挙の結果によりどの党が政権を担うことになるのかは、蓋を開けてみないとわかりません。
日本の将来を考え、国益を損なわない政権運営がなされることを望みます。
Windows7を導入してみました。
しばらくはマルチブートによる並列運用を行い、使用感のテストをしていきたいと思います。
今のところは好感触。
(とはいっても、評価が終わったらXPにきっと戻すことでしょう)
とりあえず気づいた点はどんどん開発側に送っていきます。
この記事は、港南区社会福祉協議会からのお知らせです。
初心者大歓迎!
障害のある子どもたちと楽しいプログラムに参加していただけるボランティアを募集します!
スタッフと一緒に熱~い夏休みを過ごしましょう!
■学齢障害児夏余暇支援事業
なつっこボランティア募集
詳細パンフレット⇒こちらをクリック(PDF)
活動期間 8月 3(月)・4(火)・5(水)・6(木)・7(金)・10(月)・11(火) それぞれ 9:45-16:00
(いずれか1日だけでも可)
活動場所 港南台ひの特別支援学校
活動内容 プール、室内プログラムなどへの支援
持ち物 水着、タオル、筆記用具、上履き、動きやすい服装
※説明会と顔合わせ会があります。
◆交通費として 1日1,000円を支給します (昼食はご用意いたします)
---------------------
■ボランティア説明会・顔合わせ =港南区社会福祉協議会にて
◆ボランティア説明会 7月4日(土) 10:00- または 7月9日(木)18:00-
(いずれかに必ず参加してください)
◆参加者・保護者顔合せ会 7月12日(日) 10:00-
港南区社会福祉協議会 (説明会・顔合わせ会場)
◎市営地下鉄[港南中央駅]徒歩5分
◎バス[港南区総合庁舎前]下車 徒歩5分
港南区港南4-2-8-3階 港南区福祉保健活動拠点内 樋口/川崎
TEL:045-841-0256
FAX:045-846-4117
E-mail: info@kounan-shakyo.jp
---------------------------
■活動場所 =港南台ひの特別支援学校
◎根岸線[港南台駅]徒歩7分
◎京浜急行[上大岡駅]市バス64系統[港南台行き]乗車15分[港南台中央]下車 徒歩1分
横浜市港南区港南台5-3-2
先日開催された みんなでつくる横濱写真アルバムシンポジウム および 関東ICT推進NPO連絡協議会記念フォーラム のご縁で、横浜ルネサンス(発行:横浜信用金庫)からの取材を受けました。
その冊子が発行され銀行内に置かれているそうですので、横浜信用金庫へお出かけの際は探してみてください。
『横浜ルネサンス』 Number13 「特集:ヨコハマを録る」でございます。
平成21年丑年 大天神祭が開催されます
相模国鎌倉郡永野郷の杜に永谷天満宮なる本殿あり。
時は延喜元(901)年。
菅原道真公筑紫国大宰府に左遷着任のみぎり、己が姿を神鏡に映し木像三躰を彫刻したる自像が鎮座すると云ふ。
混迷の世に二百数十年の時を経て至誠立身出世の神にして、学業成就、五穀豊穣の神。
徳川将軍さへも幕府を挙げて奨励したる
----御姿の扉、今開かれる---------
丑年例大祭
平成21年9月25日(金)
午後2時~
秘像拝観
平成21年9月26日(土)・27日(日)
午後1時~5時まで
<大祭祭事>
■特別祈願
■山伏行列
■こどもみこしと山車
こどもみこし担ぎ手・お稚児さん大募集
丑年大天神祭で、天神様をお乗せした「こどもみこし」や太鼓をみんな仲良く担いでくださる担ぎ手、および神輿行列に参列してくださる元気なこどもさんたちを大募集しております。
お申し込みは永谷天満宮社務所にお申し込み書をご記入の上ご持参ください。
日時 平成21年9月22日(火・祝) 9時集合 出発10時
年齢 こどもみこしは小学生、お稚児さんは6歳くらいまでのお子様
人数 こどもみこし50名、お稚児さん30名(定員になり次第〆切ます)
参加費 無料(お稚児さんは衣装・御土産代として実費6000円)
お申し込み
⇒こちらの申込用紙(PDF)をご利用ください。
主催 丑年大天神祭実行委員会
日本三躰 永谷天満宮社務所
電話 045-844-7244
今から51年前(1958年)、原水爆禁止国民平和大行進が被爆地広島から東京に向けてスタートしました。歩くという素朴な行動が市民の共感をひろげ、行進には100万人が参加しています。
現在は、全都道府県と7割を超える自治体を通過し、毎年10万人の人々が参加しているそうです。
2009年の国民平和大行進は、5月9日、北海道礼文島、東京夢の島出発を皮切りに全国で行進がはじまりました。
東京を出発して広島に向かう一行が本日(5月15日)午後、大船観音寺に到着しました。
神奈川県原爆被災者の会事務局により、ここ大船観音寺には全国唯一、原爆被災者の会により護られている「広島原爆の残り火(=平和の火)」が灯されている「聖地」であると説明があり、6月10日に開催されるキャンドルナイトin大船のパンフレットも皆さまに配布いただきました。
このほか、被爆者体験、トランペットの演奏があり、ひと時の休息の後一行は次の目的地に向けて出発していきました。
原水爆禁止日本協議会1945年8月6日ヒロシマ市、9日長崎市に相次いでアメリカ軍によって原爆が投下され、21万人の命が奪われました。さらに、1954年3月1日には太平洋ビキニ環礁でアメリカの水爆実験がおこなわれ、マーシャル諸島の住民と日本の多くの漁船が被災しました。
「原水爆禁止日本協議会」(「原水協」)は、こうした中で「核戦争阻止」「核兵器廃絶」「被爆者援護」という三つの基本目標を掲げ、1955年9月19日に思想・信条を超えて日本の幅広い人々を結集し結成されました。
その後、原水協は、被爆の実相を世界に知らせ核兵器廃絶の世論を広げる活動を半世紀にわたって続け、毎年8月ヒロシマ、ナガサキで「原水爆禁止世界大会」を開き続けてきました。こうしたなかで核兵器廃絶の声はいま世界に大きく拡がり、核兵器廃絶を求める決議は国連で圧倒的多数の国が賛成、核保有国に緊急に廃絶することを迫っています。
■関連リンク
5月29日、横浜大空襲から64年目を迎えます。
この記憶を語り継ぐために、平和のための戦争展が開催されます。
見つめよう!語り合おう!戦争の過去といま
2009平和のための戦争展inよこはま
5月29日・横浜大空襲から64年 展示と特別企画
日時 5月29日(金)~31日(日)
場所 横浜駅西口かながわ県民センター
主催 平和のための戦争展inよこはま実行委員会
お問合せ TEL 045(241)0005 FAX045(241)4987
後援 横浜市都市経営局
後援 神奈川新聞社・朝日新聞横浜総局・毎日新聞社横浜支局・読売新聞東京本社横浜支局・東京新聞横浜支局・テレビ神奈川
■特別企画・2階ホール・資料代各500円
5月29日(金)18時開場18時30分~20時30分
講演と映像「軍隊のない27の国々を訪ねて」東京造形大学教授 前田朗さん
5月30日(土)13時30分開場14時~16時30分
挨拶と講演 脚本家 小山内美江子さん
講演と映像「アフガニスタンのこともたち」JVCアフガニスタン現地代表長谷部貴俊さん
5月31日(日)13時30分開場14時~16時30分
中学生たちの朗読劇「空が落ちてくる~横浜大空襲~」ほか
朗読「1945年5月29日」俳優 高橋長英さん
講演「子どもの頃は戦争だった」疎開問題研究会代表ゆりはじめさん
■展示・1階展示場・入場無料
横浜大空襲他約500点
5月29日(金)10時~19時
5月30日(土)10時~19時
5月31日(日)10時~18時
■横浜大空襲展(写真パネル巡回)
金沢 5月17日(日)~5月23日(土)
緑 5月18日(月)~5月22日(金)
神奈川 5月18日(月)~5月22日(金)
青葉 5月18日(月)~5月22日(金)
港南 5月25日(月)~5月29日(金)
南 5月25日(月)~5月29日(金)
鶴見 6月1日(月)~6月4日(木)
瀬谷センター6月2日(火)~6月6日(土)
磯子 6月24日(水)~6月26日(金)
泉 7月1日(水)~7月3日(金)
各区役所ロビー・区民ホール等
今年2009年ははペルーへの移住が開始されて110年目に当たります。
日系移民とともに、寺院も日系社会に建立されました。
ペルーには慈恩寺という曹洞宗の寺院もあります。
その沿革は
慈恩寺1903年、上野泰庵師が管長辞令で渡航。1907年、カニエテ郡サンタバルバラに南漸寺を建立、翌年、両大本山貫首によって慈恩寺へ改称。
1925年、同郡内サン・ルイス町へ移転。1974年の地震で倒壊し、1977年、現在地へ移転。2007年の開創100周年では麻生太郎元外務大臣が記念プレートを寄贈したが、無住状態が続いている。
(SOTO禅インターナショナル『海外寺院ガイド』より)
さて、110年の節目の年に、『日本人ペルー移住110年の写真帳』と題した「ペルーの日系」という大家族「110年分のアルバム」が刊行されることになりました。
ごくごく普通の家庭に残されている写真を使って、年代ごとに整理された600枚程度の写真に日本語とスペイン語の解説を付け、写真を通して、110年の移住史が紐解かれていきます。
『日本人ペルー移住110年の写真帳』
ページ数:250ページ(予定)
定価:2000円(予定)
発行:2009年7月17日
編集:太田宏人(ペルー新報元日本語編集長)
刊行:110周年記念誌出版委員会(Convenio Kyodai、ペルー日系人協会、慈恩寺有志の会ほか)
発行:現代史料出版
⇒ペルーの日本人とその子孫たちの写真帖から FOTOS, NIKKEI PERUANO
(左)戦前の移住者の夫婦
(右)慈恩寺の内陣。写真は永平寺前貫首宮崎禅師の兄弟子、押尾師。宮崎禅師は「押尾さんには袈裟の着け方から教わった。兄さんみたいだった」と筆者に語った
協賛呼びかけ人(順不同)
RESTAURANTE & SUSHI BAR TOSHIRO 紀ろう/小西紀郎
CONVENIO KYODAI(リマ、東京)/
木本結一郎、ARMANDO OUCHIDA NODA
ツーリスモ・ラティーノ(東京)
現代史料出版(東京)
ハッピーハプニング(東京)/鎌野祐哉
ペルー友の会(日本)/尾形健輔
日系ジャーナル(パラグアイ) 代表/ミチオ高倉
元駐ブラジル大使館一等書記官/田中純(福岡)
サンパウロ新聞福岡支局長/吉永拓也
朝日新聞リマ通信員/大植満
ムンド・アミーゴ幼稚園(リマ)/大森雅人
ムンド・デ・アレグリア学校(浜松)/松本雅美
砂漠の一滴の会(日本)/牧千恵子、畠山えり子
アンデストラベル(東京)/佐藤芳夫
オークラ出版 第三編集局 編集部長/三田浩生
ペルー会・在日旧リマ日本人小学校同窓会/中島晃
SOCIEDAD TE AMARGO(LIMA)/
LUIS ROCCA TORRES、OSCAR CHAMBI
ENRIQUE HIGA SAKUDA、CHIKAKO KAWAMATA
PEDRO RUIZ HERRERA(元ペルー新報記者)
涼恵(唄ひ手/神戸・小野八幡神社権祢宜)
アンデス通信社(リマ)/下野浩介
JULIO ENRIQUE HIGA SAKIHARA/日秘文化会館・日本語普及部教師
田口吉元/元「日秘福音教会」牧師、ペルー日本語教師会元会長
広島ペルー協会
慈恩寺有志の会 ほか
編集者からのメッセージ
今回の出版は自費出版ではなく、出版費用〔約500万円〕は現代史料出版にご負担いただきますが、不況にともなう状況の悪化を考慮し、編集費は事務局で負担することといたしました。
協賛金は、ペルー側でも募ります。所期の金額を超えた場合は、委員会が出版社から本を買取り、ペルーおよび日本の日系校、ペルーの公立学校で日本との関係のある学校へ寄贈します。主旨ご高配たまわり、どうぞよろしくお願いいたします。
●ご協賛金:1口50米ドル/5000円
●特別別ご協賛金:10米ドル/1000円以上、金額は随意
●1次締め切り(5月下旬)
これ以降の協賛金のお申し出も歓迎いたしますが、記念誌へのご芳名の掲載はできなくなります。ご了承ください。
●取りまとめ
(1) 110周年記念誌出版委員会事務局(リマ)
Calle Las Tiendas Nº 237 - Surquillo. (Alt. cuadra 8 de la Av. Aramburú)
Frente a la Tienda Metro de Aramburú. Lima 34 – Perú
Central telefónica: 442-4488/ Armando Ouchida Noda
(2) 110周年記念誌出版委員(リマ)
川又千加子 Telefono: 441-0051 (Residencial Santa Cruz ,San Isidro)
(3)協賛金受け入れ口座
城北信用金庫神田支店(店番号:217) 普通口座:1066636
ペルー記念誌出版委員会 カマノ マサキ
※一部のネットバンキングご利用で「受け取り人名」を手動で入力する場合は、
受け取り人名を「カマノ マサキ」とだけご記入ください。
そのほかのネットバンキング、ATMの場合は、口座番号を入力いただくと、自動的に受け取り人名が表示されます。
(4)110周年記念誌出版委員会事務局(東京)
現金書留は、こちらへお願いします
〒141-0022 東京都品川区東五反田1-13-12, COI 五反田ビル3階
Convenio Kyodai内「110周年記念誌出版委員会事務局」 木本 宛て
電話 03-3280-1035
横浜港開港150周年記念行事「開国博Y150」のメイン会場に隣接する「運河パーク」に縦40メートル、横30メートルの巨大花時計があります。

(花時計のイメージ図より)
花時計は、花を贈る日協議会、花時計プロジェクト実行委員会により企画され、市民の手によって花が植えられ、4月28日の開花式でお披露目されました。9月まで公開されています。
この花時計、実は曹洞宗の僧侶がデザインしたものなのです。
庭づくりは大切な修行 ~日本の風情を守り続ける~
開国博Y150の来場者を出迎える約二万株の巨大花時計(日時計)。
横浜開港百五十周年を祝う、その"モニュメント"をデザインしたのは、禅僧で庭園デザイナーの枡野俊明さん=横浜市鶴見区在住=だ。国内外で六十以上の日本庭園を手がけた枡野さんに、禅と庭園づくりについて聞いた。
花時計のテーマは「海と風」。
「百五十年の感謝を込めて港に花を贈ろう」と、横浜の経済人たちが企画した。その幹事の一人でもある。もともとは四月八日を「花を贈る日」とし、親や家族、恋人に日ごろの感謝を込めて花を贈ろうとのキャンペーンを始めた。「花を通して感謝を伝える。日本の文化に合った習慣を横浜から発信しようとの趣旨。そのシンボルでもある」と説明する。
国内屈指の日本庭園のデザイナーで、三渓園の鶴翔閣庭園、カナダ大使館、ベルリン日本庭園など、多くの寺院や公共施設、ホテルの庭園を手がけている。五月中には寒川神社の神苑も完成(公開日は未定)するという。
枡野さんにとって、庭づくりは修行そのものという。
「一日作さざれは一日食わず、という百丈禅師の言葉がある。禅宗では、坐禅や作務(労働)を通して修行を重ねるが、その作務の大切さを示した言葉です。ただ、作務は、畑作業や掃除だけではなく、水墨画や華道、茶道など、自分の特技を通してでもいい。わたしにとっては庭づくりなのです」
