March 2005's Archive

ペイオフ覚え書き

あと数日、4月からペイオフの全面解禁となります。

寺院は非営利法人だから関係ないと思われがちですが、例えば諸堂の建設積立金とか、修繕積立金とか、護持会費とか・・・・・そのほか諸々の法人運営資金について、いざペイオフとなった場合に、対策を何も講じていなかったとすれば代表役員の責任が問われるかもしれません。


ペイオフ全面解禁後は、金利のつく預金はすべてペイオフ対象なるため、普通預金でさえも1000万円と利息分しか保護されないことになります。

【覚え書き】

■恒久措置として全額保護される預金等
 決済用預金。
 決済用預金は、「無利息、要求払い、決済サービスを提供できること」という3要件を満たすもの。
 ・当座預金
 ・利息のつかない普通預金など


■預金保護の対象となっている預金等
 1金融機関1人当たり、合算して元本1,000万円までと、その利息等(定期積金の給付補てん金、金銭信託における収益の分配等を含みます。)が保護される
 ・当座預金
 ・定期預金
 ・貯蓄預金 ・普通預金
 ・通知預金
 ・定期積金 ・別段預金
 ・納税準備預金
 ・掛金
 ・元本補てん契約のある金銭信託(ビッグ等の貸付信託を含む)
 ・金融債(ワイド等の保護預り専用商品に限る)
 ・上記を用いた積立・財形貯蓄商品


■預金保護の対象となっていない預金等
 保護されない預金等であっても破綻した金融機関の財産の状況に応じて支払われる可能性はある
 ・外貨預金 ・他人、架空名義預金 ・譲渡性預金
 ・オフショア預金 ・日本銀行からの預金(国庫金を除く)
 ・金融機関からの預金(確定拠出年金の積立金の運用部分を除く)
 ・預金保険機構からの預金 ・無記名預金 ・導入預金
 ・元本補てん契約のない金銭信託(ヒット等)
 ・金融債(保護預り専用商品以外のもの)

参考 預金保険制度・ペイオフ」・・・金融広報中央委員会


しかし、心に留めておかなければならないのは、実際に金融機関が破綻して、ペイオフとなった場合に、その保護された1000万円はすぐには下ろすことが出来ないだろうということです。
普通預金には、仮払金制度がありますが、破綻後一週間以内に60万円までとされており、さらに、定期預金には仮払金制度は適用されません。

したがって、法人の運営資金を工面するためには、相等の対策をとらないと、資金繰りに支障をきたすことになりそうです。

主なペイオフ対策は

■預金をいくつもの金融機関に分散する
手間はかかりますが、安全のためには致し方ないでしょう。
しかも、破綻の後に仮払がどの程度スムースに行われるかは疑問なので、ムーディーズなどの格付け機関による格付けの高い金融機関を調べておくことが必要でしょう。


■金利のつかない決済用預金に預ける
金利のつく預金はペイオフの対象になりますが、決済用預金のような金利無しの預金は全額保護の対象になります。
今のところは超低金利状態が続いていますので、決済用預金のメリットは大きいでしょう。


■郵便貯金を限度額まで利用する
郵便貯金は国が保証するため、安全性が特に高い。
しかし、一名義に対して元本1000万円の限度があるため、これを最大限に活動したほうがいいでしょう。
また、郵便振替口座は限度額は無いものの、決済用預金と同様、金利がつかない。


■国債や高格付けの公社債等に振り分ける
安全性はある程度高いことと果実を生み出す。

■運転資金は、何らかの形で手元においておく
当面の運転資金は、いつでも引き出せる形の資金として持っておく

とりあえず、こんなところでしょうか。

蛇足ですが、今日、宗務庁でペイオフに関してのテレビ局(TBSニュース23)からの取材撮影がありました。近日、宗務庁の様子が放映されるかもしれません。

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↑敢えてPHSのカメラでの写真です。雰囲気だけ・・・・

Name kameno : 01:09 AM | comments (3) | trackbacks

僧侶はもっと情報発信すべきでは?

宗教が、インターネットなどのCMC(Computer-Mediated Communication) をどのように利用しているかについては、宗教によってにより温度差があり、宗教種別によるサイト数の偏りにその一端を見ることができます。

具体的に調べてみました。
(少し古いデータですみません。興味ある方は http://dir.yahoo.co.jp/Society_and_Culture/Religion/Faiths_and_Practices/ から最新の数字を拾ってみてください)

次の表は、それをまとめたもので、文化庁宗教年鑑に登録されている宗教法人数の割合と、Yahoo JAPANに登録されているサイト数を比較したものです。

表1  日本の宗教別サイト数と法人登録数

 

Yahoo登録件数
2002年12月現在

文化庁登録法人数
2000年12月現在

キリスト教

881件 (40.5%)

 4,177  (2.3%)

神道

267件 (12.3%)

85,343 (46.7%)

仏教

872件 (40.1%)

77,681 (42.5%)

その他

155件 (7.1%)

15,458  (8.5%)

2175件 (100.0%)  

182,659 (100.0%)


 

これを見ると、神道の法人数に対する登録Web siteの相対数が極端に低く、キリスト教の相対数が高いのが目立ちます。

このように、宗教宗派によってWeb siteの割合が異なる現象は、日本だけの現象ではありません。
例えば、Jeff Zaleskiは、“ The Soul of Cyberspace “のなかで、

キリスト教世界では、カトリックにおいて教会の権威と聖職者の位階制が支配的なため、双方向的で水平的なコミュニケーションをもたらすインターネットの利用へと向かいにくい。
このことがカトリックとプロテスタントのサイト数の格差に影響を与えている

と指摘しています。
また、既存の秩序の枠組にとらわれないカルト集団やサイバー宗教にとっては大変居心地のよい環境を提供しており、早い時期から積極的利用が進んでいることがいえるでしょう。

仏教について見てみると、仏教カテゴリーへののYahoo登録サイト数は、法人約100件に1の割合であり
、Web site の利用がまだまだ一般的でないことを物語っているといえます。
もちろん、Yahooに登録されていないようなサイトも多いとは思いますが、それにしても、この程度なのでしょうか・・・・

CMC利用については、伝統宗教よりも、新宗教系の方が盛んに行われています。
特に、新宗教系では、公式サイトよりも、信者の作成するサイトが多いことに圧倒されます。

何が言いたいかといいますと、只でさえ、仏教カテゴリーへののYahoo登録サイト数は、法人約100件に1の割合でしかないこと、伝統仏教の檀家さんなり信者さんが伝統仏教について出されているサイトも、あまり見かけないことを考え合わせるに、ネット上の情報量による宗教勢力は、実際の宗教勢力と大きく異なるということなのです。

曹洞宗は、全国に1万4千の寺院があります。宗侶の数は約2万人。
仮に、2万人の宗侶がそれぞれ何らかの形で情報発信したら、それは半端じゃない情報量となるでしょうね。(さらに檀家さんも含めたらもっともっとすごいでしょう)

同じ曹洞宗であっても、各寺院、宗侶で、それぞれ少しづつ考えが異なっていると思います。知識も特技も異なるでしょう。様々な視点から曹洞宗というものを見ることができるし、こんな考えもあるのか!と新たな発見もあるでしょう。
お互いの研鑽にもなります。

先日、報道機関は不偏不党であるべきか というトピックスにおいて、

多くのメディアがそれぞれの主義・主張をもち、情報を発信していくことにより、結果的には、総体による不偏不党が実現できます。
いわゆる、偏りのるつぼという状態が、逆に「不偏不党」を生みだすのです。

と書かせていただきましたが、それぞれの宗侶がれぞれの主義・主張をもち、情報を発信していくことにより、結果的に、「曹洞宗」という総体の情報となると言っても良いと思います。

最近流行しているブログは、このような情報発信に最適な手段ではないでしょうか。
最新の世相に対する論評でも、2万宗侶からのアプローチがあったら、それだけで、充分影響力のあるマスメディアになります。

・・・・・というのが理想なんでしょうけれども、なかなかそうはいきませんね。
    ネットワークの本当の力を発揮するのは、それなりの数のサイトが有機的に繋がっていることが前提なのですが、まだまだ点と点が少しづつ繋がりつつあるかな~といった段階でしかありません。

 

元オウム真理教信者の高橋君が「お寺は単なる風景に過ぎない」とコメントしていましたが、僧侶たるもの、もっともっと積極的に情報発信していかなければならないでしょう。

もう一つ、データを出してみます。
貞昌院の位置する横浜市の人口は、 3,560,370人、世帯数は 1,490,358 戸となっています。 (平成17年3月1日 横浜市総務局行政部統計解析課)
伝統仏教寺院数×平均檀家数を 約 200,000 戸と推計すると、残りの 約1,300,000 は菩提寺を有しない世帯(もちろん、他宗教の信者もこの中に含まれています)となります。
となれば、この、1,300,000 世帯 (実に87%程度) の方々に何らかの情報発信をする術とは????ということを真剣に考えないといけないでしょう。