禅宗は昔、大自然の中で坐禅をし、悟りを開いた。
街中へ移るとともに、寺院の面積も小さくなっていった。そのわずかな場所に、世俗を離れ大自然そのものに包まれたような場所を作り出すための空間として結実したのが「禅の庭」だという。
現代の建物は巨大化し、素材もガラスやコンクリート、鉄骨となり、白砂やコケのついた石などが似合わなくなった。日本庭園が徐々に造られなくなったゆえんだが、枡野さんは、御影石や白砂の代わりにこぶし大の石を使うことでこれを解決した。石や樹木だけではなく、光や風、季節感を大切にし、「禅の庭」を守り続ける。
(神奈川新聞2009/5/1)
「修行によってできた自分自身が庭に表現されるため、自分の力量を超える庭を造ることはできない」
「庭は自分の分身、心を映す鏡。『毒蛇が水を飲めば毒になり、牛が水を飲めば乳になる』という言葉がある。庭を毒にするも乳にするのもわたし次第ということ。わたしは、庭づくりで社会に貢献していきたい。それが修行です」
このことばは、どんな人にも当てはめることができますね。
枡野さんにとっての「庭づくり」は、みなさんにとっては何でしょうか。
連休中に花時計をご覧になる(ご覧になった)方は多いと思います。
花時計には「次代を担う子どもたちと横浜の誕生日を祝うとともに、横浜から『花を贈る』という文化を全国に発信したい」という意味が込められています。
その背後に「禅」のこころが生かされているということを思いだしていただければということで御紹介させていただきました。
■関連リンク
「開国博Y150」公式サイト
「花時計プロジェクト」
枡野俊明+日本造園設計 ShunmyoMasuno+JLC
地上デジタル放送:草なぎさんに代わって…新キャラクター「地デジカ」移行PR
日本民間放送連盟は27日、11年7月の地上デジタル放送完全移行をPRするためのキャラクター「地デジカ」を発表した。UHFアンテナ形の角が特徴で、5月から民放のCMやPR番組などに登場し、各家庭での「地デジ化」を呼びかける。
広瀬道貞会長は、公然わいせつ事件で地デジ普及のメーンキャラクターを事実上降板したSMAPの草なぎ剛さん(34)について、「当分、彼はいなくなるが、新しいキャラクターで普及に拍車を掛けたい」と述べた。鳩山邦夫総務相も「草なぎさんがいない分、頑張ってもらいたい」とエールを送った。
(毎日新聞2009/4/28)
地上デジタル放送完全移行をPRするためのキャラクター「地デジカ」が各方面で話題となっています。
草彅剛さんの件もありましたけど、それよりはむしろスクール水着のような衣装と、アンテナ状の角がキャラクターの二次創作意欲を掻き立てるようで、さまざまなキャラクターが生み出されているようです。
対し、キャラクターの著作権を有する日本民間放送連盟(民放連)は、このような二次創作に「断じて」許さないという姿勢を見せています。
「地デジカの著作権ですが、世にある他のキャラクターと同様、無断掲載には厳しく対応していきます。一般のブロガーの方がブログに掲載したり掲示板に載せることも、著作権の問題がありますので黙認することはしません」「特に、二次創作キャラクターの作成や掲載につきましては、許されるものではありませんので、見つけ次第、厳しく対応していきます」
(未来検索ガジェット通信)
ところがです。
断じて許さず、厳しく対処する宣言が出されてまもなく、地デジカを連想させるドメイン(というよりそのものズバリ)が第三者により取得され、そこで「痴デジカ」なるキャラクターが公開されてしまいました。
類似ドメインを予め押さえておくという基本を怠ったため、「断固」という言葉空しく、すっかりネタ化されてしまっています。
民放連も、頑なな態度を取らずに、ある程度の大人の対応をしておけばと思うのですが・・・・
ちなみに私の部屋にあるのは199*年製のテレビデオですので、完全に「アナログマ」君でございます。
昨年秋に 新型インフルエンザへの寺院の対策 について考えて来ましたが、もしかすると パンデミック が現実的になるかもしれません。
メキシコやアメリカ合衆国を中心に流行している A/H1N1型 豚インフルエンザはカナダやスペインでも人への感染が見つかりさらに諸国に流行する兆しがあります。
豚インフルエンザによるものと思われる死亡者は100人を超えています。
より大きな地図で 2009 Swine Flu (H1N1) Outbreak Map を表示
世界保健機関(World Health Organisation)により緊急委員会(The Emergency Committee)の第2回会合が開催され、次の決定事項が発表されました。
豚インフルエンザの世界的流行警戒水準をフェーズ「3」から「4」に引き上げる。
※この決定はウイルスにより、人から人へどの程度感染するかという疫学データにより行われた。警戒水準が「4」に引き上げられたことは、世界的な流行が必然ということを意味しているわけではなく、今後の動向により警戒水準が変化していく可能性を併せ持っている。
※豚インフルエンザ大発生の封じ込めは現実的でなく、それよりはむしろ流行の軽減対策に重点が置かれるべきである。
※国境を封鎖する、あるいは海外旅行を制限するものでは無いが、発症の兆候を示す人には慎重に医学的な観察を継続することが求められる。
※警戒水準が引き上げられたとことにより、WHOはA/H1N1ウイルスに対して有効なワクチンを開発することを推進していくとともに、これまでの季節ごとに発生するインフルエンザ・ワクチンの生産も継続して行うことを求める。

(図はAFPより)
このように、ついに発生の封じ込めがほぼ不可能な段階となりました。
感染の広がりを出来る限り軽減するために、各国がさらに連携して監視体制を強める必要がありましょう。
麻生太郎首相は「国家の危機管理上の重要課題」として全閣僚の緊急対策会議を開催しました。
私たちに求められるのは冷静な行動でしょう。
正確な知識をもち予防につとめることはもちろん、発症の兆候を示す人は自分勝手な判断を行わず、医療機関に相談することが大切です。
個人での感染予防でできることは何ですか?ブタインフルエンザ予防に効くワクチンは現在ありません。インフルエンザのような呼吸器症状を起こす病原体の広がりを予防する日常の行動があります。健康を維持するために以下の日常の予防方法をとって下さい:
咳またはくしゃみをするときは鼻や口をティッシュで覆ってください。使用したティッシュはゴミ箱に入れてください。
特に咳またはくしゃみの後では、石鹸と水を使用し手を頻繁に洗ってください。アルコールを成分に含んだ手指消毒薬も効果的です。
眼・鼻・口に触るのを避けて下さい。病原体はこの経路でひろがります。
病気のヒトとの密接な接触は避けましょう。
もしインフルエンザにかかったような症状がある場合は、CDCは他人を感染させないために、職場または学校に行かず他人との接触をできるだけ少なくすることを推奨します。----------------------
万が一発症したときにどうすればよいですか?
もしあなたが、ブタインフルエンザ症例が見つかっている地域に住んでいてインフルエンザに似た症状(発熱、体の痛み、鼻水、のどの痛み、吐き気、嘔吐、下痢)があり、特にもしあなたが自身の症状について心配をするならば、かかりつけの医療機関に連絡をしてもよいもしれません。あなたのかかりつけの医療機関はインフルエンザの検査または治療が必要かどうか決めるでしょう。
もし、あなたがかかっている場合、あなたは家にとどまる方が良く、他人にあなたの病気を広めないために他人との接触をできるだけ避けるべきです。
もし、あなたの具合が悪くなり、次のような危険な症状のいずれかがある場合は、救急医療機関を受診してください。子供の場合、緊急の医学的監視が必要な「危険信号」には次のようなものがあります:
呼吸が速い、または息がしにくい
皮膚の色が青白い
水分をあまり摂れない
起きないまたは他人と関わりたがらない
子供がイライラして抱っこをされたがらない
インフルエンザのような症状が改善したが、再び症状が現れ、熱と咳が悪化した場合
発疹を伴う熱大人の場合、緊急の医学的監視が必要な「危険信号」には次のようなものがあります:
呼吸困難または息切れ
胸またはお腹の痛みまたは圧迫感
突然のめまい
精神錯乱
重度または持続的な嘔吐(出典:Infectious Disease Surveillance Center)
さらに、多くの人に接する可能性のある100職種の公務員にワクチン優先接種するという政府試案もあり、公務員だけでなく民間の職種に従事する人も自主的な対策を各自取っていくことも大切でしょう。
日本では大型連休が始まったばかりです。今後の動向に常にアンテナを張っておくことは大切なことでしょう。
追記:
WHOは29日、新型インフルエンザへの警戒レベルをこれまでの「フェーズ4」から「フェーズ5」に引き上げたと発表しました。
メキシコ以外でも新型インフルエンザの感染による死者が出たほか、欧州諸国やニュージーランドなどに感染が広がり、世界的な大流行(パンデミック)の一歩手前の状態を意味する警戒レベルとなりました。
一昨年、真鶴の檜チャリティーコンサートホールで開催いたしました「シルクロード音楽の旅」が再び行われることになりました。
今年の会場は長野県伊那市、そして神奈川県平塚市の二箇所です。
「シルクロード・音楽の旅」 6月6日(土) 入場料 3000円 全席指定席
主催:NPO法人クラシックワールド 共催:伊那市教育委員会 |
|
「心を癒すシルクロードの響き」コンサート
入場全席自由 1000円 主催:平塚市 ・ (財)平塚市文化財団 |
出演
シャオロン(中国琵琶)
曹雪晶(二胡)
田渕勝彦(篳篥)
曹洞宗有志僧侶(声明)
木﨑二朗トリオ(木﨑二朗 ピアノ・宮崎正秀 ベース・高橋康廣 フルート・中屋博之 ドラムス)
※ドラムスは伊奈のみ
港南区社会福祉協議会で開催されている「男のセカンドライフ大学校」が5 年目を迎えました。
6月に開催される大学校講座のナビゲーターを私がつとめることになりました。
対象がおおむね50歳を超える「オヤジ世代」ということなので、オヤジの興味を増幅させることが出来る講座にしたいと思います。
テーマは、郷土『こうなんの歴史発見』です。
人数が限られておりますので、お申し込みはお早めにお願いいたします。
日時 平成21年6月10日(水曜日)10-12時
場所 貞昌院 (市営地下鉄「上永谷駅」下車10分)
主催:港南区社会福祉協議会・港南区内地域ケアプラザ
共催:港南区区民活動支援センター
対象 おおむね50歳以上の男性
参加費 無 料
申込み 港南区社会福祉協議会まで電話 045-841-0256 にて
※定員に達した場合締切ります
-----------------------------------------
参考:昨年【2008年に行われた講座一覧】
★桂歌助さんの“落語で学ぶコミュニケーション”
★“みんなでつくる はじめの一歩!”~イベントの企画をしよう~
★ソレイユの丘・初秋の田舎道散策とバーベキューで仲間づくり
★地域でいきいき自分さがし”
★男の討論会“とことん喋っちゃおう”
★ときめきシニアの健康学
鎌倉市制施行70周年記念写真集 『ふるさと鎌倉』 が発行されました。
この写真集は、鎌倉市のあゆみを集大成したものであり、400枚を超える貴重な写真と解説で鎌倉市の歩みを紹介しています。
親から子へ、子から孫へと語り伝えたい懐かしいふるさとの姿。
ジャンル別編集による鎌倉市民のための”目で見る”郷土資料
■主な内容
概説 鎌倉市のあゆみ
1.鎌倉市の変遷と発展
・戦前のふるさと
・高度経済成長を経て平成へ
<コラム 平和を願う ゆめ観音>
2.懐かしき風景・街並み
<コラム 鎌倉カーニバル>
3.民族・暮らしの移り変わり
<コラム 深沢今昔>
4.交通・産業の変遷
<コラム 江ノ電が走る光景>
5.教育・文化の広がり
・懐かしき学び舎
・文化施設、文化活動
<コラム ヘレン・ケラー女史の招聘>
<資料編> 鎌倉市略年表/鎌倉市の文化財/鎌倉市の概況
仕様 大型豪華本(A4版) 特製本・カバー巻き
写真集400点以上収録・美麗カラー口絵付き
総頁数 232頁
定価 11.550円(予約特典 9.975円)
部数限定1.500部で締切り
出版社 郷土出版社
発行日 2009年4月16日
ISBN 978-4-86375-011-1
私も写真を何点か提供させていただいたため、いち早く贈呈本を送ってくださいました。
特に ゆめ観音アジアフェスティバルin大船 については特集ページを作っていただいています。
発行部数が限られておりますので、ご希望の方はお早めにお申込みください。
幾つかの写真をピックアップしてご紹介します。
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■(左)大仏と番傘と外国人(明治時代)
外交官や貿易商などの外国人は鎌倉にもよく訪れました。
■(右)由比ガ浜 (大正時代)
海水浴が大衆化し、由比ガ浜海岸は納涼の人たちで賑わった。
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■(左)鎌倉駅入口のネオン(昭和30~40年代)
地元商店街が作成。駅入口を明るく温かくし外来者を迎えようということで設けられた。
■(右)ドリーム開発ドリームランド線(昭和41年)
橋脚の強度不足が指摘されたため、モノレールが実際に運行したのは僅か1年数ヶ月だけでした。
現在は橋脚やレールも撤去されてしまい、ドリームランドも既に営業していません。
貴重な写真です。
■(左)鎌倉方面へのバス道路 (昭和31年)
県道鎌倉藤沢線のかつての姿です。高度経済成長期前のため交通量は少ない。
■(右)龍宝寺での運動会(明治42年)
玉縄小学校は、明治15年より大正14年まで龍宝寺境内にありました。
また、大船駅は明治21年に横須賀線乗換駅として水田の中に開業。当時は(現在の)大船観音側が表玄関でした。
先月 BankART1929 で開催された みんなでつくる横濱写真アルバムシンポジウム において基調講演をされた佐野眞一さんの記事が東京新聞に掲載されました。
デジタルアーカイブの大切さ、意味について触れられておりますので併せてご紹介いたします。
暮らしを記録する ~広がる写真保存運動~
三月二十二日、横浜市中区の元銀行の建物を多目的スペースに改築した「BankART1929」で、「みんなでつくる横濱写真アルバムー市民が記録した150年」(主催・横浜写真アーカイブ実行委員会)の記念シンポジウムが開かれた。
私がそのシンポジウムに招かれて基調講演を行ったのは、市民が記録した写真を集め、管理保存する運動に賛同したからである。私は「記録されたものしか記憶されない」と題したその講演で述べたのは、日本の村という村、島という島を歩き、庶民の暮らしを記録しつづけた民俗学者・宮本常一の精神についてだった。
その宮本が日本列島の津々浦々を訪ね歩いて撮影した十万点にものぼる写真のうちから何枚かをスライドで紹介しながら、私はおおむねこんな話をした。宮本が撮った写真は決して、人を感動させる芸術写真ではありません。けれど、誰もが見逃してしまいがちな庶民の暮らしを撮ったからこそ重要なのです。宮本は「足に目がついている」といわれた記録精神で、そこに暮らす人びとの意思を読み解き、それを印画紙に定着してきました。