追記:もちろん、CMCによる情報発信だけでなく、「辻説法をしてみよう」 (tenjin95さんのBLOG参照)のような具体的行動も必要でしょう。


【資料:表1の詳細内訳】

キリスト教系
(881件)

神道系
(267件)

仏教系
(872件)

その他 
(155件)


キリスト教 (881)

 ┗アート (5)

┗イベント (1)

 ┗解説 (14)

 ┗カウンセリング (2)

 ┗企業間取引 (BtoB)@

┗休日 (2)

 ┗教育 (3)

 ┗教会 (187)

 ┗共同体 (1)

 ┗教派 (539)

 ┗個人的な体験 (10)

 ┗再建主義 (1)

 ┗出版社@

 ┗出版物 (3)

 ┗ショッピングトサービス@

 ┗書店@

 ┗神学 (9)

 ┗神学校 (3)

 ┗聖職者 (14)

 ┗聖書研究 (11)

 ┗聖書 (12)

 ┗創造か進化か@

 ┗団体 (16)

 ┗チャットと掲示板 (5)

 ┗デボーション (1)

 ┗伝道団体 (4)

 ┗メーリングリスト (5)

 ┗メディアとニュース (15)

 ┗リソース (2)

 ┗他(12)


神道 (267)

┗解説 (2)

┗教派神道 (35)

┗宮司 (1)

┗神社 (220)

┗団体 (6)

┗ショッピングトサービス@

┗企業間取引@

┗他(1)


仏教 (872)

┗浄土 (150)

┗真言 (162)

┗禅 (134) 

┗天台 (42) 

┗奈良仏教 (10)

┗華厳宗 (2)

┗日蓮、法華 (135) 

┗アート (24)

┗イベント (1)

┗解説 (11)

┗企業間取引@

┗経典 (8)

┗原始仏教 (1)

┗寺院 (97)

┗宗派 (33)

┗出版社@

┗巡礼 (11)

┗ショッピング サービス@

┗書店@

┗団体 (11)

┗チベット仏教 (4)

┗チャット掲示板 (3)

┗人々 (6)

┗密教 (2)

┗リンク集総合情報(7)

┗他 (15)


出雲大社教@

イスラム教 (8)

オウム真理教(アレフ) (5)

大本 (4)

御嶽教@

救世神教 (1)

幸福の科学 (6)

金光教@

サイエントロジー (3)

ジー・エル・エー (2)

シャーマニズム (1)

修験道 (10)

ニューエイジ (20)

神秘主義 (2)

神幽現救世真光文明教団 (2)

生長の家 (12)

晴明教 (1)

世界救世教 (1)

ゾロアスター教 (1)

天道総天壇 (1)

天理教 (24)

道教 (3)

パーフェクトリバティー教団 (4)

バハイ教 (4)

ハレークリシュナ (1)

白光真宏会 (2)

平和教 (1)

法輪功 (2)

妙智會教団 (1)

無神論 (1)

ラーマクリシュナ・ミッション (1)

霊波之光 (1)

黎明教会 (1)

他(39)


分類は、YAHOOによる分類をそのまま使用しています。
Name kameno : 12:17 AM | comments (13) | trackbacks

サクラ、もうすぐ

境内のソメイヨシノ、だいぶつぼみが膨らんできました。
フライングで何輪が咲いています。
週末には見ごろを迎えるでしょう。

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レンギョウ
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ミツマタ
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ヒュウガミズキ
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バイモ
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コブシ
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Name kameno : 07:47 PM | comments (0) | trackbacks

報道機関は不偏不党であるべきか

この問いに対して、私は、個としてのジャーナリズムは不偏不党であるべきではないけれども、ジャーナリズム全体としては不偏不党の状態を形成することは可能であろうし、それが望ましい姿であるという意見です。

一般的に、個々の報道機関は、不偏不党であることが健全な状態であると考えられがちです。

しかしながら、仮に全てのジャーナリズムが完全に不偏不党であるとしたら、その最たる状態として考えられるのが、強力な権力の管理下におかれている一極に偏ったメディアによるジャーナリズムしか存在しない状態か、メディアが単体しか存在しない状態です。

このような状態が本当にわれわれのためのメディアと言えるのでしょうか。

ジャーナリズムというものは、本質的に不偏不党ではありえないものであると考えられます。
何となれば、あるニュースソースに対する捉え方は、個人やメディアによって必ず差異が存在するものであるからです。
また、各メディアのもつ資本的・歴史的背景などから、特定の政党もしくは思想に偏った発信を行うのは、致し方ないことでしょう。

さらに、各メディアの伝えられる報道量も、必ず物理的な制限があるため、ここに情報の取捨選択、取り扱いの大きさについて、主観が入ることは避けらません。

このような差異は、個人やメディアのもつバックグラウンドから生じているものであり、そのためにそこから発信される報道には、個人やメディアの意志が少なからず反映されのが健全な姿なのです。

ただし、個性を出すといっても、政治に近づきすぎたり、スポンサーの影響を受けたりしたのでは問題です。
せめて、スポンサーに影響されないよう、また、テレビ放送で言えば、民法のニュース時におけるCMを無くすなど、メディア側独自の努力が必要だと思います。

新聞を例に取ると日本の新聞メディアは欧米の新聞と比較して偏りが少ないと言われます。これは、不偏不党を前提として報道しているということもあるかも知れないですが、日本の新聞の発行部数が欧米の各紙に比べて格段に発行部数が多いことにも原因がありそうです。
多くの購買者を対象とするために、各紙の個性を出し切れていないのではないでしょうか。もっと特徴を出しても良いのではないかと思います。

このことを踏まえ、一つのニュースを、様々なメディアを通して受け取るということはとても重要なことであると考えます。一つの事象を多方面からの切り口から眺めることによって、それぞれのニュースが正しく報道されているのか判断ができることもあります。

また、賛成側、反対側の二者の意見を客観的に比較できるということも重要です。私たちは、情報の受け手として、多様な形態の情報を受け取り、どのようにメディアが機能しているのかを充分に考えていくように努めていかなければならないでしょう。

冒頭に述べたように、私の主張する所は、メディアごとに個性を大きく出したほうがよいであろうということです。
それにより、却ってメディアの主張が明確となり、一つのニュースに対して様々な視点をもつことができます。

情報の受け手は、その様々な主張を含んだ情報を、自分の意志で「偏り」を承知した上で受け取ることが大切です。多角的な視点から一つの事象を知ることができ、総合的に判断すること、さらに個人が一度選んだメディアを、取捨選択しながら、自分の意見を形成することができます。

多くのメディアがそれぞれの主義・主張をもち、情報を発信していくことにより、結果的には、総体による不偏不党が実現できます。
いわゆる、偏りのるつぼという状態が、逆に「不偏不党」を生みだすのです。

Name kameno : 11:49 PM | comments (7) | trackbacks

曹洞宗僧侶になるための段階

今日は檀信徒総会の後、近隣の寺院で行われる晋山結制・首座法戦式の最終準備もあり、特に忙しい一日でした。
 
曹洞宗の僧侶は、いくつかの段階を経なければなりません。
 
(1)得度(とくど=父母の恩愛を断ち、落髪して出家となる)
(2)立身(りつしん=修行道場で修行を重ねた上、修行僧の集団の中でリーダー役である首座(しゅそ)を一定期間つとめる)
(3)伝法(でんぽう=釈尊の法は、代々人格的なふれあいの中で伝えられてきた。師匠の法を正しく伝えられて一人前の仏弟子となる)
(4)瑞世(ずいせ=両大本山永平寺、總持寺本山に登り一夜の住職となり、両祖さまに導師として報恩の諷経をする)
(5)住職(一寺の責任者となり、仏に代わって法を人々に説く)
(6)晋山(しんさん=新しい住職として、その寺院に正式に入る)
(7)結制(けっせい=自らの寺で修行僧を集め、一定期間、安居生活を行じる)

というものです。

首座は、第二番目の段階で、修行僧のリーダーをつとめるわけですが、その締めくくりとして、住職に代わって説法を許され、大問答を繰り広げます。それが法戦式という儀式です。
今回の禅問答のテーマは、『従容録(しょうようろく)』の達磨大師に関する部分が選ばれました。

諸老師に説法のご挨拶に回ったあと、竹篦(しっぺい)という弓を預かり、いよいよ問答開始。

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今日の習義では、礼拝、歩行の作法の最終確認を行いました。

首座法戦式(しゅそほっせんしき)は、行持綿密を旨とする曹洞宗の特徴が出ている儀式といえます。本番まで一週間。首座をつとめる慈光上座が、どのような禅問答を展開してくれるのか、楽しみです。


豆知識:「しっぺ返し」ということばは、この竹篦が語源となっています。

しっぺ返しの語源・由来

しっぺ返しは、もと「竹篦返し(しっぺいがえし)」。
「竹篦返し」の「竹篦」とは、座禅の際、戒めのために打つ道具で、割った竹に漆を塗った細長い板状のもの。
「竹篦」は、鎌倉時代に禅宗の伝来とともに伝わった。
大寺院の場合、高徳の僧が交代で「竹篦」を打つ役を務め、打たれた者も打ち返す立場になることから、やられたことを即座にやり返すことを「竹篦返し」と言うようになり、「しっぺい」の「い」が消え「しっぺ返し」となった。
また、人差し指と中指を揃え、手首のあたりを打つことも「しっぺ」という。
これは指を「竹篦」に見立てたもので、1603年刊の「日葡辞書(にっぽじしょ)」にも解説されており、このような行為が古くから存在したことがうかがえる。
『語源由来辞典』 http://gogen-allguide.com/si/shippegaeshi.html

Name kameno : 11:49 PM | comments (30) | trackbacks

花祭り、檀信徒総会

平成17年度の花祭り法要、檀信徒総会が行われました。
花祭りとは、釈尊降誕会であり、貞昌院では4月8日に近い日曜日に行われるのが常となっています。

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本日は、約100名の御参りをいただき、法要の後、護持会会計の決算報告、予算案などについて審議が行われました。
その後、懇親会、茶室におけるお茶の御点前が行われ、一日の行事が円成いたしました。
総会報告につきましては、後日郵送させていただきます。

平成17年3月27日(日曜日)
11時より花祭り法要
11時半より檀信徒総会
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引続き懇親会
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御茶会
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Name kameno : 10:15 PM | comments (0) | trackbacks

春爛漫四題

春らしい穏やかな日々が続きます。
花々の写真をいくつか。

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スノーフレーク

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ヒュウガミズキ

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ツバキ

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スイセン

Name kameno : 09:06 AM | comments (0) | trackbacks

がんばれPHS!!

ドコモ、PHSの新規受付を終了、2年をめどにサービス停止も

NTTドコモは、4月30日でPHSサービスの新規申し込み受付を終了すると発表した。ユーザーの減少に歯止めがかからず、携帯電話のFOMAに経営資源を集中させる。これに伴い、2005年3月期にPHS事業資産の減損損失などを計上、業績予想を当初見込みの7,580億円から7,220億円に下方修正した。
ドコモは、1998年にNTTパーソナル(当時)からのPHS事業の営業譲渡を受けてサービスを展開。しかし、携帯電話の通信料低価格化によって契約者の減少が続き、昨今は、音声端末からカード型の端末を使ったデータ通信にシフトし、2003年には定額制のデータ通信サービス「@FreeD」を開始。音声端末の新規開発は行わず、同社の中村維夫社長も今まで、データ通信に特化する形で事業を継続するとして、事業の売却は否定していたが、不採算が続き、事業の継続は困難と判断した。
サービスについては継続されるが、FOMAなどの携帯電話への変更を促し、早ければ2年程度でサービスを停止する考えだ。PHSから携帯電話への移行については、契約事務手数料の無料化、PHS契約期間の携帯電話契約期間としての移行といった特典を用意、端末購入時の優待も検討しており、早期の移行を促す考え。
移行の特典は4月1日から提供する。
ドコモのPHSは、今年1月末における契約数は136万9,200契約で、ウィルコムに次ぐ第2位。
また、今回の事業転換に伴い同社は、今期末の連結でPHS事業資産の減損損失約610億円、単独で特別損失約210億円を計上、2005年3月期の業績予想を、連結で7,220億円(360億円減)、単独で5,110億円(120億円減)へと下方修正している。
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2005/02/28/007.html

PHSの歴史とこれまでの流れについてはWikiペディアをご参照ください
http://ja.wikipedia.org/wiki/PHS

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・・・とても残念なニュースです。
アステルに続いてついにドコモも・・・・

思い返せば今から10年前、PHSは料金の安さ、高音質、携帯性のよさで、鳴り物入りで登場しました。家のコードレスホンをそのまま外でも使えるということと、非常に高価なだった携帯電話の通話料と比較して、公衆電話並み!と格段に安いということで、発売前から予約が殺到した時代もあったのです。
しかも、当初、サービスエリア予想マップというものが雑誌に掲載されていたのですが、都区内全域と京浜地区が全てエリアになるような
ddimap0.jpg
表現だったのです。
発売の年にはこのようなPHS特集記事が毎月組まれるほどの大人気でした。

nttp.jpg ddip.jpg astel.jpg

これは買うしかない!!

もともと携帯電話は持たない主義だったのですが、PHSだったら手軽だし、買っても良いかな~ということで、3社の中でどれが良いか検討した結果、端末が豊富なことと、基地局のアンテナ出力が大きいこと、そして、何より自宅周辺が最初からエリアになっているということで、DDIポケットに決めました。

電話番号も希望番号が選べるということで、貞昌院の電話番号とPHSの電話番号を共通にして事前申込み、あとは7月の発売を待つのみ!

ということで、私は10年来のPHSユーザーです。

しかし、問題はすんなりいきませんでした。
何しろ、通話が安定していないし、自宅周辺では、外では通話可能なのですが、室内では通話できない。
当時は東京に通勤していたのですが、都区内でも通話できる箇所は殆んど無い状態だったのです。
DDIポケットの場合は、アンテナ基地局の調整ミスもあったようで、たとえ基地局アンテナが目の前に見えていても通話できないことも多々ありました。

これがPHSの今後の運命を大きく変えたようです。


DDIポケット側も、さすがにこれはまずいと思ったのでしょう。
発売の年の8月以降、毎月のように、詳細なエリアマップを配布し始めます。

ddimap-2.jpg


1995年当時のエリアマップ (一部抜粋)
上永谷はかろうじて貞昌院周辺で通話可能。
この地図を作るのは、DDIポケット職員が測定しながら作成したようで、苦労のあとが偲ばれます。
それにしても、虫食いだらけですね~

そのほか
■携帯電話との相互通話が不可能
⇒これは決定的でした。
■留守番電話機能が無い
⇒ただでさえ圏外になりやすい端末なのに、キャリアで預かる留守番電話機能が無いとは・・・・・

ということで、発売当初の不手際と相俟って、鳴り物入りで発売されたPHSですが、僅か数ヶ月の間で、所詮オモチャ端末、ピッチ・・・などと言われ、PHSの元気さはどんどん失われていきました。

その後、徐々にネックとなっていた問題点も改善され、通話エリアも都市圏ではほぼ問題無くなったんですけどね。

アステルとドコモは、魅力的な端末が継続的に発売されなかったことが敗因でしょう。

対して、DDIポケット(現ウイルコム)は起死回生の端末を発売しました。
京セラのAH-K3001V(通称:京ポン)です。

【関連サイト】
京セラ
http://www.kyocera.co.jp/prdct/telecom/consumer/ah-k3001v/
WIKI
http://www.memn0ck.com/d/index.cgi?AH-K3001V
ウイルコム
http://www.willcom-inc.com/top/index.html

この端末は、Webブラウザ「Opera」を搭載していて、パソコン向けのウエブサイトもそのまま見ることができます。定額料金コースと併せて、パケットを気にせずサイトを見まくりという夢のような環境が実現できる訳です。
しかも、それだけに留まらず、ノートパソコンとUSBで繋げると、モデムとしてパケット通信もでき、こちらも、いくら使っても通信料は定額。
phs.jpg

ドコモPHSユーザーには、サービス停止に向けて、FOMAの優待券を配布しているようですが、どうせ電話番号が変わるのなら、ウイルコムの京ポンに変えたほうがお薦めですよ。

ウイルコムだけは無くならないで欲しいという切実な思いを込めて・・・・

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追伸:
このブログは、携帯からも見ることが出来ます。
http://i.7676.net/
にアクセスしてみてください。
(アイ・ドット・ナムナム・ネットと覚えてください)

Name kameno : 09:34 AM | comments (2) | trackbacks

バイモ、クリスマスローズ・・・

彼岸も明け、春本番。桜のつぼみも徐々に膨らんできました。
今日は、貞昌院裏庭の花をまとめて撮ってみましたのでいくつかご紹介します。

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1枚目はバイモ。漢字では「貝母」と書きます。
和名が アミガサユリ(編笠百合)というとおり、ユリ科の花です。
つるがくるんと巻いてかわいらしい。

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2枚目はクリスマスローズ。
先日は白い花をご紹介しましたが、今日は紫をご紹介します。
キンポウゲ科の植物で、ガーデニングにとても人気のある花です。

また、バイモ、クリスマスローズ共に茶花として生けられます。
どちらも下向きに咲く、地味な花ですがとても味わいがありますね。

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3枚目はツバキ。
このように花びらが綺麗にかさなって咲く種類を千重咲きといいます。

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4枚目はミツマタ(黄・橙)とコブシ。
晴天の太陽の下、一段と目立つ花です。