恐ろしいのは、私たちの暮らしを丹念に記録した写真を収蔵保管しておかなければ、それがこの国の歴史の中から無かったことになってしまうことです。
日本全国ではこれまで膨大な写真が撮られてきたと思います。しかし、その多くは日々〝消費″されてきたのが、実情ではないでしょうか。
その写真をきちんと残し、アーカイブス化することで、この国に流れた時間をCTスキャンをかけたように記録し、記憶させておくことができます。この運動は、写真によって日本近現代の暮らしを記録した、いわば市民による記憶の〝正倉院″づくりの先駆けとなることでしょう…。つづいて、沖縄や函館など日本各地で写真の保存運動を展開している地域のリーダーたちの現状報告があり、最後は私を含めた講師陣によるパネルディスカッションとなった。
これほど多くの町で市民による写真のアーカイブス運動が、いわば〝同時多発的″に行われていること自体、驚きだった。
最後のパネルディスカッションで出た意見のなかで私が好に印象に残ったのは、こんな見方だった。「家族の写真アルバムが、お互いのコミュニケーションを円滑にさせるように、市民による写真の保存運動は、地域のコミュニケーションを復活させ、町おこしや村おこしにもつながる」
一枚の写真が、その場の雰囲気をなごませ、そこにいる人たちの距離感を縮ませた経験は誰にもあるだろう。それと同じように、地域に埋もれていた写真が発掘され、それをテコにして活用するとき、新しい形の市民文化が生まれる可能性がある。
このシンポジウムに参加して、私が強く感じたのは、地域の紐帯を強めることにつながる写真のアーカイブス運動が、いま全国各地で起きているのは、現在の日本が先のまったく見えない閉塞感に覆われていることを逆証明しているのではないかということだった。
個人の力では無理でも、写真を元に結集した地域の力を活用すれば、この分厚い閉塞状況に風穴を開け、自信回復につながるかもしれない。
私が宮本常一の著作に接して〝記録する文芸″、すなわちノンフィクションを目指したのは、もう半世紀近く前のことである。
その恩返しがいささかなりともできたことを含め、記録し記憶させる精神が宮本没後二十八年にしてようやく定着してきたことを慶びたい。
(佐野眞一・ノンフィクション作家・東京新聞2009年4月13日夕刊より)
みんなでつくる横濱写真アルバムシンポジウム
郷土史のデジタルアーカイブ化の取組み
■関連リンク
ITを活用した郷土史のデジタルアーカイブ化の取り組み(ヨコハマ経済新聞)
先日 BankART 1929 Yokohama で開催された「みんなでつくる横濱写真アルバム」シンポジウム(横浜写真アーカイブ実行委員会)の記事を特集として纏めてくださいました。
特集記事「ITを活用した郷土史のデジタルアーカイブ化の取り組み」

ヨコハマ経済新聞K様、S様ありがとうございました。
「みんなでつくる横濱写真アルバム」には、現在300枚ほどの写真が寄せられています。
横浜に想いを寄せる方々の大切な1枚が積み重なり、貴重なアルバムとして出来上がりつつあります。
| このブログをご覧のみなさまへ 何気ない日常を撮影した写真でも、写真資料としては貴重なものです。 次世代に貴重な資料を引き継ぐために写真提供のご協力をどうぞよろしくお願いいたします。 |

「みんなでつくる横濱写真アルバム」が始動-150年の歴史をネットで共有(ヨコハマ経済新聞)
■関連ブログ記事
みんなでつくる横濱写真アルバムシンポジウム
映像の持つ力を生かす取組み
本日、BankART1929 Yokohamaにて記念シンポジウムが開催されます。
私も発表を行うことになりました。
デジタルアーカイブのうちの、「写真」を題材とした市民参加型プロジェクトの先進事例が報告されます。
是非皆さまふるってご参加ください。
なお、会場にはスキャニングコーナーを設置いたします。
お持ちの写真がありましたら是非ご持参ください。デジタルアーカイブ化をその場で行うことも出来ます。
「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」記念シンポジウム
<開催趣旨>
横浜開港150周年記念事業「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150 年-」の趣旨・意義を広め、多くの市民に参加を呼び掛けるため、記念シンポジウムを開催します。
全国各地で展開されている、「写真」を題材とした市民参加型プロジェクトの先進事例もご紹介します。ふるってご参加ください。
当日は、スキャニングコーナーを設置いたします。
本WEB サイトへの投稿に際してデジタル化したい写真がありましたらご持参ください。アルバムの場合は対応ができかねますので、あらかじめご了承ください。
<開催日時>
2009年3月22日(日) 13:30~17:00(含む休憩10分)
<開催場所>
BankART1929 Yokohama (3Fスペース)
〒231-8315 横浜市中区本町6-50-1
TEL:045-663-2812
横浜みなとみらい線「馬車道駅」 1b出口
(野毛・桜木町口(アイランドタワー連絡口)
JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分
JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩7分
<テーマ>
街の歴史の再発見と次代への継承
<プログラム>
13:30 開会あいさつ
小此木歌藏氏(横浜写真アーカイブ実行委員会委員長)
山崎洋子氏(Y150市民参加プラットホーム推進委員会委員長)
川口良一氏(横浜市開港150周年・創造都市事業本部長)
13:45基調講演
◆「記録されたものしか記憶されない―庶民の暮らしを撮った
民俗学者・宮本常一の足跡と業績ー」
佐野眞一氏(ノンフィクション作家)
14:30
◆横浜におけるデジタルアーカイブの取り組み
「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」
和田昌樹氏(横浜写真アーカイブ実行委員会企画部会委員、桜美林大学准教授)
◆「IT技法を活用した港南郷土史のデジタルアーカイブ」
亀野哲也 (貞昌院副住職)
◆「モボ・モガを探せ-BankART1929の取り組み」
渡邉曜 氏(BankART1929)
15:25 他都市におけるデジタルアーカイブの事例報告
◆事例報告1【Hakodadigital:地域の記憶の情報化】
川嶋稔夫氏(函館マルチメディア推進協議会会長、公立はこだて未来大学大学院教授)
◆事例報告2【「琉球フォトセッション:「写真」と「もの語り」のコラボレーション」
垂見健吾氏(NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム代表)
◆事例報告3【市民の市民による市民のためのデジタルアーカイブ】(予定)
丸山高弘氏(NPO法人地域資料デジタル化研究会副理事長)
16:10 フリーディスカッション
◆「市民生活の記録と記憶-写真、その魅力」
パネリスト:佐野氏、亀野、渡邉氏、川嶋氏、垂見氏、小林氏
コーディネーター:和田昌樹氏
(横浜写真アーカイブ実行委員会企画部会委員、桜美林大学准教授)
□問い合わせ
「みんなでつくる横濱写真アルバム」事務局
TEL 045-309-9944(平日10:00-17:00)
info@yokohama-album.jp
横浜市開港150周年記念関連事業として整備改修がすすめられていた「旧住友家俣野別邸」が全焼してしまったという残念なニュースが入りました。
重要文化財の「旧住友家俣野別邸」全焼 放火の可能性も
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15日午前4時55分ごろ、国の重要文化財に指定されている横浜市戸塚区東俣野町の「旧住友家俣野別邸」が燃えているのを付近の住民が発見し、119番通報した。神奈川県警戸塚署と消防によると、木造2階建ての建物約650平方メートルと敷地内に仮設されていた工事用プレハブ2棟が全焼した。けが人はいなかった。
同署によると、俣野別邸は昨年1月から平成23年3月まで全面改装中で、14日夜まで工事が行われていた。周囲は高さ約3メートルのフェンスで囲まれ、警報装置が設置されていたが反応はなかったという。火の気がないことから、同署は放火の可能性もあるとみて出火原因を調べている。
文部科学省のホームページによると、俣野別邸は昭和14年、住友家第16代当主、住友吉左衛門友成の東京別邸として建設された。昭和前期モダニズムの意匠を伝える洋風折衷建築で、平成16年に重要文化財に指定された。
(産経新聞2009.3.15)
「旧住友家俣野別邸」は、昭和前期モダニズムの意匠を伝える邸宅として国重要文化財に指定されている建築物です。
国道一号線沿い、横浜市と藤沢市の境に広大な敷地を有し、住友家第16代住友吉左衛門友成の別邸として昭和14年に建設されたものです。
建物は佐藤秀三により設計され、主屋棟、子供室棟、サービス棟がY字形に配置され、ハーフティンバー ・スタイル(柱や梁、筋交いを外部に露出させ、その間をモルタルで埋める中世以降のヨーロッパ北部の建築様式を基調とした洋風折衷建築)としてその意匠的の秀逸さと歴史的価値が高かっただけに本当に残念です。
敷地は建物がある上段の庭と下段の園地から構成され、周囲は広大な森で囲まれていますので、まもなく公園として市民に公開する直前の出来事でありました。
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平面図は横浜市のサイトより引用:上の航空写真とは南北が逆です
まだ一報が入ったばかりです。
今後、この建物が再建されるのかどうか分かりませんが、もし放火だとしたら貴重な文化財を一瞬で失わせてしまったことの罪は非常に重いと言わざるを得ません。
■関連リンク
昨日のブログ記事の続報です。
東京駅で最後のブルートレイン「富士・はやぶさ」の様子を見ることが出来ました。
とはいっても、6時からの会議に出席するために東海道線に乗車する際に出発直前の「富士・はやぶさ」の隣のホームを利用したということなので、出発の瞬間そのものを見たわけではないのですが・・・・
この日の東京駅構内は案の定、「富士・はやぶさ」を見送るたくさんの人たちで溢れていました。
報道によると、3000人が詰め掛けたようです。
ブルートレイン:はやぶさ・富士にさよなら…最後の運行
東京駅発最後のブルートレイン「富士・はやぶさ」の出発を見届けようと詰め掛けた多くのファンら。後方は上越新幹線の車両=2009年3月13日午後6時3分、石井諭撮影 ブルートレインの「はやぶさ」(東京-熊本)と「富士」(東京-大分)が13日、最後の運行を行い、大勢のファンに惜しまれながら半世紀近い歴史にピリオドを打った。
「はやぶさ」と「富士」は午後6時3分、乗客計320人を乗せ、連結してJR東京駅を出発。10番ホームには鉄道ファンら約3000人が詰めかけた。「ピーッ」と哀愁を帯びた警笛が鳴ると、一斉に「ありがとう」の声が上がった。
両列車は北九州市の門司駅で切り離され、それぞれの目的地へ。東京駅を起点としたブルトレは、これで全廃となり、運転が継続されるブルトレは「北斗星」(上野-札幌)など全国で4本となる。
(毎日新聞2009/3/14)
「富士・はやぶさ」の出発時刻は午後6時3分。
まだ出発まで一時間弱あります。
このダイヤも今日限り。
出発案内の電光掲示板にもたくさんのカメラが向けられていました。
せっかくの機会なので9番線にあがってみましょう。
ホーム売店には記念弁当が。
やはり行き先表示幕は人気がありますね。
多くの方が記念写真におさまっていました。
車体に触ってみるとひんやりとしています。
出発30分前を過ぎると、だんだんとホームに人が溢れてきましたし、会議もあったため東海道線の別のホームへ。
ちょうど、回送された機関車が目の前を通過していきました。
この機関車は車庫から東京駅までブルートレインを最後尾を先頭に牽引し(写真の人が溢れるホームの向こうに「富士・はやぶさ」が停まっています)、最後尾から先端へ連結しなおすために回送されているものだそうです。
それにしても「富士・はやぶさ」が停まっているホーム、そしてそのさらに向こうの東北新幹線のホームは物凄い報道陣の数、そして人波です。それだけ名残り惜しまれてのラストランではありますが、あまり危険な見送りはしないように心がけたいものです。
向こう側のホームは「富士・はやぶさ」を見送る人でごった返し、こちらのホームは日常の通勤ラッシュの光景。同じラッシュでも対照的な光景でした。
しかし、夕方、ラッシュアワーのピークにホーム両側の線路を2つ占領して回送作業までしなければならないとは。
せめて時間をずらすとか、休日のみの運行にするなどの工夫をしなければ通勤客から邪魔者扱いされるばかりです。他の国では分かりませんが、現代の日本ではやはり時代の要求にそぐわなかったということでしょう。
「富士・はやぶさ」の最後の出発まで立ち会うことができませんでしたが、その一端を見ることができ万感の思いです。
お疲れ様でした。
日本での役目を終えた列車たちは、世界各地で再び活躍をしているようです。
ブルートレインの多くは、タイなど、アジア各国で見ることができます。
⇒アジアの大地を走る「ブルートレイン」(ascii)
ブルートレインの前に座るタイの少年僧、行き先が「静岡」のままタイの駅に停まっている姿・・・・
実に味わい深い写真が並んでいます。
筆者は次のように書いています。
ボーリング球の様に転がり続けるのがボクの人生の特徴だが、単に好きなだけだったら20代後半という人生の中でも最も大切な時期を、微笑みの国「タイ」へ捧げることはなかっただろう。
しかしボクは、タイでディーゼル機関車が牽引する夜行列車の大群に出会ってしまったのだ。タイでなら、エアコン寝台車のプチ豪華で快適な夜汽車旅だけでなく、日本ではほぼ不可能になった三等客車の開けっ放しの車窓を楽しむ夜汽車旅まで思いのままに楽しめる。これが帰国の最大の妨げになった。
日本では失われてしまった何か大切なものが、タイではまだまだ残されているようです。
タイに生息し、人の髪の毛を使って歯に詰まった食べ物のかすを取り除く「歯磨き行動」をする野生のカニクイザルの中に、子ザルが見ていると特に大げさに歯磨き行動を行う母ザルがいることを、京都大霊長類研究所の正高信男教授(霊長類行動学)の研究チームが突き止めた。子供に関心を向けさせ、歯磨きを教える「しつけ」とも考えられるといい、こうした行動が人間以外で確認されたのは初めて。研究成果が11日発行の米科学誌「プロスワン」に掲載された。
歯磨き行動をするのは、バンコクの北東約140キロのロブリーに生息するカニクイザル。約250頭の群れの中で約100頭が、デンタルフロス(歯間磨き)のようにヒトの髪の毛を使って歯の間に詰まった食べ物かすを取り除く。
カニクイザルは東南アジアに生息しているが、歯磨き行動が確認されているのはロブリーの一群だけ。10年ほど前から見られるようになったという。サルは街中で暮らしており、人と接する中で学んだ行動と考えられている。