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蛇足ですが、妹夫妻から京都・グランマーブルのパンを戴きました。
サクサクしていて、バターの香りがとても香ばしく、食感のよい美味しいパンです。

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Name kameno : 10:11 PM | comments (0) | trackbacks

坊主は丸儲けかなぁ

新聞の投稿欄に、気になる投稿があったのでご紹介します。
先日のトピックスとも関連する部分があるかもしれません。

20050325.jpg

お布施は「志」良心に従って

僧侶 (新潟県柏崎市)
お彼岸参りに檀家さんを読経して回っている。2千円から5千円のお布施で寺のかき入れどきになっているのだが、3分ほどお経を読んでそれだけ頂くのだから、坊主は3日やったらやめられないと言われるのかもしれない。
千円しか包まれていないこともあるが、聖人でもない生臭坊主にはもった小ない金額である。
お布施は志だから本来、定価表はないが、私の山寺では戒名の末尾が「信士」「信女」の仏様の葬式では15万円頂く。信士料と本尊料、読経料が各5万円だ。
それより格が高い「居士」「大姉」ではその倍額。もう何十年来、ご理解を得ている。さらにその上の「院号」はめったにないが、その場合は50万円になる。
若いときはお布施をもらうのが恥ずかしくて目をそらして受け取ったものだ。
中年になってからは心の臓に毛が生え、しっかりと、またありがたく頂戴する。僧侶は正しい信仰をもって檀家さんに布教する義務があるからでもある。
以前、テレビで東京など大都市での葬式代に触れていたが、われわれの地方の倍以上の値段を伝えていた。
暴利とは言わないが、仏道にのっとって良心に恥じるところがないのか、と要らぬ気を回すこともある。


う~ん、きっと本人は率直な意見を投稿しているのだろうし、悪気は無いんでしょうが、何だか悲しいですね。
先日は、宗教法人の課税問題について、「宗教活動の核心の部分だけは課税対象にしないべきだ」ということを書きましたが、こういう考えの僧侶が大多数であるならば、宗教法人の課税もやむなしという感じがします。

投稿内容の問題点を順次挙げて生きます。
(1)お彼岸参りのお布施で寺のかき入れどきになっている

檀家さんから戴いた浄財を、単なる収入源としか見ていないのでしょうか。

(2)3分ほどお経を読んでそれだけ頂くのだから、坊主は3日やったらやめられないと言われるのかもしれない。

その浄財をあたかも僧侶個人の収入にまるまる受け取る印象も与えます。まさに、読経の対価としての料金というイメージでしょう。

(3)戒名の末尾が「信士」「信女」の仏様の葬式では15万円頂く。信士料と本尊料、読経料が各5万円だ。格が高い「居士」「大姉」ではその倍額。

まさに定価づけなのですが、このようなことを大っぴらにしていいのでしょうか。

(4)中年になってからは心の臓に毛が生え、しっかりと、またありがたく頂戴する。僧侶は正しい信仰をもって檀家さんに布教する義務があるからでもある。
これも(2)と同様です。

(5)テレビで東京など大都市での葬式代に触れていたが、われわれの地方の倍以上の値段を伝えていた。暴利とは言わないが、仏道にのっとって良心に恥じるところがないのか、と要らぬ気を回すこともある。

いやぁ、この最後の部分が一番ひどいですね。
まず、第一点に「暴利」という表現。
多くの都市部の寺院が、暴利を貪っているような表現、これはどうかと思います。
布施というのは、檀家さんが納得しただけのものを金銭という財施として、「お寺に」寄進するものです。
つまり、檀家さんからいただく布施の金額についてどうのこうの言うべきことではないということです。 

そして、戴いたお布施は、僧侶の懐に入るのではなく、法人会計に入り、寺院のさまざまな経費に使われ、そのほとんどが檀家さんや公益のために使われるということ。残りの一部を給与として僧侶が戴いているわけです(もちろん源泉徴収されます)

国語辞書を紐解くと、必ず次のように記載してあります。

ぼうず ばう― 1 【坊主】 ――丸儲(まるもう)け
坊主は資本も経費もいらず、収入がそのまま全部儲けになる。

大辞林 第二版 (三省堂)


「坊主丸儲け」のような誤解をなくすようにアピールしていかなければならないのに・・・・


ただし、確かに僧侶の中には、不心得なものもいることも確かです。
その代表が、一部の葬儀社が雇っていると契約しているアルバイト的な僧侶。
寺院を構えずにいる「マンション坊主」ともいうべきものです。
葬儀社から葬儀の依頼を受け、その布施のうち半分近くを葬儀社にキックバックし、残りを個人収入としてしまう。
このような現状を容認してしきてしまった社会風潮も残念なことです。

どちらにせよ、柏崎の僧侶の方の投稿は、投げかける対象を誤っていると思えてなりません。

公取委 葬儀トラブル防止へ 取引実態初の調査 指針策定を視野

公正取引委員会は、葬儀業の取引実態調査に乗り出した。 高齢化社会の到来で葬儀市場の規模が拡大するなか、業者間の競争も激しくなっている。 親族を亡くした直後の短時間で結ぶ高額契約だけに、 公取委は価格やサービスの表示方法に関する指針策定も視野にトラブル防止を図る。
日本消費者協会が平成15年に行ったアンケートによると、 葬儀一式費用の全国平均は150万円。
ただ、これ以外にも通夜からの飲食接待費用が38万円。 お経や戒名などの寺院費用が48万円かかっていた。
車に並ぶ大きな支出となるが、葬儀費用をどれくらいにするかは「親族の意見」(25.4%)、 「社会的地位」(22.7%)、「葬儀社の助言」(22.7%)と、よく吟味して決めているとはいえないのが実情。
『産経新聞』 2005-2-8

 

ようやく、不透明といわれていた葬儀業界にもメスがはいってきました。

「坊主丸儲け」に対する辞書の表現が自然に改まるように世間に認知してもらわなければならないし、寺院側も会計に関してもっともっと透明性を図っていかなければならない。
何故、宗教法人の宗教活動の部分が非課税とされるのかを寺院側はそれをしっかり受け止めていかなければならない。
そして、私たちも、今よりももっともっと僧侶としての資質を高めていかないと、世間から取り残される存在になってしまうでしょう。


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同じ日の同じ欄に掲載されていた女子高生の投稿のほうが、よほどしっかりした考えを持った投稿だと思いますので併せて紹介します。


宗教の授業で自分見つめる
高校生 (愛知県日進市 17歳)
 私が通っている女子高はカトリック系で、週に一度宗教の授業がある。その授業ではもちろん、神の存在について考えたりもするが、それ以上に自分自身のことを考える時間が多い。色々な角度から自分という人間を見て、色々な考えを持つ自分に気づく。
 私はそんな宗教の時間があまり好きではない。自分って何だ、と考えるあまり、自分という人間が分からなくなったり、自分の冷たく小さな面に気づいてしまったりするからだ。プライドの高い私にとって、自分の冷たさや小ささと向き合い、これも自分なのだ、と認めることは、かなりの勇気がいることなのだ。
 けれど最近、現実の自分を否定し続け、逃げてばかりでは、理想の自分に近づけないのではないか、と気づいた。私にとって宗教の授業は理想の自分と、現実の自分との闘いの場だ。やはり宗教の授業は好きではないけれど、自分という人間を好きになるために、もう少し、現実の自分の姿と闘ってみようと思う。

Name kameno : 09:13 AM | comments (15) | trackbacks

ペット供養は宗教活動?収益事業?

ペット供養は収益事業 寺院への課税認める

 ペット供養は「収益事業」に当たるとして課税されたのは不当として、愛知県春日井市の寺院「慈妙院」が、税務署に計約670万円の課税処分取り消しを求めた訴訟の判決で、名古屋地裁の加藤幸雄裁判長は24日、原告の請求を棄却した。
 原告側弁護士によると、ペット供養で課税をめぐる判決は初めて。
 判決理由で加藤裁判長は、ペット供養の依頼者は宗教的意義を求め、供養は人の葬祭の形式を踏んでいると認定したが、「原告は料金表などを定めて支払いを受けており、民間業者と料金システムが類似。依頼者と原告は、料金の対価としてサービスを受ける関係にある」と述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050324-00000068-kyodo-soci