研究チームは、1歳の子を持つ7頭のメスザルに注目。カツラの毛を与えて、周囲に子供がいる場合といない場合についてビデオ撮影して詳しく分析した。その結果、子供が見ている場合は、髪の毛を両手に取って口に入れた後、歯を上下させる一連の動作(スナッピング)を頻繁に繰り返すことが判明。回数は見ていない場合の約2倍で、動作自体が大げさになっているという。母ザルは自分の行動を変えることで、子ザルが歯磨きを習得しやすいようにしているとみられる。
正高教授は「人間以外の動物は、教育をしないというのが常識だが、今回の実験で、教えることの芽生えがサルにもみられたと考えることができる。教育の起源を解明することにもつながる」としている。
(産経新聞2009年3月11日・下線はkameno附記)
母から子への「歯磨き行動」の伝達が確認されたそうです。
野生の動物は本能的に「生きる智恵」を持っているといわれますが、「教育」の形で行っている姿を確認されたのは初めてとのことです。
同じような例では小鴨に泳ぎ方を教える親鳥ということが頭に思い浮かびますが、そのように本能的に備わっている行動とは、記事中下線の「街中で暮らしており、人と接する中で獲得し学んだ行動」というあたりで一線を画しています。
「智恵の伝達」という点から見れば、それが、これまでは人類の人類たる所以であったわけです。
文字がまだ無かった時代でも、カニクイザルのように身ぶり手振りで伝えられた「智慧」はたくさんあったはずです。このように、世界中、人類の歴史に現れるいかなる社会でも次世代に伝える無形の智恵が見られます。
「知識の伝達」は容易いが、「智慧の伝達」は難しい
バンコクの寺院で生活するカニクイザルは、この困難なことをやってのけているのでした。
ちなみに、日本人の歯磨き習慣は曹洞宗の開祖道元禅師の時代にまで遡ります。
横浜港開港120周年行事として、1980年(昭和55年)6月13-15日に高島線の東横浜-山下埠頭間を三往復したSL
(kameno撮影)
このような横浜で撮影した写真をお持ちの方はたくさんいらっしゃると思います。
それこそ何百万枚何千万枚あるか見当もつかない膨大な数でしょう。
一枚一枚の写真はそれぞれが貴重な記録です。
しかし、それらの多くは各家庭にて保管されており、公の場に出ることはほとんどありません。
そこで、現在幅広く市民に呼びかけ、写真を集め整理し、共有し活用していこうという事業が進行しています。
「みんなでつくる横濱写真アルバム」が始動-150年の歴史をネットで共有
横浜開港150周年を記念して、ウェブ上で市民から横浜の記録写真を集めるアーカイブ事業「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」が3月2日にスタートする。
同事業は、企業や市民が所蔵している写真画像を、インターネットを通じて広く収集し、共有していくもの。横浜の歴史や文化、経済や産業、地域の発展、市民の生活文化などを写した写真を掘り起こし、有効な活用がなされる永続的なアーカイブ作りを目指している。個人のスナップから市史的意義のある写真まで、簡単な操作で閲覧・投稿ができ、画面上で共有できる。画像投稿とともに撮影日時、コメントなどが記入でき、キーワード検索で写真を探し出すこともできる。また、投稿された写真をもとに、8月に象の鼻地区で写真展の開催も予定されている。
主催する「横浜写真アーカイブ実行委員会」(小此木歌藏委員長)は2008年8月に発足。横浜商工会議所、横浜市開港150周年協会、横浜港振興協会、横浜市で構成される。写真の収集支援や広報などを、開港150周年の事業への市民参加を呼びかける「Y150プラットホーム推進委員会」(山崎洋子委員長)が担う。同実行委の小此木委員長は「150年という歴史を学び、感謝し、将来へ引き継いで行くことを考えています。家庭に眠っている写真を掘り起こし、150年という年を市民自らの形で迎えたいと思っています」と話す。
9月の投稿受付終了までの想定収集枚数は15,000枚。2月23日には、保土ヶ谷区のほどがや地区センターで、市民からの投稿を呼びかける「ほどがやフォーラム」を、また3月27日には、神奈川地区センターで「かながわフォーラム」を開催する。両日とも17時30分より20時まで、参加費は無料。
また、3月22日には、函館市や沖縄県、山梨県などでデジタルアーカイブ事業などに取り組む団体からゲストを招いて、記念シンポジウムを開催する予定。各フォーラムでは、写真の現物を持ち込むとその場でスキャニングできるコーナーを設ける。問い合わせは横浜写真アーカイブ実行委員会事務局(TEL 045-309-9944、平日10:00-17:00)へ。
| このブログをご覧の御寺院様へ 貴重な写真資料は特に寺院に多く残されています。 次世代に引き継ぐために写真提供のご協力をどうぞよろしくお願いいたします。 |
⇒ 「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」 公式サイト
実施主体:横浜写真アーカイブ実行委員会(横浜商工会議所、財団法人横浜開港150周年協会、社団法人横浜港振興協会、横浜市)
運営主体:Y150市民参加プラットホーム推進委員会
協力:横浜市民メディア連絡会
運営事務局:「みんなでつくる横濱写真アルバム」事務局(NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ内)
・・・・・・・・で、3月22日(日)に「記念シンポジウム」が開催されることになり、その場にて私も発表を行うことになりました。
テーマは「街の歴史の再発見と次代への継承」です。
「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」記念シンポジウム
<開催趣旨>
横浜開港150周年記念事業「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150 年-」の趣旨・意義を広め、多くの市民に参加を呼び掛けるため、記念シンポジウムを開催します。
全国各地で展開されている、「写真」を題材とした市民参加型プロジェクトの先進事例もご紹介します。ふるってご参加ください。
当日は、スキャニングコーナーを設置いたします。
本WEB サイトへの投稿に際してデジタル化したい写真がありましたらご持参ください。アルバムの場合は対応ができかねますので、あらかじめご了承ください。
<開催日時>
2009年3月22日(日) 13:30~17:00(含む休憩10分)
<開催場所>
BankART1929 Yokohama (3Fスペース)
〒231-8315 横浜市中区本町6-50-1
TEL:045-663-2812
横浜みなとみらい線「馬車道駅」 1b出口
(野毛・桜木町口(アイランドタワー連絡口)
JR・市営地下鉄「桜木町駅」徒歩5分
JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩7分
<テーマ>
街の歴史の再発見と次代への継承
<プログラム>
13:30 開会あいさつ
小此木歌藏氏(横浜写真アーカイブ実行委員会委員長)
山崎洋子氏(Y150市民参加プラットホーム推進委員会委員長)
川口良一氏(横浜市開港150周年・創造都市事業本部長)
13:45基調講演
◆「記録されたものしか記憶されない―庶民の暮らしを撮った
民俗学者・宮本常一の足跡と業績ー」
佐野眞一氏(ノンフィクション作家)
14:30
◆横浜におけるデジタルアーカイブの取り組み
「みんなでつくる横濱写真アルバム-市民が記録した150年-」
和田昌樹氏(横浜写真アーカイブ実行委員会企画部会委員、桜美林大学准教授)
◆「IT技法を活用した港南郷土史のデジタルアーカイブ」
亀野哲也 (貞昌院副住職)
◆「モボ・モガを探せ-BankART1929の取り組み」
渡邉曜 氏(BankART1929)
15:25 他都市におけるデジタルアーカイブの事例報告
◆事例報告1【Hakodadigital:地域の記憶の情報化】
川嶋稔夫氏(函館マルチメディア推進協議会会長、公立はこだて未来大学大学院教授)
◆事例報告2【「琉球フォトセッション:「写真」と「もの語り」のコラボレーション」
垂見健吾氏(NPO法人ちゅらしまフォトミュージアム代表)
◆事例報告3【市民の市民による市民のためのデジタルアーカイブ】(予定)
丸山高弘氏(NPO法人地域資料デジタル化研究会副理事長)
16:10 フリーディスカッション
◆「市民生活の記録と記憶-写真、その魅力」
パネリスト:佐野氏、亀野、渡邉氏、川嶋氏、垂見氏、小林氏
コーディネーター:和田昌樹氏
(横浜写真アーカイブ実行委員会企画部会委員、桜美林大学准教授)
□問い合わせ
「みんなでつくる横濱写真アルバム」事務局
TEL 045-309-9944(平日10:00-17:00)
info@yokohama-album.jp
■追記
どのような検索項目を入れても、検索結果として表示されるサイトが悉く「障害を与える恐れがあるサイト」として表示されてしまいます。
Googleが自らのサイトすらも危険なサイトとして分類していましたので記念にキャプチャ。
単純に検索サイトとして使っているだけであればgooとかinfoseekなどを使えば良いのですが、ポータルサイトとして依存している場合には影響は大きいはずです。
まあ、一時的な障害でしょうけれど、早急に対処してほしいものです。
⇒続報
約30分の障害の後どうやら復旧したようです
■補足
この2月2日「情報セキュリティの日」を中心とした1月24日から3月1日までの期間において様々な「情報セキュリティ対策」啓蒙行事が開催されます。
特に、マルウエア、ボットウイルスへの対策は怠ってはいけません。
ボットの駆除対策手順の確認やウイルス対策ツールを常に最新の状態とすることも大切ですし、「怪しいサイト」へアクセスしないことも重要です。
「怪しいサイト」情報自体が「怪しい」と本末転倒なんですけれどもね。
今回の騒ぎは「情報セキュリティ」についての良い啓蒙活動となったようです。
反面教師として。
心の平穏求めて「ZEN」体験 東京で外国人60人外国人向けの座禅体験会が6日、東京・赤坂の豊川稲荷東京別院であった。ハワイの寺で住職を務めた僧が英語で指導し、約60人が黙想した。
参加したフランス人女性(27)によると、ZENという言葉は母国でも知られ、「静か、冷静」の意味で使われているという。「でも仏教についてはあまり知識がないのでいい機会だった」
10日公開の映画「禅」(中村勘太郎主演)にあわせて配給会社が企画した。宣伝担当者は「世界同時不況の中、心の平穏が求められるのは万国共通では」。
(朝日新聞2009年1月7日)
このブログでも 映画 「禅 ZEN」 1/10より などの記事でご紹介してまいりましたが、いよいよ今週の土曜日より映画公開となりました。
新聞やテレビの広告などを目にされた方も多いでしょうし、各メディア向けの試写会なども行われています。
その一つとして、海外プレスおよび海外からの留学生などを対象とした坐禅会と映画「禅 ZEN」英語字幕版の映写会が赤坂にある豊川稲荷東京別院にて行われました。
配給元の角川映画より、SOTO禅インターナショナルに坐禅指導のオファーをいただきましたので、スタッフ有志にて手伝いをさせていただいてまいりました。
会場には60名を超える参加者と、「何故か」とてつもない数の報道陣が。
「英語でしゃべらナイト」でおなじみのパトリック・ハーランさんの軽妙なMCにより、和やかに進行して行きました。
英語の坐禅指導はSOTO禅インターナショナルT先生を中心に、皆で会場の坐禅指導に当たりました。
和やかな雰囲気がピリっとした雰囲気に変わります。
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※上の写真はイタリアからいらしたジャンドメニコさんに撮影いただきました。
ステージ上では主演の勘太郎さんが坐禅を行じます。
そのお人柄が坐禅の姿に表れているかのようです。
冒頭の記事にもありますが、ZENという言葉は、世界各地で広く知られるようになりました。
しかし、禅とは何か、坐禅はどういうものかを実際に理解している方はまだまだ少ないと思われます。
そのような中で、今回のように坐禅の作法に則った坐禅を皆で行じるということは大切なことであるといえましょう。
また、時代考証も含め、きちんと作られた映画が公開されるということはさらに重要な意味をもつはずです。
映画製作に関りました多くの方々に心より敬意を表します。
「見どころは、何と言っても主演の中村勘太郎の演技。役づくりのため大本山永平寺の雲水と修行を共にし、演技では見事に道元の生きざまや考えを投影している」 (高橋伴明監督)
一人でも多くの方に映画を観ていただきたいものです。
中村勘太郎が外国人60人と“禅”体験歌舞伎俳優の中村勘太郎が曹洞宗の開祖として知られる禅僧・道元を演じた初主演映画『禅 ZEN』の座禅体験イベント付き試写会が6日、都内で行われた。
ハワイの寺で住職を務めた僧が英語で指導し、日本文化に関心のある外国人約60人が座禅に挑戦。中村も壇上で外国人女性モデルと並んで座禅を組んだ。中村は「海外の方が禅に興味を示してくれるのはうれしいですね。僕もこの映画をきっかけに禅を知りました。心が穏やかになるので、イライラしている時や悲しいことがあった時は、うちに帰って座るようにしています」とコメント。進行役のパトリック・ハーランが「両手に花ですが、集中できる?」とちゃかすと、中村は「大丈夫。(劇中では)女人禁制なので」と笑い、「ひとりで禅を組むのとは違いますね。みんなで同じところを目指しているのがすごく美しい」と感激していた。
(2009年1月7日 電子チケットぴあ)
中村勘太郎が外国人60人と座禅体験穏やかな笑みを浮かべて登場した勘太郎は、62人の参加者に向かい深々とお辞儀。アメリカ、イギリス、スペイン、フランスなどさまざまな国籍の人々を前に、「海外の方々が、積極的に日本文化に興味をもってくれているのは常に感じている。座るという行為が、いかに心を落ち着かせてくれるか体感してください」と語った。
鐘の合図とともに始まった座禅体験では、姿勢や首の位置を正される参加者が続出。そんななか誰よりも早く僧侶から警策を受けた勘太郎は、静かなたたずまいで合掌した。終了後には“喜びも悲しみも涙も……。あるがままに”と映画のキャッチコピーを口にし、「世界中の人々がこの言葉を胸に生きてくだされば、良い世の中になるはず。この映画を見てホッとしてもらえたら幸いです」とPRした。
(バラエティージャパン)
■関連リンク
■関連記事
以前、このブログの記事 絵地図と写真にみる貞昌院の変遷 でご紹介いたしました貞昌院の江戸時代の絵図が金沢文庫にて展示されることになりました。
企画展 描かれた寺社 ~中世の指図と明治の社寺明細帳図~
開催:平成20年12月11日(木)~平成21年2月15日(日)
時間:午前9時~午後4時30分 (入館は午後4時まで)
観覧:一般個人 250円、20歳未満・学生 150円
休館:毎週月曜日(ただし1/12は開館)、12/24、12/29-1/3、1/13、2/12
寺院での儀式を記録するために描かれた、中世の指図。一方、国策として全国一斉調査をおこなった明治の社寺明細帳の付録図。さらに中世の室生山図や近世の木版画など、金沢文庫が所蔵する、これらの寺社を描いた図を紹介いたします。
必要性に応じて描かれたこれらの図は、その利用方法によりどのように描き方が異なるか、寺社を描くということにどのような意義を認めていたのかなどを、全く異なる図から考え、それぞれの時代をかいま見てみます。
【展示の構成】
中世の結界図
中世の指図
近世の刷り物にみる寺社
社寺明細帳図
近代の刷り物にみる寺社【主要展示品】
高野山金堂指図 鎌倉時代
金剛峰寺地形図 鎌倉時代
東寺講堂仁王経法道場指図 鎌倉時代
神宮(外宮) 江戸時代か
江之島金亀山三宮細見之図 文政12年(1829)
烏山村字千駄山稲荷神社 明治13年(1880)
岩瀬山正定院西念寺 明治13年頃
ほか(金沢文庫websiteより)
開催期間は比較的長いので、お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。
京浜急行「金沢文庫駅」下車徒歩12分です
神奈川県立金沢文庫
横浜市金沢区金沢町142 電話:045-701-9069
昨年より民生児童委員として活動させていただいておりますが、その中の一つの役割として災害時の地域住民の安否確認ということがあります。
災害には、大地震から洪水、大雪などさまざまなことが想定されますが、特に大地震については「関東大震災」から80年以上が経過し、いつ大地震が発生してもおかしくない状況の中、早急に防災対策を再構築しておく必要があります。
また、高齢化社会の進行は地元港南区でも例にもれず、総人口22万1837人(平成17年の港南区人口)を年齢3区分別にみると、15歳未満の年少人口は、僅か2万9489人(総人口の13.3%)、15-64歳の生産年齢人口が15万2417人(同68.7%)、65歳以上の老年人口が3万9338人(同17.7%)となっています。
港南区が誕生した40年前からは年少人口の割合が25.7%→13.3%、老年人口の割合が3.2%→17.7%と着実に少子高齢化が進んでいることがわかります。
一人暮らしのお年寄り、障害者、外国人・・・・災害時において、行政との連携を含め、防災マニュアル、防災対策の仕組み・組織、防災資機材や防災用品の備えはもとより、実践として動ける体制づくりが大切でしょう。
現在、町内会と民生児童委員が協働で、地域を回り、どのような世帯に支援が必要なのか、災害時要支援リストを作成しています。
昨月より、希望者に対し個別に訪問し、詳細な聞き取り調査もさせていただきました。
今後も随時の更新が必要ではありますが、ようやく災害時の行動計画が纏まってきた感があります。
行政と地域住民が有機的に連携することにより、被害を最低限に抑えることが出来るでしょう。
中学生も安否確認に一役というニュースも報道されました。
災害は発生の時間帯を選びません。
出来る人が出来ることをするということが大切です。
港南区・日限山災害時の住民安否確認など訓練
いざに中学生「出勤」―「平日は頼りに」初の試み
災害時の地域住民の安否確認に中学生の力を活用する訓練が八日、横浜市港南区の市立日限山中学校(田中薫校長、三百八十八人)周辺で行われた。初の試みで、生徒がけが人の有無などを一軒一軒聞いて回った。
同校は災害時に避難所が開設される地域防災拠点に指定されており、住民らでつくる同拠点運営委員会の訓練に中学生の安否確認も盛り込んだ。
確認の対象は、同校が避難先となる日限山三丁目、同四丁目の住宅地。生徒は五人ずつの五十六班に分かれ、それぞれ二十世帯前後を担当した。
まずインターホンを鳴らし、「安否確認に来ました」「家は大丈夫ですか。火事はありませんか」などと被災状況を聞き取り、防災拠点に避難するかどうかの意向も確認した。
さらに「余震が続きますので注意を」「電気のブレーカーを切り、ガスの元栓を閉め、消火器はすぐ使える所に置いてください」と、二次災害を防ぐための注意も呼び掛けた。
日限山四丁目在住で、安否確認の訪問を受けた地域防災研究所の大間知倫所長(73)は「被災後すぐは難しいが、状況が落ち着いてから何らかの形で中学生に協力してもらうのは有効ではないか。働き手が不在となる平日の日中は、特に頼りになるだろう」と話していた。
(神奈川新聞 平成20年11月9日)
チベット・砕かれた仏の国 でご紹介した「野町和嘉写真展地球巡礼」ですが、かながわ国際交流財団に赴く機会がありました(※)ので、ようやく行くことができました。
※別に報告いたしますが、ゆめ観音アジアフェスティバルに寄せられた義捐金の寄託のためです。
財団の方には会場をご案内いただきました。心よりお礼申し上げます。
■野町和嘉写真展 地球巡礼あーすぷらざ 3F企画展示室
JR根岸線 本郷台駅 徒歩5分
Tel:045-896-2899会期:2008年9月6日~10月13日
公開時間:10:00-18:00 祝日を除く月曜日休館
入場無料主催:神奈川県立地球市民かながわプラザ
指定管理者 財団法人 かながわ国際交流財団
作品制作協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社
協力:クレヴィス
20代半ばでサハラを訪れ、過酷な風土を生きる人々の強靭さに圧倒されたことがきっかけとなって、今日までドキュメンタリー写真を撮り続けてきました。訪れた土地の大半はいわゆる辺境の地で、厳しい自然と向き合いながら、人々は自らの文化に強いこだわりを持って生きていました。あるいは、民族間の軋轢や理不尽な歴史のしがらみを背負いながらも懸命に生き抜く姿に魅せられ撮り続けてきました。
ところがそれら辺境の地にあっても、昨今、人々の意識は劇的に変わりつつあります。グローバリゼーションのひとつの局面である、効率、利便性といった共通の価値観にむかって、地球上があたかもアイロン掛けされた一枚のシーツであるかのように急速に画一化、平準化されつつあるというのが、私の印象です。
一方において、“21世紀は宗教の世紀”でもあります。画一化が進行するなかで、あるいは民族紛争によって呼び覚まされた、自らの文化への強い帰属意識が宗教の復興というかたちで地球規模で高まっており、今日の潮流をなしています。
本展覧会は、30年余にわたって撮り続けてきました、“祈りと巡礼”の総集編「PILGRIMAGE」(日本版、「地球巡礼」)より、アンデス、メッカ、インド、ナイル、チベット、サハラ、グレート・リフト・バレーの120点の作品により構成するものです。 (野町和嘉さんからのコメントより引用)
野町氏は、サハラ砂漠に旅をして以来、過酷な自然と向き合って生きる人々を描き続けています。
特に、イスラームの二大聖地メッカ、メディナの撮影は国内外で高い評価を得ています。
展示写真の一部はこちらのサイトでも見ることができます。
しかし、やはり写真を目の当たりにすると、そこに映し出された信仰のもつエネルギーに圧倒されます。
メッカの写真などは、サウジアラビアより正式に撮影依頼があり、ムスリムにまでなって撮影に赴いた野町氏だからこそ撮影できた写真です。
世界各地、それぞれに信仰の形は違えども、人がどのように信仰と向かい合っているのか。
とても内容の濃い写真展です。
あーすプラザでの展示は今度の連休で終わり(10月13日まで)となります。
お近くの方は是非ご覧になることをお勧めします。
5階の展示スペースには「チベットの今 写真展」も開催されていました。
想うことがある限り、人は願い、そして祈る。天空の大地から、世界に届ける願いとは?チベットの今を伝える写真展です。
こちらはフォトジャーナリスト、野田雅也氏による写真の数々です。
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街に中国人があふれるようになると、チベット人は住む場所を失ない、文化的住宅と称した狭い住居に強制的に移住された。そこでは牛や馬を飼うこともできない。
チベット僧は寺から追い出された。この僧侶は路上で生活する物乞いになった。
風月庵さんが、最近の記事でチベットのジャンヌ・ダルクとして、尼僧ガワン・サンドルさんが受けている非人道的な扱いと、それに立ち向かう不屈の戦いについて書かれています。
このようなチベット僧、チベット人に対する中国政府の弾圧は日常的にたくさん行われています。
ただ、私たちにはなかなか伝わってこないだけです。
野町和嘉さんのサイトでは、尼僧ケルサン・ペモさんの受けてきた筆舌しがたい受難の日々が生々しくつづられています。
⇒チベット・砕かれた仏の国
また、チベットの拷問被害者全国証言ツアーでは、チベットの真実として直接話を伺うことのできる機会を設けています。
併せて一読いただくことをお勧めします。
■関連リンク
スウェーデン王立科学アカデミーは7日、今年のノーベル物理学賞を、素粒子物理学の理論づくりに貢献した米シカゴ大名誉教授で大阪市立大名誉教授の南部陽一郎氏(87)と、新たな基本粒子の存在を共同で提唱した高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)名誉教授の小林誠氏(64)と京都大名誉教授で京都産業大理学部教授の益川敏英氏(68)の日本人計3人に贈ると発表した。日本人が一つの賞で同時受賞するのは初めて。(朝日新聞)
われわれは、いったい何からできているのか。
宇宙はどのように出来たのか。
この根源的な謎に、お釈迦様は宗教的にアプローチを試みました。
物理学者は科学的アプローチにより考察します。
今回受賞の南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏は、基本粒子研究の基礎理論を先駆的に提唱した功績が評価されての受賞となりました。
物理学の分野での日本の層の厚さを改めて感じます。
それにしても、基礎理論はそれが正しいと実証されなければなりませんから仕方がないですが、少し遅すぎの感は否めませんね。
貞昌院サイエンスカフェでも、「ろうそくの炎はプラズマが光っている」ということから、「宇宙の始まりとされる147億年前、どのようにこの世界が形成されていったのか」に至るまで、最新の理論を元に講義が展開されました。
また、ビッグバン直後の現象について、私たちは時間をさかのぼってそれを紐解いていっているわけですが下図の10のマイナス10乗秒以前のこと(例えばCP対称性の破れがどのように起きたかなど)については、未知の領域であります。
![]()
(c)東京大学宇宙線研究所,Lawrence Berkeley National Laboratory
ビッグバン直後、時空の概念が適用できるのは、ビッグバンから、10のマイナス44乗秒後のことであり、このあたりから、どやら重力と他の力が分れたようです。
10のマイナス38乗秒後には「強い力」と「電磁気力」が分かれ、10のマイナス11乗秒後に、「電磁気力」と「弱い力」が分離しました。
このあたりは推論であり、まだよくわかっていない領域です。
とにかく、よくわからないけれども、統一されていた力が分離していって、重力、強い力、弱い力、電磁気力の4つの力が生まれたと考えられています。
ここまでの過程で、物質と反物質の均衡に生じたズレ(CP対称性の破れ)により宇宙は物質の世界へと導かれ、それにより私たちが存在するということです。
まさに「毫釐も差あれば、天地懸に隔たり!」
わかりやすくまとめられているサイトがあります。(オススメ)
⇒キッズサイエンティスト・やさしい物理教室
(大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構)
それにしても、私たちには未知の領域がまだまだ多すぎます。
また、観測可能な領域ですら、例えば宇宙を構成する成分のうち7割以上は謎のエネルギー「ダークエネルギー」、2割以上が正体不明の物質「ダークマター」で占められているといわれています。
元素周期表に出てくる「元素」は、私たちが知りえる宇宙の領域全体のうちの僅か4%程度に過ぎないようです。
このように、標準理論では未解決なことはたくさんあります。
• 新しい対称性や新しい物理法則があるのか?
• 重力、強い力、弱い力、電磁気力は統一されるのか。
• 次元はどこまで存在するのか?
• 何故、たくさんの素粒子が存在するのか。
・何故3世代の素粒子が存在するのか。
• ダークエネルギーとは何か?ダークマターとは何か?
• 宇宙は誕生直後の様子は?
• 反物質はどこへいったのか?
般若心経の「空」や「無」をどのように解明していくのか。
宗教的なアプローチも面白いですが、科学的なアプローチによりどのように展開していくのか、これからが楽しみです。
宗教的アプローチと科学的アプローチが両輪として働くことにより、ものの見方はより深まっていきます。
基礎理論は、地道な作業であり、また、それが直ちに評価されることはほとんどありません。
後々に実証されていくことにより、その理論の価値が確立されるわけです。
宇宙物理学の佐藤勝彦教授は、「日本が貧しく、金のかかる大掛かりな実験も簡単にはできない時代に紙と鉛筆だけで勝負できる分野として日本中の秀才が集まって切磋琢磨した」ことが、日本物理学界の層の厚さの源になっていると指摘しています。
益川氏は、「ノーベル賞で浮かれている場合ではない。日本の科学教育や科学政策は危機的状況に瀕している。もっと長期的な展望をもって科学技術を育てていかないと日本の将来は危うい」と述べています。
国際教育到達度評価学会(IEA)が1995年に行った、中学生の数学と理科に関する国際学力比較調査では、「数学や理科が好きか」という調査では「好き」という生徒の割合が先進国21か国の中で最下位でした。
また「理科は生活の中で大切と考える生徒の割合」も「科学を使う仕事をしたいと考えている生徒の割合」も最下位でした。
これから数年間は日本の物理学分野でのノーベル賞受賞者は出るかもしれません。
しかし、数十年後はどうでしょうか。
子どもたちに科学の楽しさを知ってもらい、探求の精神を育む教育をしていくことが求められていくのだと思います。
今回のノーベル賞がその機会になればと願っています。
<ノーベル化学賞>下村脩・米ボストン大名誉教授ら3博士にスウェーデン王立科学アカデミーは8日、08年のノーベル化学賞を下村脩・米ボストン大名誉教授(80)ら3博士に授与すると発表した。受賞理由は「緑色蛍光たんぱく質(GFP)の発見と発光機構の解明」。下村氏らが見つけたGFPとその遺伝子によって、たんぱく質を蛍光標識し、脳の神経細胞の発達過程や、がん細胞が広がる過程などを生きた細胞で観察できるようになった。分子生物学や生命科学の発展に大きく貢献したことが高く評価された。(毎日新聞)
おすすめの本
『クォーク−素粒子物理学はどこまで進んできたか−(第2版)』(南部陽一郎,講談社ブルーバックス,1998)
『消えた反物質』(小林誠,講談社ブルーバックス,1997)
『いま、もう一つの素粒子論入門』 (益川敏英,丸善,2008)
『大学院素粒子物理〈1〉素粒子の基本的性質』(南部陽一郎他,講談社、1997)
■関連スレッド
映画『禅 ZEN』がクランクアップし、いよいよ来年1月10日に公開されます。
曹洞宗の開祖、道元禅師の生涯を描いた高橋伴明監督による映画です。
![]()
2009年1月10日(土)[角川シネマ新宿][シネカノン有楽町2丁目][渋谷アミューズCQN]他、全国ロードショー!!