さて、まず、基礎的な面からみていきましょう。
公益法人としての宗教法人が行う収益事業の考え方は、次のとおりとなっています。

■公益法人等とは、財団法人、社団法人、宗教法人、学校法人など、特別法により設立された法人のことです。つまり、宗教法人は、宗教法人法により設立されている法人です。

■公益法人等の収入は、
非課税とされる「非収益事業」「宗教活動」「公益事業」
課税対象となる「収益事業」
とに分類され、収益事業に対して課税されます。

■収益事業の範囲は、次に示された33の事業をいいます。

収益事業とは、次の33の事業(付随して営まれるものを含む)で、継続して事業場を設けて営まれるものをいう(法人税法第2条、施行令5条1項)、としています。

1.物品販売業 2.不動産販売業 3.金銭貸付業 4.物品貸付業 5.不動産貸付業 6.製造業 7.通信業 8.運送業 9.倉庫業 10.請負業 11.印刷業 12.出版業 13.写真業 14.席貸業 15.旅館業 16.料理店業その他の飲食業 17.周旋業 18.代理業 19.仲立業 20.問屋業 21.鉱業 22.土石採取業 23.浴場業 24.理容業 25.美容業 26.興行業 27.遊技所業 28.遊覧所業 29.医療保険業 30.洋裁 和裁 着物着付け 編物 手芸 料理 理容 美容 茶道 生花 演劇 園芸 舞踊 舞踏 音楽 絵画 書道 写真 工芸 デザイン 自動車操縦若しくは小型船舶の操縦(以下 技芸という)の教授 31. 駐車場業 32.信用保証業 33.その他工業所有権その他の技術に関する権利又は著作権の譲渡又は提供を行う事業

■公益法人の収益事業については 25%、平成14年4月1日以後開始した事業年度については 22% の税率が適用されます。

■公益法人等の寄附金の損金算入限度額は、収益事業から生ずる所得の 20%とされます。
収益事業部門から非収益部門への支出は、寄附金とみなす(みなし寄附金)ことになっています。

■収益事業を営まなくても、住職や従業員等に支払われる給与には源泉徴収義務が生じます。


今回の司法判断は、ペット供養が宗教活動ではなく、収益事業と認められたということで、一見、きわめて意外な判断のように見えます。
古来から、日本人は動物や樹木などの生物に限らず、石や地面、水など無生物のものに対しても崇拝の対象としてきました。
ましてやペットについては家族同様に暮らしてきたわけですから、丁重に供養したいという要望はあるのでしょう。

ただし、今回の司法判断の重要なところは、
☆料金表などを定めていた
☆したがって、依頼者と寺院は、料金の対価としてサービスを受ける関係にあった

というところです。
葬儀や法要の費用は通常、布施ですから、お気持ちで…としか言いようがありません。
目安を…と聞かれても、それは、やはりお気持ちで…ということになるのでしょう。
逆に明確な定価を表示すると、それは宗教活動から離れてしまい、料金の対価と判断されてしまうわけです。

ですから、法要の際に御寺院さんへお布施を封筒に入れる際は、「読経料」ではなく、あくまでも「御布施」としていただいたほうがよろしいと思います。

さて、名古屋地方裁判所は、ペット霊園について収益事業と判断しました。
であるならば、寺院運営の面からみれば、ペット霊園にかかわる人件費、火葬炉の原価償却義、燃料費、その他諸々の経費を切り分けして、収益事業会計で独立させればそれで済む話です。
むしろ損金が多数発生して収益事業会計の利益はほとんど無くなるかもしれません。非課税事業として処理するよりは、収益事業として処理したほうが、寺院会計にとって健全な方向に向かうかもしれません。

ただ一点、家族同様にすごしてきたペットに対する供養が、宗教活動ではないと判断される点、この点だけは、宗教者としてとても残念な判断です。
これが拡大解釈されていき、あらゆる供養が費用の対価とみなされてしまうことです。

では地鎮祭は?ご神木の供養は?人形供養は?
宗教活動と収益事業の区分けは明確に出来ない部分が多いからです。

Name kameno : 02:50 PM | comments (12) | trackbacks

八大人覚を講読しています

貞昌院では毎週木曜日の朝、坐禅会を行っています。
早朝にも拘らず、参加される方も徐々に増え、15人くらいはコンスタントに参加をいただくようになりました。

※飛び込み参加も可能です。
原則、毎週行っていますが、坐禅会予定表を参考にお越しください。

さて、今月は坐禅会において、佛遺教の八大人覚の部分を読んでいます。
口語体で書かれているので、読んでいてもある程度は判っていただけると思いますが、補足として文章にまとめてみることにします。
ここには基本だけ記してあります。書ききれなかった細かい部分は、坐禅会の後席ででも考えていきましょう。

道元禅師も、『正法眼蔵』「八大人覚」で詳しく書いています。
いわば、人生のなかで大切な八つの教えというべきものですが、その八つとは

(1)少欲 =しょうよく 
(2)知足 =ちそく
(3)遠離 =おんり
(4)精進 =しょうじん
(5)不妄念 =ふもうねん
(6)定 =じょう
(7)智慧 =ちえ
(8)不戯論 =ふけろん

です。
これを順をおって見ていきましょう。

(1)少欲
多欲と少欲とを対比して、「多欲の人は利益を求むることに集中するから苦悩が多い。少欲の人は無求無欲であるから心に憂いがない・・・・・」と説かれています。
そして、「心が坦然として、心配事や畏(おそ)れるれることがないから、さまざまな功徳を生ずる・・・と続いています。
人間は贅沢な生き物です。欲望には際限がありません。欲しいものが手に入っても、また次のものが欲しくなります。美味しいものを食べても、もっと美味しいものを食べたくなります。
会社や商売において、利益追求が第一だ、という人もいますが、本当にそうでしょうか。
少欲が実践されますと、お互いの信頼関係が高まり、あたたかい敬愛の情が生じていきます。その功徳は計りしれないものであると考えます。

(2)知足
これは、まさに少欲と密接な関係があります。足ることを知る者には、自らを律する強い意志が現れています。
「不知足の者は富めりといえどもしかも貧し、知足の者は貧しといえどもしかも富めり」
「知足の法はこれ富楽安穏の処なり」
足ることを知るということは、欲望という煩悩から解き放たれて、実に安らかで穏やかな、そして豊かな心持ちでいることができるのです。
じっくりと噛み締めてみてください。

(3)遠離
今の時代は、情報の洪水に巻き込まれ、毎日が慌しく過ぎていきます。取り巻く環境も目まぐるしく変動していきます。
このような中で過ごしていると、視覚や聴覚などの五感でさえも麻痺してしまう。このような時代だからこそ、静かなところに坐して、喧騒から離れることが必要なのでしょう。
「衆をねがう者は、すなわち衆悩を受く。例えば大樹の衆鳥これに集まれば則ち枯折の憂いあるがごとし。世間は縛若して衆苦に没す。例えば老象の泥に溺(おぼ)れて自ら出ずること能(あた)わざるがごとし。」
・・・先日、良寛さんの戒語を紹介しましたが、その中に「推し量りのことを真実になして言う」というのがありました。世の中には不確かな情報が溢れています。一人一人の憶測が世の中の喧騒を作り出しているのです。この喧騒に溺れることがないように心がけたいものです。
   
(4)精進
一滴一滴の雨だれであっても、年月を重ねて石に穴を穿っていきます。
これは、実に大事な生活の態度です。
道のりが果てしなく遠いように見えても、一歩一歩足を進めることにより、確実に目標に近づいていくのです。

(5)不妄念
「常にまさに念を摂(おさ)めて心(むね)におくべし、もし念を失するものは、諸(もろもろ)の功徳を失す」というように、真実を見極め、光明を見失わない者には、例え五欲(財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲)の雲が襲ってきても、毅然としてこれに左右されないわけです。

(6)定
これは正定とか禅定、または止観三昧などと同義です。特に禅宗の根底に培われる教えであって、「定を得る者は、心即ち散ぜず」ということは、心の奥から叡知の光がさんさんと輝いているようなイメージです。
身や心を清浄にして、呼吸を整え、静処に端坐し、我執我慾の念制すること、これが定です。

(7)智慧
知恵ではなく、智慧です。これは聞思修の慧ということで、正しい仏法を聞いて、これを思惟し、これを体得した智慧の意で、「無明黒暗の大明灯なり、一切病者の良薬なり、煩悩の樹を伐る利斧(りふ)なり」と例えられています。
分かりやすく言うと、證(さとり)とも言うべきものでしょう。

(8)不戯論
「乱心、戯論を捨離すべし」というように、無意味な論議に大切な時間を空費してはならないということです。

以上、八大入覚のほんのさわりだけを書いてみました。
書いてあることはそんなに難しいことではないですが、それを実践することはとても難しいといえます。

私たちが複雑な社会の中で、生きていく中で大切なことは、喧騒の中に巻き込まれずに、一歩退いたところから客観的に私たちを取り巻いている事象を冷静に観察して、正しく判断を行い、着実に物事に取り組んでいくことなのでしょう。

ということで、今日の早朝も坐禅会を予定通り開催いたします。

Name kameno : 01:24 AM | comments (3) | trackbacks

貝の化石がざくざく

いま、上永谷駅側の墓地の奥を整地しているのですが、少し掘るたびに沢山の貝の化石が出てきます。

20050322-2.jpg


貞昌院の位置する港南区上永谷は、標高30~40mほどの高台にあります。

この高台は、大昔、洪積世の終わりごろ溶け出した氷河や、活発な火山のため、海進、海退によって見えかくれしていた陸地が、地殻の隆起と火山灰の堆積とでできた陸丘です。
それが、はげしく浸食されて谷をつくり、丘陵を形成てだんだんと現在の形になりました。