禅からZENへ。 時を超え、人を超え、今、世界は、ひとつになる。禅 ZEN
混迷を極める現在、禅ZENが世界に与える希望ははかりしれない。
750年前の乱世の鎌倉時代、困窮する人々やいくさで滅ぼされた怨霊におびえる時の権力者の苦悩を、自らもひとつになって受けとめていった孤高の人、道元禅師。彼によって導かれた禅ZENの教えは、今なお人々の心に輝き、その光を失わない。CAST
中村勘太郎・内田有紀・藤原竜也・村上淳・哀川翔・勝村政信・笹野高史・西村雅彦・高橋惠子
STAFF
監督: 高橋伴明
原作: 大谷哲夫製作年:2008年/製作国:日本/製作:「禅 ZEN」製作委員会
配給:角川映画/(C):「禅 ZEN」製作委員会
カラー/2時間7分/ビスタサイズ
(公式サイトより引用)
原作は『永平の風 道元の生涯』(大谷哲夫/著,文芸社,2001年)。
原作も、時代考証を重ね、道元禅師と、禅師に関わる人物たちの描写が生々しく伝わってくる本です。
映画を見る前に、是非一読されることをお勧めします。
その原作が、高橋監督によりどのうように映像化されているのか、見所はふんだんにありますので、2時間という上映時間は、きっとあっという間に過ぎ去っていくことでしょう。
ロードショー前ですので、詳細は公開が始まってからのお楽しみといたします。
現代は、経済的には豊かにはなったけれども、心の荒廃が深刻な問題となっています。
高橋監督は、その現代人の「心の荒廃」に対して疑問を明示したいと述べています。
「道元禅師は仏教を仏道として示された方。戦後六十年以上たった今だからこそ、戦争の無意味さなど社会問題をこの映画を通して問いたい」・・・これは、原作の大谷先生の言葉です。
単なる禅僧の伝記物としての映画ではなく、広く社会に訴えかける示唆に富んだ映画でもあり、それでいて親しみやすくわかりやすい映画でもあります。
大谷先生の構想から10年、製作に関わったたくさんの方々の思いが集まり、形になりました。
多くの方に鑑賞いただきたいものです。
![]()
時を超え、人を超え、今、世界は、ひとつになる。
道元禅師によって導かれた禅ZENの教えは、今なお人々の心に輝き、その光を失わない。
禅の教えは、日本からさらに世界に広がり、今日も世界中で多くの方々がZEN(禅)を行じています。
今朝の貞昌院、定例坐禅会の栗粥と栗の渋皮煮。
境内で収穫された栗を使っています。
「防災対策で言えば、巨大地震を想定した。封じ込め策は、多量の薬を使う割に効率も悪いが、被害を最小限にするためにやるしかない」
今月18日(昨日)、政府関係省庁対策会議による新型インフルエンザの対策が発表されました。
今朝の新聞報道では、新型インフルエンザ対策として、プレパンデミック(大流行前)ワクチンを優先的に接種させる職種が公表されています。
⇒本文末に記載
新型インフルエンザについては、世界各国において対策が検討され、封じ込めや、発生後の行動指針が策定されています。
アメリカでは、鳥インフルエンザの発生以降、抗ウイルス薬による治療や学校の臨時休校などを盛り込んだ数千ページにも及ぶ詳細な行動指針が作られています。
オーストラリアでは、封じ込めに重点を置き、予防投薬により感染拡大を最小限に抑え込むなどの指針がつくられています。
日本は、例にもれず、他の先進国に比べ対策が大幅に遅れています。
新型インフルエンザの流行に備え、具体的な対策をとる必要が政府にも市町村にも、関連業種にも必要となるのです。
結論として、宗門や、各寺院レベルでも新型インフルエンザの行動指針が必要になるのではないかということが、今日の記事の結論です。
以下、文を綴っていきます。
冒頭にご紹介した言葉は、新型インフルエンザ早期対応指針立案の一人、国立感染症研究所長の言葉です。
これまで、政府により検討されてきた指針は次の通りです。
新型インフルエンザ発生後、72時間以内にとる早期対応策〈1〉家庭・施設内予防投薬作戦
・第1号患者の家族、学校、職場などに所属する全員に抗ウイルス薬投与
〈2〉接触者予防投薬作戦
・患者の家族、患者と対面し会話した人など、近い距離で接触した人に投薬
〈3〉地域封じ込め作戦
・患者が移動した地域の全住民に投薬
・交通の遮断などによる地域封鎖、集会の自粛、学校の臨時休校
・封鎖地域内の住民生活の支援
概要としては、新型インフルエンザが発生してから72時間以内に、国と都道府県が連携しなが対策を講じるというものです。
特に、患者が移動した範囲を対象とした地域封じ込め作戦は、相当な影響力を持っています。
交通遮断を市町村単位で行い、当該市町村全住民に抗ウイルス薬を10日間投与し続けます。
学校は休校となり、数ヶ月は通学できないでしょう。
当然に、封鎖地域内での葬儀や結婚式などは行えないでしょうね。
昨日発表された試案は次のようなものです。
新聞報道を引用します。
100職種にワクチン優先接種 新型インフルで政府試案
新型インフルエンザの発生に備え、政府は18日、プレパンデミック(大流行前)ワクチンを優先的に接種させる職種の具体名を初めて公表した。医療従事者のほか、警察や自衛隊、電気やガスなど約100業・職種を提示。三つの類型(カテゴリー)で順位づけた。
発生時に、感染拡大を防ぎ、社会基盤を最低限維持する目的で、政府試案を公表した。対象者は推計1千万~1500万人で、本人の同意を得て接種する。現在、政府が備蓄する鳥インフル由来の同ワクチンは2千万人分で、1千万人分追加の方針がある。意見募集を経て年度内にも正式決定する。最も優先的に接種するカテゴリー1は、新型インフル患者に接触・治療する職種。今年の試験的な接種を踏まえて来年度にも接種を始め、効果が継続する期間をみながら定期的な接種を検討する。同2は国民の生命や安全、安心にかかわる、同3は国民の最低限の生活の維持にかかわる職種。同2と3は、試験接種の結果を踏まえ、発生前の接種を検討する。発生後は、同1~3の順番で接種する。
発生後には、新型インフル患者から採取したウイルス株でつくる、効き目が高いとみられる「パンデミックワクチン」が製造される。このワクチン接種については、優先職種の人たちの効果継続期間をみながら、小児や高齢者、病気の人、成人・若者らをどの順番で接種するか今後検討する。◇
■新型インフルエンザのワクチン接種を優先する業種
▼カテゴリー1=被害拡大防止にかかわる
医療従事者(患者に接触・治療する可能性が高い人)、保健所職員(ワクチン接種などに従事する人)、救急・消防職員、在外公館職員、税関・入国管理局、検疫所職員、警察職員(対策にあたる可能性が高い人)、停留・宿泊施設従事者、自衛隊員(同)、海上保安庁職員(同)、航空事業者(国際線)、空港管理者(検疫集約空港)、水運業者(外航海運関係)
▼カテゴリー2=生命や健康、安全にかかわる
首相、知事、市町村長など国・地方自治体の意思決定者、医療従事者(カテゴリー1以外)、福祉・介護従事者、医薬品・医療機器関連業者、消防職員(対策にあたる人以外)、警察職員(同)、自衛隊員(同)、海上保安庁職員(同)、海事関係職員、港湾管理者(検疫集約港)、国会議員、地方議会議員、報道機関職員、通信事業者、矯正職員、更生保護官署職員、法曹関係者
▼カテゴリー3=最低限の生活維持にかかわる電気・原子力・水道・ガス・石油などの事業者、航空事業者(国内線)、港湾管理者(検疫集約港以外)、空港管理者(同)、水運業者(内航海運関係)、港湾運送業など、鉄道事業者、道路旅客・貨物運送業者、道路管理者、倉庫業者、食料品(コメ・パン・缶詰・レトルト・冷凍食品など)製造業者、生活必需品・衛生用品(洗剤、トイレットペーパーなど)関連業者、食料生活必需品販売・流通関係者、金融事業者、情報システム関連事業者、郵便事業者、国家公務員・地方公務員(最低限の生活維持に携わる人)、火葬・埋葬管理業者、廃棄物処理業者
下線は、kamenoが付記しました。
カテゴリー3の「埋葬管理業者」あたりに寺院・僧侶が含まれるかどうかという所ですが、個人的意見としては、法事や葬儀などで多くの方と接触する可能性のある僧侶は当然、ここに含まれて然るべきです(この期待はみごとに裏切られました=追記参照)し、宗門はもちろん、寺院単位で新型インフルエンザに対する対策、行動指針を策定する必要があるでしょう。
新型インフルエンザの流行のことを「パンデミック」といいます。
この際に、寺院は法事・葬儀を行うことができるのかということを考えると、通常の形式で行うことはまず困難であると考えられます。
「パンデミック」の際の、法事、葬儀など檀務の代替に関する融通のしくみ、法務を行う人材確保など、予め検討すべき(発生してからでは対策が遅すぎる)課題は多いはずです。
専門家による指摘の中には、「パンデミック」により全世界で最大7400万人、日本国内では最悪64万人が感染死するという推計もあります。
国にはプレパンデミック(大流行前)ワクチンの有効性、安全性を充分に検討していただき、対策行動指針を策定していただきたいものです。
併せて、宗門にも、新型インフルエンザに対する具体的なアナウンスを期待します。
私たち寺院、僧侶も常に情報収集につとめ、具体的な行動指針をつくり、それを実践していくことが大切でしょう。
今回の報道があったあと、真っ先に情報を提供くださったSさんにこころより感謝申しあげます。
【追記】
この記事を書いた夕方、「新型インフルエンザのワクチン接種を優先する業種」の策定に携わった厚生省健康局結核感染症課の担当官の方に直接お話を伺うことが出来ました。
要旨は次の通りです。
・火葬、埋葬管理業者とは、公務員での従事者を想定
・従って、葬祭業者、僧侶などはこれに含まれない
・そもそも人の集まる学校、幼稚園、結婚式場、葬儀などは対象としていない
・パンデミックの際には、人の集まる行事の自粛呼びかけを行うが、強制力は無い
・市町村単位の封鎖もまったく考えていない
ということです。
すなわち、政府の考えでは、僧侶や葬祭業者はワクチンの優先接種は考えておらず、葬儀を行うということもそれぞれの裁量に任されているということだそうです。
それでは、感染拡大を防げないのではないでしょうか?という問いには、「憲法で自由が保障されていますからね~」という回答でした。
かなり拍子抜けしました。
これでいいのでしょうか。
まあ、国に頼ることができないからこそ、余計に宗門・寺院レベルでの行動指針を明確化しておくことが求められますね。
新型インフルエンザ対策関連情報(厚生労働省)
インフルエンザ・パンデミック(国立感染症研究所感染症情報センター)
新型インフルエンザ対策のページ(全国保健所長会)
グルジアがロシア破る 女子ビーチバレー南オセチア自治州をめぐり武力衝突を起こしたロシアとグルジアが五輪女子ビーチバレーの1次リーグで13日対戦、グルジアがロシアを2-1で破った。
ロシアが第1セットを21-10で先取、第2セットはジュースにもつれ込む接戦の末、グルジアが22-20で制した。第3セットも15-12でグルジアが取り、2-1で勝利した。
グルジア選手団は同自治州をめぐる武力衝突を受け、北京五輪からの引き揚げも一時検討したが、サーカシビリ大統領の最終決断で参加継続を決めた。選手の一部は9日に連名で「21世紀において主権国家への爆撃は許されない」とロシアを非難する声明を発表した。
試合後、両国の選手はネットを挟んで握手。グルジアのサカは「チームが帰国を検討した時は、とても腹が立った。相手がロシアだからでなく、競技として一生懸命戦った。ロシア選手もよく戦った。プレーヤーとして尊敬する」と述べた。
中国人が多い観客席は大接戦で盛り上がり、双方の健闘に拍手を送った。
(西日本新聞・写真はロイター=共同)
熱戦が続く北京オリンピック。
日本選手たちの活躍は本当に嬉しいです。
そのような中、ちょっと爽やかなニュースもありました。グルジアとロシアの、お互いの健闘を称える"抱擁"です。

グルジアは、アジアとヨーロッパの境界にあり、北はロシア、南はトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接する南カフカースの国です。
旧ソビエト連邦の構成国の一つでしたが、1991年、ソビエト連邦の解体により独立。
古来より数多くの民族が交差する地でしたが、キリスト教(グルジア正教)をはじめとする伝統宗教・文化が守られてきました。スターリンの出身地、ワインの生産でも有名です。
昨年11月、与党政権に対する野党によるデモを鎮圧するためグルジア全土で非常事態宣言が発令されるなど政情不安状態が続いていました。
今年8月8日(北京オリンピックの開催日)、親露派分離派地域である南オセチア自治州にグルジア軍が侵攻、それを待ちかまえていたかのように、ロシア軍はグルジア側への反撃を展開。8月10にはグルジア軍は撤退を余儀なくされます。
市中での戦闘により、2000人もの市民が死亡、10万人もの人が家を追われて難民・避難民になったとされていますが、全体の概要はよくわかりません。
同12日、CIS(Commonwealth of Independent States) からの脱退を宣言。
「グルジアはCISを脱退することを決定した。ウクライナやそのほかの加盟国もわれわれの決定に続くよう求める。永遠にさらばだ、ソビエト連邦よ」 (サーカシビリ大統領の宣言文)
グルジアとロシアはようやく停戦に向けて前進したところですが、首都トビリシではグルジア軍の進攻やロシア軍の空爆を逃れてきた非難民たちが数多く押しよせ、治安の悪化が深刻な問題になっています。
一日も早い平和的解決を求めます。
平和は、政治的、経済的、軍事上の契約だけによって保障されるものではありません。最終的には人々の一致した誠実なゆるぎない取り決めによって築かれるものです。
年齢、性別、社会的地位、宗教的帰属、または文化的背景の違いを超えて、私達一人一人が、平和な世界を創ることを求めれられています。
平和は、私たちの行動、態度、日常の行為を通してのみ達成できます。平和の文化はすべての人が分かち合う、普遍的な文化であり、私したちに共通する人間性に不可欠なものであることを認識し、私たちはそれを行動に移していくことを誓います。
「怨みを持って怨みに報ぜば、怨みやまず。徳を持って怨みに報ぜば、怨みすなわち尽く。」という仏の教えの慈悲の原点に立ち返り、平和共存の実現に努めて参りたいものです。( ゆめ観音アジアフェスティバル 2007年平和宣言より)
9月6日に開催される「ゆめ観音アジアフェスティバルin大船」では、開催10年目の区切りの年にあたり、夕暮れより各国各地域の僧侶、言語による平和のメッセージをリレー形式で流す予定です。
そして、「平和の火(広島原爆の火」を会場に広げ、平和祈願法要として万灯供養法要を厳修いたします。
平和の"法要"が世界の隅々まで平和の"抱擁"をもたらしますように・・・
メッセージを大船の地からアジアへ、そして全世界に発信いたします。
■関連リンク
ゆめ観音アジアフェスティバル公式サイト
FREEDOM IS NOT JUST ANOTHER WORD
TAKE PART IN SOMETHING HUGE FOR IT
2008年8月7日の夜、世界最大の光のプロテスト(抗議)として、チベットへの祈りの灯火を灯し、チベットの自由にYESという意思表示がなされます。
Light a Candle for Tibet at Your Home, With Friends or in Public.
All you are asked to do is to light a simple candle on August 7th at 9 pm in your own time zone.
CANDLE FOR TIBETは、北京オリンピックの開会式が行われる前日(2008年8月7日9時)にそれぞれの家や職場、公共の場でキャンドルを灯し、チベット自由のための光のプロテストを広げるものです。
「私たちの希望は,あなた方のチベットのための運動が中国の為政者たちに気づきを与えることです。
自由の価値を尊重し,全人類及びチベットの仏教徒がその重要性に気づくことを願います。
これは何百万もの人々の役に立つことであり,そして,この運動が持っている力は真の人間性確立のためにあります。
そして,この事は中国にいる人々にも分かってほしいことなのです。」
(ダライ・ラマ法王猊下のメッセージ)
CANDLE FOR TIBET のサイトに記載されているアメリカ・キャンドル協会による「キャンドルを安全に楽しむためのルール」は、キャンドルを扱うにあたりとても参考になります。
日常に使うロウソク、例えば仏壇の火を扱う際にも役に立つ大事なルールですので、ここに簡単にご紹介させていただきます。
●火のついたキャンドルから、目を離さないでください。
●燃えやすいもののそばに置かないでください。
●小さなお子様やペットの届かないところに置いてください。
●点火の前にキャンドルの表面から1cm前後、整った芯糸が出ていることを確認してください。
●キャンドル専用のホルダーを使用してください。
●平らで、高温に耐えられる場所に置いてください。
●芯糸やマッチ、使ったマッチのゴミなどが溶けたロウに浸かったままにならないようにしてください。
●キャンドルにある「使用上の注意」をよく読み、使用方法に従ってください。
●枯れ草、通風孔、送風器具、強い空気の流れがある場所から離して置いてください。
●換気を行ってください。
●キャンドルを最後まで燃やし尽くさないでください。
●火の点いたキャンドルに触れないでください。
●(ガラス容器を使用する場合)溶けて固まったロウをナイフなどのとがったもので取り除かないでください。
●少なくとも15cm以上、ほかのものから離れた場所に置いてください。
●キャンドルスナッファー(炎にふたをして消す道具)を使ってください。
●水を使っての消火は絶対にやめてください。
●停電時に使用する際は細心の注意を払ってください。
●キャンドルから離れる前に、完全に消火されているか、芯糸の燃えさしは再度炎をあげることはないか、確認してください。
●煙が出たり、火花が散る場合や、炎が大きくなりすぎるときは消火してください。
●キャンドルは夜間灯として使わないでください。
なお、
8月6日 広島原爆投下の日
8月7日 CANDLE FOR TIBET
8月8日 北京オリンピック開会式
8月9日 長崎原爆投下の日
8月15日 終戦記念日
と、平和の火に関する日が続きます。
改めて平和について考えてみたいと思います。
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チベットが消される
赤い電車、京浜急行。
個人的によく京浜急行を利用することもありますが、京急は子どもの頃から大好きでした。
住宅街、カーブの連続にもかかわらずスピード感溢れる運転は、乗るものを飽きさせません。
(酔い易い方にはちょっと辛いと思いますが)
この京急の中で、発車して加速する際に、モーターの音が音階をなして楽器を鳴らしているような車両があります。
それは、「2100形」と「1000形の一部」の編成です。
京急川崎~横浜:発車メロディー、ライバル横須賀線との併走、これぞ京急の醍醐味 (YouTubeより)
電車はモーターで動きますから、加速時には当然ノイズが発生します。
このノイズを逆手に取って、メロディーにしてしまえば、というドイツのシーメンス社による逆転の発想で生まれたものです。
音階は 「ファ・ソ・ラ・♭シ・ド・レ・♭ミ・ファ・ソ~」
このメロディー、初めて耳にされる方は吃驚するかもしれません。
違和感を持たれる方も確かにいらっしゃるかもしれません。
けれども、毎日通勤で聞きなれていると、耳になじんできます。
音が無い電車に乗ると逆に物足りなかったり。
残念ながらこの音もまもなく聞くことが出来なくなってしまいそうです。
この音階を発生させるモーター(インバータ)は、部品調達や修理に時間がかかるという理由で国産のモーターに徐々に移行されています。
したがって、シーメンス社のモーターを使っている「2100形」と「1000形の一部」の耐用年数が経過した段階で、音階を奏でる赤い電車は消滅することになります。
あと5年ほどでしょうか。
ちょっと残念です。
音階が消えるという話題だけでは寂しいので、新しいメロディーが生まれるという話題も。
京急沿線のご当地ソングを募集いたします
あなたの街のイメージソングが駅メロディになります京急電鉄(本社:東京都港区 社長:石渡 恒夫)では、日頃駅をご利用いただいているお客さまに一層の親近感を感じていただき、また駅周辺地域のPRを促進するため、京急線16駅で使用している※駅メロディ(列車接近案内音)を平成20年11月から順次オリジナル化いたします。これに合わせ、各駅で使用するメロディに使用する楽曲(ご当地ソング等)を7月16日(水)からお客さまから広く募集いたします。なお、鉄道事業者が駅メロディ用の楽曲を一般公募するのは初めての取り組みです。
詳細は下記をご覧ください。
※駅メロディとは、列車が接近していることをホームで列車をお待ちのお客さまにお知らせする音(メロディ)のことです
駅メロディ(列車接近案内メロディ)の募集について
1.募集期間
平成20年7月16日(水)~8月3日(日)(当日消印有効)2.楽曲募集対象駅
青物横丁駅、立会川駅、平和島駅、京急蒲田駅、羽田空港駅、京急川崎駅、横浜駅、上大岡駅、金沢文庫駅、金沢八景駅、新逗子駅、横須賀中央駅、堀ノ内駅、浦賀駅、 京急久里浜駅、三崎口駅 以上 16駅3.応募方法
氏名・年齢・性別・住所・募集する駅名・曲名(アーティスト名等も併せて)・選曲理由をはがきにご記入の上、対象駅有人改札口に設置の応募箱にご投函いただくか、下記宛までご郵送ください。なお、応募点数は1駅につき1点までといたします。
応募先/〒108-8720 高輪郵便局私書箱65号 「京急 駅メロディ募集」係
また、携帯着信メロディ/着うたサイト「http://music.jp」着えき募集コーナーからも応募可能です。4.選考基準
・列車接近案内メロディにふさわしく、お客さまに分かりやすい楽曲であること。
・各駅周辺の地域色を感じることが可能な曲であること。(ご当地ソングや、出身歌手・作曲家・作詞家による楽曲など)
・ご応募いただいた楽曲を社内にて協議の上、決定いたします。(最多応募楽曲を採用するとは限りません)5.賞品
採用曲にご応募いただいた方から抽選で5名様に「京急百貨店商品券(1万円分)」、10名様にオリジナルクオカード(3枚セット3,000円相当)」をプレゼントいたします。
※当選の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます。6.その他
・採用楽曲発表は、9月頃ホームページ上で実施いたします。
・採用楽曲は、列車接近案内メロディ用にアレンジした上で11月以降、順次各駅で使用いたします。詳細は別途リリースいたします。
通勤通学される方々には、毎日耳にする音楽になりますし、どのようなメロディーが採用されるのか、楽しみです。
■関連リンク
京浜急行の噂(借力)
韓国大統領、「竹島明記」に断固とした対応指示
韓国大統領府報道官によると、李明博(イミョンバク)大統領は14日、新学習指導要領の解説書に竹島が明記されたことについて、「深い失望と遺憾」を表明し、政府に対し「厳重で断固とした対応」をとるよう指示した。
韓国外交通商省はこれを受け、権哲賢(クォンチョルヒョン)駐日大使を本国に一時帰国させるとともに、重家俊範駐韓日本大使を同省に呼び出して抗議した。
同省はまた、声明を出し、「日本政府はこれまで、教科書検定で歴史を歪曲(わいきょく)してきたが、今度は教科書の解説書の記述を通じてわが国の領有権を損ねようと不当に企てた。こうした企てを即刻中断するよう強く求める」と表明した。
権大使は外務省を訪れて厳重に抗議した後、帰国する。ただ、韓国政府は解説書の記述が「(日本の)固有の領土」とされた場合には駐日大使の本国召還を検討していたが、今回は一時帰国にとどめており、記述を改めた日本側にある程度配慮したとみられる。
(読売新聞 7月14日)
韓国政府は何を言っているんだか・・・・
日本固有の領土である竹島は、現在、韓国により不法に占拠されている状態が続いています。
その現実を教科書指導要領に明示することは当然ですし、そもそも、韓国側に配慮して「竹島は日本固有の領土」「不法占拠」の記述を改める必要はありませんでした。
対し、駐日大使を帰国させる処置をとった韓国外交通商部の態度は全く理解しかねます。
韓国は頑なに国際司法裁判所から逃げていますが、多少強引にでもこの問題を判断してもらうべきです。
余りにも韓国の不法占拠を許してきた期間が長すぎます。
このままでは、客観的な判断材料を生かすことができなくなってしまうかもしれません。
日本政府には、毅然とした態度で領土問題に取組むことを求めます。
そもそも、韓国の言う「竹島」は、現在の竹島ではなく、鬱陵島の北東にある小島のことを指します。
韓国側は恣意的に、日本領土である竹島を「独島」であると歪曲し、戦後のどさくさに紛れて武力による不法占拠を行いました。
韓国の言う「竹島」は、現在の竹島ではないということは、下記の地図資料からよく判ります。
また、次のような資料もあります。
韓国政府が自ら発行した韓国の教科書です。
『大韓地誌』(1899年・大韓帝国最初の地理の教科書)
![]()
大韓帝国の領域は、日本海の(←ツッコミどころ) 北緯33度15分から42度25分、東経124度30分~130度35分。
これによると、現在の竹島(東経131度52分)は領域から大きく外れています。
『朝鮮常識問答』(1947年・韓国の常識Q&A)
![]()
韓国の領域は東経124度11分から130度56分23秒
『朝鮮常識』(1948年・韓国の常識)
![]()
韓国の最東端の島は東経130度56分23秒の竹嶼」
なお、竹嶼(Chukdo)は鬱陵島の北東にある小島であり、現在の竹島(東経131度52分)のことではありません。
【参考資料】
竹島の認知 【日本における竹島の認知】(外務省)竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場
竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。
韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。
※韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。1.概説
現在の竹島は、かつて「松島」と呼ばれ、逆に鬱陵島が「竹島」や「磯竹島」と呼ばれていました。この後、ヨーロッパの探検家等による鬱陵島の測位の誤りにより島名が混乱することになりますが、1880(明治13)年、日本政府は鬱陵島の現地調査を行って島名の整合性を確認するとともに、1905年に「松島」(現在の竹島)を島根県に編入する際、その混乱を防ぐ観点から、現在の竹島を「竹島」と正式に命名しました。
竹島や鬱陵島の名称については、一時的な混乱があったものの、我が国が「竹島」と「松島」の存在を古くから承知していたことは各種の文献からも確認できます。2.ヨーロッパ探検家等による測位の誤り
(1)1787年、フランスの航海家ラ・ペルーズが鬱陵島に至り、これを「ダジュレー(Dagelet)島」と命名しました。続いて、1789年には、イギリスの探検家コルネットも鬱陵島を発見しましたが、彼はこの島を「アルゴノート(Argonaut)島」と名付けました。しかし、ラ・ペルーズとコルネットが測定した鬱陵島の経緯度にはズレがあったことから、その後にヨーロッパで作成された地図には、鬱陵島があたかも別の2島であるかのように記載されることとなりました。
(2)1840年、長崎出島の医師シーボルトは「日本図」を作成しました。彼は、隠岐島と朝鮮半島の間には西から「竹島」(現在の鬱陵島)、「松島」(現在の竹島)という2つの島があることを日本の諸文献や地図により知っていました。その一方、ヨーロッパの地図には、西から「アルゴノート島」「ダジュレー島」という2つの名称が並んでいることも知っていました。このため、彼の地図では「アルゴノート島」が「タカシマ」、「ダジュレー島」が「マツシマ」と記載されることになりました。これにより、それまで一貫して「竹島」又は「磯竹島」と呼ばれてきた鬱陵島が、「松島」とも呼ばれる混乱を招くこととなりました。
(3)このように、我が国内では、古来の「竹島」、「松島」に関する知識と、その後に欧米から伝えられた島名が混在していましたが、その最中に「松島」を望見したとする日本人が、同島の開拓を政府に願い出ました。政府は、島名の関係を明らかにするため1880(明治13)年に現地調査を行い、同請願で「松島」と称されている島が鬱陵島であることを確認しました。
(4)以上の経緯をふまえ、鬱陵島は「松島」と称されることとなったため、現在の竹島の名称をいかにするかが問題となりました。このため、政府は島根県の意見も聴取しつつ、1905(明治38)年、これまでの名称を入れ替える形で現在の竹島を正式に「竹島」と命名しました。
【韓国における竹島の認知】
1.概説
韓国側は、朝鮮の古文献に出てくる「于山島」等の島が今日の竹島であると主張しています。しかし、この「于山島」等が今日の竹島に該当していることを確かに裏付ける根拠を見いだすことはできません。2.韓国側の主張
(1)韓国側は、朝鮮の古文献「世宗実録地理誌」(1454年)や「新増東国輿地勝覧」(1531年)などの記述をもとに、「鬱陵島」と「于山島」という二つの島を古くから認知していたのであり、その「于山島」こそ今日の竹島であると主張しています。(2)しかし、この「新増東国輿地勝覧」ですら、「于山島」と「鬱陵島」の二島説をとりつつ、一島二名の可能性を示唆する文言を含んでいます。また、その他の朝鮮の古文献には、「于山島」は鬱陵島の別名であり、そもそも同一の島を指しているとするものもあります。
(3)さらに、朝鮮の古文献中にある「于山島」の記述には、その島には多数の人々が住み、大きな竹を産する等、竹島の実状に見合わないものがあり、むしろ、鬱陵島を想起させられるものとなっています。
(4)なお、「新増東国輿地勝覧」に添付された地図には、鬱陵島と「于山島」が別個の2つの島として記述されています。もし、韓国側が主張するように「于山島」が竹島を示すのであれば、この島は、鬱陵島の東方に、鬱陵島よりもはるかに小さな島として描かれるはずです。しかし、この地図における「于山島」は、鬱陵島とほぼ同じ大きさで描かれ、さらには朝鮮半島と鬱陵島の間(鬱陵島の西側)に位置している等、全く実在しない島であることがわかります。
竹島領有権問題について
平成18年5月16日
自民党 領土に関する特別委員会委員長 石破 茂1618年以来、米子の大谷(おおや)家と村上家が交互に鬱陵島において漁や採取を行っていたが、その年村上家が鬱陵島に近づいた時、何者かが漁をしている痕跡を発見し、朝鮮の漁民と遭遇。村上家は、日本領土である鬱陵島に二度と来ないよう申し渡したが、翌1693年に今度は大谷家が安龍福(アン・ヨンボク)と朴於屯(パク・オトン)と名乗る2名を含む朝鮮人が漁をしているのを発見し、鳥取藩に訴えるため両名を証人として米子に連れ帰り、両名は鳥取城下に移送された。
鳥取藩から裁定を求められた江戸幕府は、この2名に鬱陵島渡航を厳禁した上、長崎へ移送。当時朝鮮外交を所管していた対馬藩がこれを引き継ぎ、鬱陵島への渡海禁止の周知徹底を朝鮮王朝に強く求め、同王朝も2名を罪人として厳罰に処すこととした。