表層から近い場所から出てきましたので、恐らく屏風が浦層であると考えられます。
この地層は、中里層が海退によって浸食され、深くえぐられた上にその後の海進によって堆積したもので、このような暖かい地方の河口性の貝化石がたくさん出るのです。

当時の大船湾は、上永谷のあたりから、戸塚区下倉田のあたりまで、ず~っと大きな湾を形成していたようで、温暖で住み心地のよい環境だったようです。
その証拠に、この周辺には石器や土器などが発掘できる遺跡も多くあり、子どもの頃はたくさん集めたものです。 (現在は、ほとんど住宅とかマンションの敷地に埋もれてしまったのが残念です)

このあたりのことは、永野郷土誌
の中に、古代の永野としてまとめてありますので、ご参照ください。


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追記:境内に水仙がたくさん咲きだしました。
20050322.jpg

Name kameno : 12:01 AM | comments (2) | trackbacks

福岡沖玄界地震に思う

このたびの福岡沖玄界地震は、福岡市博多区で1人が死亡、負傷者700人以上(21日午後6時現在)になり、玄界島では家屋800棟が損壊、ほぼ全住民が島外に避難する大きな被害をもたらしました。


昨年は新潟中越地方が大震災に見舞われました。そして、インド洋の大震災、昨日の福岡沖玄界地震と、立続けに地震が発生しています。
いつ、どこで発生しても不思議ではないわけで、地震と隣り合わせに生活しているのだということを常日頃から心に留めておく必要がありそうです。

一つ前のトピックスで愛語の禅僧・良寛さんを書かせていただきましたので、今回は地震に関する良寛さんの書簡をご紹介します。
江戸時代(文政11年)に、新潟越後地方にM7.4の大震災があり、広い範囲で大きな被害をもたらしました。
この地震では、良寛さんも被災しています。
そして、良寛さんが、親類の山田杜皐氏に送ったお見舞いの書簡が遺されています。

長らえん ことや思いし かくばかり 変わりはてぬる 世とは知らずて

かにかくに 止まらぬものは 涙なり 人の見る目も 忍ぶばかりに


地震は信に大変に候 野僧草庵は何事もなく親類中死人もなくめで度候

うちつけに死なば 死なずてながらえて かゝるうきめをみるがわびしき

しかし災難に逢う時節には 災難に逢うがよく候 死ぬ時節には 死ぬがよく候 

是はこれ 災難をのがるる妙法にて候。       かしこ


つまり、大地震に逢ったが、こうして生き延びたために、さまざまな変わり果てた惨状をみるのがとても辛い。
災難にあうときには災難に逢うのが良い。死ぬときには死ぬのがよい。これが災難を逃れるよい方法だ・・・・と書いています。

ちょっと分かりづらいですが、ここには良寛さんの暖かい心遣いが込められています。
大災害の後には、さまざまな混乱が生じます。食料の奪い合い、住処をめぐるトラブルなど、パニックと理性を失った状況が作り出すものです。

しかしながら、自然の流れに従い、それをきちんと受け入れることが、不要な混乱を抑え、平安を保つことができることを教えているのです。
非日常の状況の中にこそ、如何に冷静な心持でいられるかということが大切なのです。そこから前向きに、積極的に災難を乗り切るための未来が展開されていくのです。

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いま、世をあげて「自然」がテーマだという。いわく「自然との共存」「自然との共生」が語られ、その揚句が「自然にやさしく」である。しかし、筆者は賛成しない。自然の手のヒラに生活しているものどもが、「自然にやさしく」とは、人間の傲慢(ごうまん)もついにここまできたか、という他はない。それというのも、共存や共生は、本来対等なもの同士が使う言葉で、人間同士が「共に生きていこう」というのはわかる。しかし、私たちにとって、自然はそういうものではない。自然が穏やかだったり荒れ狂ったりするのは、その摂理に従っているだけで、人間の都合など一顧だにしない。だから、自然はパートナーではなく、ときに大きな被害をもたらす自然のおそろしさに畏怖(いふ)し、一方、その穏やかな恵みに敬愛し感謝する、そういう畏敬の対象ではないのか。 (興福寺貫首・多川俊映老師のことば)
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地震により亡くなられた方には心よりご冥福をお祈りいたします。また被災された方には御見舞いの意を表します。
そして、一日も早く復興されますように願うばかりです。



3ヶ月前、福岡の禅寺を巡ってきました。福岡は歴史の深い名刹が多いのです。
本当に感銘をうけました。その時の写真をいくつかご紹介します

聖福寺。栄西禅師が建文6年(1195年)に開いた日本最古の禅寺です。
fukuoka1.jpg

仏殿の内部は滅多に見ることが出来ないのですが、運良く見せていただくことが出来ました。
それはそれは見事な天井画です
fukuoka2.jpg

承天寺。石が配置された禅庭が素晴らしいです。
fukuoka3.jpg

このほかにも素晴らしい伽藍がたくさんあります。被災状況が本当に心配です。

Name kameno : 12:30 AM | comments (6) | trackbacks

愛語の禅僧・良寛さん

2004年3月に、次のような報道がありました。

良寛町が新たに誕生
 来年春の合併を目指している新潟県出雲崎、与板両町と和島村の三町村は新しい町名を「良寛町」とすることを決めました。良寛(1758-1831)は江戸時代後期の僧侶で、歌人、詩人、書家としても知られ、名誉や権力にとらわれず、人と自然を愛した生き方は今も「良寛さん」として多くの人に親しまれています。良寛は現在の出雲崎町の名主兼神主の家に生まれ、和島村で晩年を過ごしました。与板町は良寛の父親の出身地で、それぞれ「良寛さん」に縁のあることが新町名の決め手になりました。


しかし、同年10月には、三島郡3か町村の合併協議を継続することが困難な状況となり、与板町、和島村、出雲崎町の3町村議会での合併協議会廃止議案の可決を受けて、ついに11月に合併協議会が廃止されることとなってしまいました。
本当に残念です。

その経緯をまとめると、次のような流れになります。


・三島郡三島町と4町村で検討会設置:2001/11/2
・三島町が合併協議から離脱:2002/5/1
・3町村で任意協議会設置:2002/6/27
・法定協議会設置:2003/7/10
・合併予定期日:2006/3/31以前
・新町名公募上位10点:出雲崎,良寛,てまり,与板,いずもざき,りょうかん,さんとう,良寛の,いろは,三和(さんわ)
・新町名最終候補3点:出雲崎(いずもざき),たちばな,良寛
新町名:良寛町(りょうかんまち)
・新町役場:現・与板町役場
・与板町の合併に関する住民アンケートで「合併反対」が多数
・与板町で合併問題に関して,与板町長に対する解職請求(リコール)の署名活動,与板町長が辞職(2004/5/31)→再選(6/27)
・出雲崎町議会は3町村での合併に慎重
・出雲崎町が合併協議から離脱を表明(10/15),単独町制継続へ
・和島村の長岡市との合併の是非を問う住民意向調査の結果「賛成(68.6%)」「反対(22.7%)」「その他(8.8%)」(2004/11月)
・和島村が長岡市に合併協議を申入れ(11/13)
3町村での合併を断念,協議会を解散(11/19)
合併協議会が破たん
・与板町の長岡市との合併の是非を問う住民投票の結果「賛成(82.1%)」「合併しない(17.9%)」(2004/12/26)
・与板町,和島村はは長岡市との合併を検討へ

参考:三島郡3か町村合併協議会
http://www3.alpha-net.ne.jp/users/washima/

結局、市町村合併によって、どんな区分けになりそうかは、 小事象【SHO JISHO】さんのブログが参考になります。
http://d.hatena.ne.jp/rikuo/20050320




 さて、良寛さんは、江戸時代に越後の国で活躍された曹洞宗のお坊さんです。
多くの逸話が残されておりますが、その話はどれもおおらかで、ユーモアにあふれ人々の心をなごませています。
子どももたちとの手毬遊びが有名ですが、漢詩をつくり、和歌を詠み、書に親しんだ文学者としても慕われています。
 どれだけ慕われているかは、市町村名に挙げられていることでもよく分かります。
良寛さんの暮らしぶりは、並々ならぬ修行の毎日で、それはそれは質素で苦しいものだったに違いありません。 けれども、その厳しさは、逸話の中や作品の中に微塵も感じさせません。
私たちは、良寛さんの生きかたに大いに学ぶことがたくさんあります。
昨日、「愛語」に関連していくつかの詩をご紹介いたしましたが、まさに良寛さんは、「愛語の人」であったのではないかと思います。