鬱陵島の領有自体に関しては、対馬藩主の病没というアクシデントもあり、1695年新藩主の参勤交代を機に、鬱陵島を朝鮮領として認めることによる交渉打ち切りを幕府に打診。これを受けて幕府は翌1696年、鳥取藩に鬱陵島への渡海禁止令を発し、対馬藩には鬱陵島の朝鮮領を認める趣旨を伝達した。ここまでは全て当時の「竹島」、すなわち現在の鬱陵島のことである。
1696年、安龍福は隠岐島を経由して現在の鳥取県赤碕に来航、移送先の鳥取藩において「鬱陵于山両島監税」なる官職を僭称し、当時の「松島」(安の主張によれば「于山島」)すなわち現在の竹島も朝鮮領であることを鳥取藩に認めさせる目的で来訪した旨主張した。鳥取藩はこれを追放したが、朝鮮に帰国後の取り調べにおいて安は「松島は于山島のことであり朝鮮領だということを鳥取藩主に認めさせた」と供述した。
しかしその供述は史実に照らして以下の如くに虚偽が多く、信用性に欠けるものと言わざるをえない。曰く、
・ 「隠岐島へ上陸前に鬱陵島へ寄り、多くの日本人を発見して『ここは朝鮮領である』と叱責した」
→ 1696年頭に江戸幕府は鬱陵島渡海を禁じているので、多くの日本人に遭遇したはずはない
・ 「鳥取藩主と対面した」
→ 1696年、鳥取藩主は参勤交代で江戸に上っており、その後帰鳥したものの、事実上対面できたはずがない
・ 「対馬藩主が鬱陵島と竹島を朝鮮領とした将軍家の書き付けを奪った」
→ 対馬藩主も交代直後で江戸に上っており、対面できたはずがない
韓国では現在、この安龍福を「独島を守った安龍福将軍」として英雄視し、竹島を韓国領とする主張の有力な根拠としているが、安はもともと朝鮮王朝が採っていた「空島政策」(鬱陵島に居住することを禁止する政策)を侵した罪人(結局死罪は免れ流刑された)であり、罪を免れるため行った裏付けに欠ける証言をもって「于山島=独島(トクト)=朝鮮領」とするのは根拠薄弱。
【20世紀以降の事実に関する韓国側の主張とその問題点】
韓国側は、
(1) 1905年の日本による領土編入措置は、無主地に対する先占であるとする一方的な国内措置であるが、竹島は無主地ではなく韓国領であったのであり、無効である。
(2) 島根県告示という形をとった日本の領有意思の表明は秘密裡に行なわれ、韓国側に通報がなく、無効である。
(3) 韓国政府がたとえこの事実を知っていたとしても、1904年の日韓議定書・第1次日韓協約により日本に対して異議を唱える立場になかった。
(4) 日本による編入措置以降の行為は韓国侵略行為の一環として行なわれたのであり、国際法に基づく継続した領域支配の行為とは認められない。
(5) 日本がポツダム宣言を受諾したことにより「日本国は暴力及び貪慾により日本国が略取したる他の一切の地域より駆逐されるべし」としたカイロ宣言の履行義務を負ったのであり、これにより竹島は日本から分離されることが決定された。
(6) 1946年1月29日付連合国最高司令官覚書により竹島は政治行政上日本から分離される地域に含められ、同年6月22日、漁船の操業区域を限定するため設定されたマッカーサーラインにおいても竹島は日本漁船の操業区域外に置かれている。
と主張しており、これに対し日本側は、
(1) 竹島が韓国領であったとする証拠は無く、日本が実際に日本領土と考え、そのように扱ってきたことに他国がいかなる争いをも提起していない。
(2) 竹島の島根県への編入については通告する義務はないのみならず、島根県告示は正式に公示されたものであり、当時の新聞にも報道されている。
(3) 韓国は当時日本に対して抗議を行い得なかった立場にはなく(1904年に任命された大韓帝国政府の外交顧問は日本人ではなく米国人だった)、またそのことによって編入措置自体が無効となるものではない。
(4) 竹島は日本によって平穏かつ公然と経営されていたのであり、日本が「暴力および貪欲により略取した地域」ではない。竹島の島根県への編入措置は、日本政府が近代国家として竹島を領有する意思を再確認したもので、それ以前に日本が竹島を領有していなかったことや、ましてや他国が竹島を領有していたことを示すものでは全くない。
(5) 1946年1月29日付連合国最高司令官覚書(SCAPIN〔スキャピン〕677号)やマッカーサーラインを設定した覚書(同1033号)は、いずれもその中においてこれが占領下の暫定措置であり、いずれの条項も日本の領土帰属の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない旨を明確にしている。さらに、1951年に韓国政府から米国政府に対し、日本が全ての権利・権原及び請求権を放棄する地域に竹島を明記するよう要請したが、米国政府は「竹島は朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から島根県隠岐庁の管轄下にあり、この島はかつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見なせない」旨回答している。
との反論がありえ、以上のほとんどの点については外務省ホームページでも明らかにしている。【留意点】
韓国側は、本問題をむしろ日本の植民地支配の象徴のようにアピールしているが、そもそも竹島が韓国領でなければ、植民地支配で奪取されるはずもないのであって、問題の本質は19世紀以前の領有権の有無に尽きるのであり、植民地支配とは無関係である。
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以前お知らせしておりました映画『GATE』が、いよいよ 7月19日(土)よりTOHOシネマズ系にて全国ロードショーとなります。
『GATE』
監督: マット・テイラー
出演: マーティン・シーン ほか
日本語ナレーション : 松嶋菜々子主題歌 : 「GATE」 小林武史×伊藤由奈×ミハイル・プレトニョフ
上映劇場: 日劇PLEX、渋東シネタワー(レイトショー)、お台場シネマメディアージュ、西新井、八千代、流山、海老名、横浜、名古屋、モレラ岐阜、なんば、泉北、二条、岡南、緑井、天神東宝(レイトショー)、久山 (7月11日現在)
猛暑の中、2500kmの行脚をする僧侶たちの姿 アメリカ人被爆者たちの証言< 核の専門家による核爆発の脅威 人種や宗教を超えた世界中からの行脚への支援僧侶たちは、行脚の目的地であるトリニティーサイトへ
いったいどのようにして辿り着けたのか…
ポケモンやジブリ作品もいいですが、是非、平和の火のもつ重さ、平和への願いがこめられた映画もご鑑賞下さい。
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広がるねがいと平和の灯火
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ゆめ観音アジアフェスティバルin大船観音
カイコのいちごちゃん が立派な繭を作りました。
美しい楕円形のフォルムです。
楕円形つながりで、先日、東京メトロ副都心線を利用する機会がありましたので、安藤忠雄デザインの渋谷駅をご紹介します。
副都心線は、先月14日に開業したばかりの地下鉄で、東京の地下鉄計画における最後の地下鉄とされます。
なぜならば、副都心線は東京13号線として都市計画決定されましたが、14号以降の計画構想が無いからです。
さて、この新地下鉄の渋谷駅は安藤忠雄氏のデザインであることが話題となっていますが、その特長の第一を挙げるとしたら、楕円形の「地中船」でしょう。
冒頭にご紹介したカイコの繭のような形をしているわけですが、コンセプトとしては、「地下の中に、夢や希望を抱ける宇宙船のようなものを作りたい」「文化を創造する渋谷の街にふさわしく、訪れた人々の心に残ることを目指した」ということです。
実際に訪れる前には、かなり巨大な「地中船」をイメージしていましたが、目の当たりにすると意外な印象を受けました。
その「地中船」の中央に空けられた、駅ホームから改札まで見渡せる楕円形の吹き抜けは、みなとみらい駅でも見られるような開放的な空間を生み出すとともに、自然の喚起、採光を得ることで環境にも優しい配慮となっています。
巨大な地下空間を利用した贅沢な駅構造となっています。
最近開業した駅は、構内空間を広く取った構造が多いですね。かつてのような息苦しさはあまり感じられません。
この駅には目に見えない隠れた工夫がされています。
その一つがクーラーベンチ (Cooler Ventilation) 。
この駅は天井や床に冷気や水を循環させることにより、駅構内全体を心地よい涼しさが包み込むように設計されています。
こちらはベンチはベンチでも、待合座席のほう。
小ぢんまりとした可愛いベンチですね。
2012年度には、この先が東急東横線と直結して、横浜方面からのアクセス利便度が飛躍的に高まります。
■関連リンク
副都心線公式サイト
フォトジャーナリスト・竹内正右氏が20年余りに亘り取材してきた撮影写真とビデオ映像による現状報告会が開催されました。
【講演者紹介】
竹内正右氏(フォトジャーナリスト)
1945年 旧満州吉林生まれ、1970年 早稲田大学卒業
1973~75年 ラオス、ベトナム、カンボジアに滞在
1975年 ビエンチャン陥落の瞬間を取材
1975~82年 西側最後のジャーナリストとしてラオスを取材 1989年より米国のモン秘密部隊とその家族を追う
著書 『ラオスは戦場だった』(めこん、2004)、『モンの悲劇』 (毎日新聞社、1999)、
『ドキュメント1975.4.30 ベトナム戦争の記録から』(共著、パルコ出版、 1976)、
『20世紀の瞬間 紛争のない世界を子どもたちへ』 (共著、共同通信社、1999)等
報告会は昼過ぎから夜までたっぷり時間をかけて、報道では伝わってこない、報道統制により封印された現地の状況が生々しく伝えられました。
竹内氏による生々しい写真はここでご紹介できないのが残念ですが、配布された資料などを元に内容をご紹介いたします。
講演内容1970年からインドシナ戦争を取材し、ラオスのビエンチャン陥落の歴史的瞬間を記録。
その後もスリランカ暴動(1983年)、ベトナム軍のカンボジアからの第一次撤退(1983年)、フィリピンのアキノ暗殺(1983年)、マルコス政権崩壊(1986年)、ビルマ・クーデター(1988年)など一貫してアジアの現場を追い続ける竹内正右氏が、中国の天安門事件(1989年)、戒厳令下のチベット(1990年、1999年)から、ダライ・ラマを追った台湾(1997年)、インドのダラムサラの取材(199年、2000年)等、20年間チベットを追い見続けたことを報告。【上映映像】
ラサ蜂起記念集会、パンチェン・ラマ11世ニマ少年釈放要求デモ、チベット内での犠牲者追悼、抗議集会(2000年3月)、僧侶、児童らの描くチベット人間地図、カルマパ17世脱出(チベット内よりダラムマサラへ)(2000年1月)【上映スライド】
天安門事件(北京、成都)(1989年)、戒厳令下のチベット、ラサ、ツェタン(1990年)、ダライ・ラマ14世初の台湾入り(1997年)、ラサ蜂起39周年集会(1998年)、チベット自治区内の破壊された寺々(1999年)、パンチェン・ラマ11世(中国政府擁立のノルブ少年 西部シガツェ)、「小北京」化するラサの街、盗伐される高山の木材、チベット最大のダプチ収容所、カルマパ17世(カギュー派)脱出
1950年10月、中国人民解放軍はチベットに侵攻します。
その際に、武器や食料、弾薬などをミグ19などを動員して支援したのが旧ソビエト空軍でした。スターリンと毛沢東との密約によるものです。
この空爆や掃討により、チベット軍及びその家族は何度も大量虐殺の対象となりました。
1959年からの「民主改革」、そして、1966年から10年余続いた「文化大革命」は、チベット全土を人民公社化し、チベット人を「社会主義民族」化させてしまいました。
その際に破壊された寺院は実に6000余に及び、持ち去られた黄金仏像は、中国本土に運ばれて金塊と化します。
チベット人の主食である大麦までもが強制徴収されたため、30万人が飢餓のため死亡しています。
1950年10月のチベット侵攻から1966-76年の文化大革命の間に犠牲となったチベット人は実に120万人に及びます。
チベット人の犠牲者数(1950-1965年:出典『Tibetan Nation』)
処刑 156,758人
餓死 342,970人
戦死 432.705人
拷問死 92,731人
自殺 9,002人
労改内死173,221人
----------------
総数 1,207,387人
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写真は『Life』 1959年4月号より。3枚目の写真のように崖の無数の穴に8000人もの僧侶が修行生活を送っていたが、華人入植者に追いやられ、ほとんどが還俗させられた。
それから60年経過した2008年3月14日。
まだ記憶に新しいですが、平和的にデモを行った僧侶たち、市民たちは中国人民軍により武力鎮圧されました。
200人以上が亡くなり、6000人を超える人々が拘束され、ダプチ収容所を初め、チベット内に点在する「労改-強制労働収容所」へと送られています。
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ダライ・ラマ14世法王の額が破壊された様子・ 2008年4月初旬 Kirti 寺にて・savetibet.orgより)
出典詳細記事はこちら
ダライ・ラマ14世法王が「文化的虐殺」と訴えるように、チベット全土で、「愛国教育」の元、再び寺院が破壊され始めました。
まさに「第二次文革」と呼ぶに値する暴挙が進められているのです。
チベット全土(旧チベットの範囲を含む)の労改-強制労働収容所に収容されているチベット人の数はどれほどでしょうか。
数万人でしょうか、数十万人でしょうか。
さらに、中国人民軍の核兵器およびそれに付随する施設も点在しています。
チベットには450ある核兵器の1/4が集中しています。
先の四川大地震において、数日間外部からの人道的支援や報道陣をシャットアウトしたというのは、放射能漏れ調査と、労改-強制労働収容所からの脱出者がいないかどうかの調査の意味もあるといわれています。
<ラサ近郊の刑務所群を、地図とGoogleMapsで確認下さい>
大きな地図で見る
チベットの中国軍侵攻と、1951年の南ベトナム、ラオス開放とは密接な関係があります。
ラオス北部になぜクラスター爆弾が大量に投下されたのか、少数民族モン族がなぜ中国から追いやられたのか、そのあたりの東南アジア史は、日本においてはこれまであまり関心が向けられることがありませんでした。
インド・ダラムサラ近辺でインド軍エスタブリッシュメント21として国境を守っているのは、まぎれもないチベット族の方々です。
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『ラオスは戦場だった』より。 2枚目の写真:マルクス・レーニン主義を叩き込まれる僧侶たち。
1950年10月の中国軍によるチベット侵攻以前には60万人を超えるチベット人僧侶、尼僧たちが居ました。
50年後の2001年には、その数は公式には3万人に激減してしまいます。チベット全土で破壊された寺院は6,524か寺にも及びます。
愛国教育、反宗教運動がより強化された現在は、その数はさらに減少してしまっていました。
寺院には軍人が常住し、中国国旗を強制的に掲揚させられています。それに反対すれば即収容所行きです。
数年内には、チベット人僧侶、尼僧は収容所でしか見ることができない日が来るのかもしれません。
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21世紀のブディストマガジン『ジッポウ』 2008年夏 昨日より発売!
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・チベットの僧院生活
・カイラスへ続く道
・ジョカン寺巡礼
特集記事 第一部「チベット仏教の現在」
・チベット・インド・台湾 アジアの中のチベット仏教
チベット仏教はいま/ジョカン寺と巡礼路/セラ寺の問答/地方寺院の現状
・インドで受け継がれる僧院生活
ムンゴットのラマ・キャンプ/ゴマン学堂の僧院