そのあたりは、「越後の良寛・愛語の思想」(小林正観)に良くまとめられています。
http://www.jtb.co.jp/story/unchiku15_1.html
http://www.jtb.co.jp/story/unchiku15_2.html
http://www.jtb.co.jp/story/unchiku15_3.html

↑人生50年を他人に嫌がらせをし、嫌われ、すねてひねくれて、迷惑をかけ続け、それを言われるとますます意地悪になる人がいる。そのような人を30分で真人間にする・・・・・
ごくせんのヤンクミよりも、もっともっと凄いですね。


 

 良寛さんは、「戒語」において、如何に相手を思いやりながら会話を進めるかを述べています。
人との会話の中で、相手の話を遮ったりしながら、そのことに気づかないことは多いものです。
逆に、相手の話をじっくりと聞いてあげることは、相手に対する思いやりでもあります。
 会話を和やかに、流れるがごとく進むように、きちんと相手の話が終わるのを待ってから自分の話を始めるという心がけが大事かを「戒語」の中で箇条書きにして具体的に事例を挙げています。
いわば、「愛語」の裏返し版ともいえます。

 「戒語」

言葉の多き
口の早き
話の長き
問わず語り
差し出口
手柄話
自慢話
人のもの言いきらぬうちにもの言う
子供をたらす
ことばの違う
たやすく約束する
よく心得ぬことを人に教える
ことごとしくもの言う
引き事の多き
ことわりの過ぎたる
あの人に言いてよきことをこの人に言う
そのことはたさぬうちにこのこと言う
へつらう事
人の話の邪魔をする
あなどること
人の隠す事をあからさまに言う
親切らしくもの言う
推し量りのことを真実になして言う
悪しきと知りながら言い通す
言葉とがめ
物知り顔に言う
さしたることもなきことを細々と言う
見ること聞くことを一つひとつ言う
よくものの講釈をしたがる
首をねじりて理屈を言う
口をすぼめてもの言う
押しの強き
よく知らぬことを憚りなく言う
寝入りたる人をあわただしく起こす
聞き取り話
人に会って都合よく取り繕って言う
間の切れぬように物言う
わざと無造作に言う
人のことわりをよく聞き取らずして
己がことを言い通す
幸いの重なりたるとき
物多くもらうとき
ありがたきことと言う
あゝ致しました こう致しました
ましたましたのあまり重なる

参考文献:良寛の愛語・戒語 谷川敏朗(著) 考古堂

Name kameno : 12:39 AM | comments (2) | trackbacks

子どもが育つ魔法の言葉

 「子ども」

批判ばかりされた子どもは
非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは
力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは
ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは
鈍い良心のもちぬしとなる

しかし、激励をうけた子どもは
自信をおぼえる
寛容にであった子どもは
忍耐をおぼえる
賞賛をうけた子どもは
評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは
公正をおぼえる
友情を知る子どもは
親切をおぼえる
安心を経験した子どもは
信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは
世界中の愛情を感じ取ることをおぼえる

『あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書』
アーネ リンドクウィスト (著), ヤン ウェステル (著), Arne Lindquist (原著), Jan Wester (原著), 川上 邦夫 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794802919


 

 「子は親の鏡」

けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ
やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

『子どもが育つ魔法の言葉』 PHP文庫
ドロシー・ロー ノルト (著), レイチャル ハリス (著), Dorothy Law Nolte (原著), Rachel Harris (原著), 石井 千春 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569660231

この、ドロシー・ロー ノルトの詩は、2月21日に行われた皇太子殿下のお誕生日に際しての記者会見で引用され、話題になっています。
本を実際に購入されて読まれた方も多いのではないでしょうか。
まだお読みになっていない方は 是非読まれることをお薦めします。

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この詩に関しては、敢えて多くを語りません。

今日は、この詩に関連して、曹洞宗で読まれる経典 『修証義』第四章の一節をご紹介します。
原文は、福井の永平寺を開かれた道元禅師の言葉 です。

 「愛語」

愛語というは、衆生を見るに、先(ま)ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり

慈念衆生(じねんしゅじょう)猶如(ゆうにょ)赤子(しゃくし)の懐(おも)いを貯えて言語するは愛語なり

徳あるは讃むべし、徳なきは憐むべし

怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること 愛語を根本とするなり

面(むか)いて愛語を聞くは 面(おもて)を喜ばしめ、心を楽しくす

面(むか)わずして愛語を聞くは 肝に銘じ魂に銘ず

愛語 能(よ)く廻天(かいてん)の力あることを学すべきなり

【現代語訳】
人に優しいことばをかけるということは、他人と接する時に、まず慈しみ愛する心をおこし、
心のこもったことばをなげかけることが大切なことです。
他の人に対して、優しい気持ちになるということは 母親が自分の子どもに接するのと同じで、
そのように優しいことばをなげかけることが愛語というものです。
良い所のある人は、誉めてあげましょう。 悪い所がある人には暖かい心で接しましょう。
敵対心や誤解、ストレスというものを解消し、 みんなが優しい気持ちになれるためには、
優しいことばを投げかけることが大切なことです。
相手が直接優しいことばをかけてくれると、顔も心も優しくなります。
また、間接的に聞いても、心に染み渡ります。
優しいことばをかけるということは、お互いが優しくなれるということを知っておきましょう。
そして実行していきましょう。
参考:『良寛入門』 栗田勇(著)

 

「和顔愛語」という言葉をご存知の方も多いことと思います。
簡単に言うと、愛語とは人に「やさしい言葉をプレゼントすること」です。

「愛語能く廻天の力あることを学するべきなり」とは、愛語には人を幸せにするだけでなく、人間の一生、ひいては国家、世界をも動かしてしまうほどの力があることを知りなさいということです。
この言葉から、道元禅師が愛語という「菩薩の行い(=菩薩行)」に極めて大きな力を観じていたことがわかるのではないでしょうか。

ここで言う愛語とは、名前を呼び挨拶をかける、人をほめたり微笑みかける、意見を尊重し、じっくり話を聞くなど、相手の人を認め、良い気分にさせることであります。
人はお互いを認め合い思いやりを持つことで、気持ちも通じ合います。
特に、子どもは幼いころに人格や性格が育まれます。子どもの頃に愛語の言葉や態度を多く向けることが如何に大切か、改めて考えさせられます。


最後に、この愛語についてのお薦めの本をご紹介します。
ドロシー・ロー ノルトさんの本にも負けない本です。
人間の一生をも変える愛語の力。愛語を受けて、学びや、 転じることの尊さなどを、とてもやさしい文章で語りかけています。是非読んで味わってください。

『正法眼蔵の愛語に学ぶ』 酒井大岳(著) 鈴木出版

http://fcreative.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/webstore/webstore.cgi?003_03;%90%B3%96@%8A%E1%91%A0%82%CC%88%A4%8C%EA%82%C9%8Aw%82%D4;1529

Name kameno : 10:12 AM | comments (0) | trackbacks

貞昌院花いっぱい計画

今年は暖かい穏やかな彼岸ですね。
週末を迎えたくさんの方がお墓参りに訪れています。

今まで、写真日記の写真は。、900*600ピクセルでしたが、今日から少し大きめの1200*800ピクセルでお届けします。
※なお、本日の写真は、全てタムロンAF28-300mm(Model A06)で撮影しました。

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以前お伝えしたミツマタの花情報ですが、オレンジ色の花もぽつぽつと咲き始めました。
(また、満開になるころにお伝えします)

20050318-1.jpg

春の陽射しは、花々を美しく浮かび上がらせます。

20050318-2.jpg

ふきのとうもこんなに大きくなりました。

20050318-3.jpg

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さて、貞昌院裏山は、貞昌院と天神社がお互いに管理しています。
戦前は桜山として有名でしたが、戦後の植林政策により、杉が植えられました。

そこで、3年前、元の桜山を復元しようと、上永谷駅側の斜面に約200本のサクラの苗木が天神社氏子の皆さんの手で植えられています。(もうだいぶ大きくなりました)

昨日は、貞昌院により、山上の墓地側にサクラを約40本植樹しました。
(今後も定期的に植樹していく予定です)

20050318-4.jpg

植えた範囲はこんな感じです。
横浜市緑地保存地区指定の範囲を中心に植樹しています。
サクラいっぱいの山になる日が待ち遠しいです。
sakura.gif

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日韓友好が真のものとなるために

島根県議会での「竹島の日」条例成立を受け、歴史問題と領土問題を日本に正面から提起する姿勢を強調。 「歴史問題を外交問題化しない」とした盧政権の対日政策を事実上転換し、植民地支配の被害に対する真相究明と謝罪、反省を強く求めた。 http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/takeshima/


うーん、なんだかなぁ・・・って感じがします。
それに日本の国旗を燃やす抗議方法は、決して認められるものではないです。

まず、最初にはっきりさせないといけないことは、竹島について、韓国は領有権を主張しており、独島と称していますが、日本政府の立場は、当然

竹島は日本の領土である

ということです。

その論拠については、次のサイトをざっと見てください。
ALL ABOUT
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050313A/
外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/
島根県
http://www.pref.shimane.jp/section/takesima/top.html
政府官邸キッズ
http://www.kantei.go.jp/jp/kids/magazine/0302/6_4.html


ちょっと違った視点から、竹島について見てみます。
海上保安庁の作成した、プレート境界域の精密海底地形(海洋測量)を元に、当該地域を拡大してみました。

竹島は、日本の中国地方側から繋がっていることが分かります。
対して、鬱陵島は朝鮮半島側から繋がっています。
竹島(日本領)と鬱陵島(韓国領)の間に、トラフがあるわけです。
takeshima2.jpg


竹島の問題は、領土問題のみならず、歴史認識問題、日本海の漁業権の問題と、様々な問題が複雑に絡んでいます。
それゆえ、この問題には敢えて触れず、問題を先延ばしにしてきた観があります。

このような大きなわだかまりがあるうちは、日韓の真の友好は望めないと思います。

残念ながら、隣国及び地域(ロシア、韓国、中国、台湾など)と、日本の間で領土問題の解決を見ない箇所がたくさんあります。
漁業水域の未定部分についても同様です。

また、竹島問題以外にも日本海呼称問題もありますね。
(これもなんだかなぁ・・・って感じ)


第三国を入れて、双方の主張を出し合った上で、公平な立場で領有権を明確にしていく必要があるでしょう。

必ずしも問題に触れずに先延ばしすることが良い結果をもたらすわけではないと思います。
たとえ一時的に険悪なムードになったとしても、ひるまずに徹底的に論議していって欲しいものです。

日韓双方の良好な関係が永続的に続き、お互いに良い関係でいられる時がくるよう心から願っています。

Name kameno : 01:13 AM | comments (13) | trackbacks

お彼岸のトリビア(2)

今日は彼岸の入りです。
春分の日(20日)を中心とした一週間が、彼岸となります。
このあたりは、お彼岸のトリビア(1)をご参照ください。

この行事は、日本独自のもので、聖徳太子の時代に始まり、平安時代初期から朝廷で行われ、江戸時代に年中行事化したものです。
彼岸とは、この世(此岸)に対して、悟りの岸(悟りの世界)であり、仏道精進の意とも解されます。
また、彼岸の時期には太陽が真西に沈みますが、この西に沈む太陽を通して西方浄土を観じる、観無量寿経の「日想感」と、日本の古来からの先祖崇拝とが結びついて、日本独自の彼岸の行事が形成されたといわれています。

参考:『岩波仏教辞典』(中村元 他編)岩波書店 


前述したように、聖徳太子の時代から始まった彼岸は、蜻蛉日記や源氏物語などにも「彼岸の入り」「彼岸のはて」としての記述があるため、少しづつ広まっていったことが伺えます。
彼岸の歴史を紐解いてみると、その行事の時期は少しづつ変化しています。暦の日を太陽暦に換算して変遷を見てみましょう。

9世紀~18世紀 宣明暦・貞享暦  この時期の彼岸は、春分(秋分)の日から2日後が彼岸の入りで、それから一週間が彼岸とされた。
18世紀~19世紀 宝暦暦・寛政暦  彼岸の時期は定められておらず、年によって変化する。
19世紀~      天保暦       春分(秋分)の日を中心に前後3日間を彼岸とした。

参考:『暦と日本人』(内田正男著) 雄山閣出版


つまり、現在のような彼岸の時期が定まったのは、天保暦以降といえます。
行事そのものの歴史は深いのですが、その時期は変遷していることはあまり知られていません。

さて、冒頭に述べたように、春分(秋分)の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日であり、その語源は、春(秋)の昼夜平分の日=「昼夜平」を省略したものです。
つまり、昼と夜の長さが等しくなるのが春分、秋分の日であるわけです。


では、今年の春分の日(2005年3月20日)の日の出、日の入りの時間は・・・・・
国立天文台 天文情報公開センター暦計算室
http://www.nao.ac.jp/reki/hdni/hdnih/hdni00h/hdni36051.html
によると・・・


平成17年(2005年)3月20日 横浜 (東経 139度39分 北緯 35度27分 高さ 0m)
日の出時刻  5:46
日の入時刻 17:53

ん??? 

昼の長さは 17:53 - 5:46 = 12:07

ということは、夜の長さは 11:53 ですね。
その差は実に14分ほどあります。

トリビア:春分の日は、昼の長さが夜よりも約14分長い ・・・ 56へぇ

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実は、これには理由があります。

第一の理由は、日の出と日の入りの時刻の取り方にあります。

ひので 0 【日の出】
(1)朝、日が東の空に現れ出ること。また、その時刻。天文学的には、太陽の上縁が東の地平線に接する時。

ひのいり 0 【日の入り】
夕方、日が西に沈むこと。また、その時刻。天文学的には、太陽の上縁が西の地平線に接する時。日没。

『大辞林』第二版 (三省堂)


つまり、太陽が少しでも地(水)平線から顔を覗かせた瞬間が日の出であり、太陽が完全に沈んで見えなくなる瞬間が日の入りと定義しているので、単純計算で太陽の直径分、昼の長さが長くカウントされるわけです。

第二の理由は、大気による光の屈折現象によるもの。
これは、「大気差」と呼ばれ、地平線ぎりぎりにある天体は、大気を斜めに通過していくため、ゆがんで見えます。計算上見えないはずの天体も、光が曲がって到達するために見えるようになります。
大気差により、やはり太陽の直径分ほどの誤差が生じます。

この第一、第二の理由により、合計太陽の直径約2個分、昼が長くカウントされ、約14分の差になって現れるわけです。


ということは、昼夜平分の日はいつなのだろうか????

国立天文台 天文情報公開センター暦計算室
http://www.nao.ac.jp/reki/hdni/hdnih/hdni00h/hdni36051.html
を再び調べてみます。

すると・・・

平成17年(2005年)3月17日 横浜 (東経 139度39分 北緯 35度27分 高さ 0m)
日の出時刻  5:50
日の入時刻 17:50


なんと、本当に昼夜平分の日は今日だったのでした! ・・・ 83へぇ

Name kameno : 08:03 AM | comments (5) | trackbacks

寒緋桜が満開になりました

鐘楼堂前の寒緋桜(カンヒザクラ)が満開になりました。

貞昌院の桜の中では、河津桜と共に、最初に咲く桜です。
鮮やかな濃いピンク色の花が遠くからでも良く目立ちます。

20050316-1.jpg

20050316-2.jpg


このサクラは、甘い蜜がでるらしく、たくさんの鳥たちが集まります。
特に、メジロはこの花が大好きなようです。

20050316-3.jpg

20050316-4.jpg

Name kameno : 02:15 PM | comments (0) | trackbacks

お彼岸のトリビア(1)

明日(17日)は彼岸の入りです。
彼岸とは、ご存知の通り、春分の日を中心に前後3日間、つまり7日間が彼岸です。
今年は20日が春分の日(彼岸の中日)ですから、17日が彼岸の入りというわけです。

彼岸は仏教行事のように思われていますが、他の仏教国にはありませんから、むしろ日本の先祖崇拝(ご先祖様を敬う習慣)が、浄土思想と結びついて培われてきた、日本独自の伝統行事というべきものでしょう。
ご先祖様を敬い、お墓参りをしてぼた餅、おはぎ、お団子などを仏壇に供える良い習慣であります。

ところで、この春分の日は毎年日付が一定していませんよね。

再来年の春分の日は何日なのですか?
再来年のお彼岸っていつからいつまで?

このような質問に答えられる人は誰もいません。
なぜかというと、まだ決定されていないからです。

ん?どういうこと???

「国民の祝日に関する法律」では、春分の日は「春分日」、秋分の日は「秋分日」と定められています。
http://www.houko.com/00/01/S23/178.HTM

ここでいう「春分日」は天文用語であり、次のように定められます。

太陽は星々の間を移動していて、その通り道を「黄道」といいます。また、地球の赤道を天にまで延長したものを「天の赤道」といいます。 黄道と天の赤道は、お互いが傾いているために2点で交わり、その交点のうちの一方を「春分点」、もう一方を「秋分点」と呼びます。 そして、太陽が春分点・秋分点の上を通過する瞬間がそれぞれ「春分」「秋分」と定義され、「春分」「秋分」を含む日のことを、それぞれ「春分日」「秋分日」と呼ぶのです。

この概念は、↓ASTRO ARTSのサイトが参考になります。
http://www.astroarts.co.jp/alacarte/kiso/kiso02-j.shtml

つまり、天球上の黄道と赤道とが交わる点のうち、太陽が南から北へ通過する点の方が春分点であり、この位置に太陽がくる日を「春分の日」としているのです。

ただし、これはあくまでも天文学的な概念で、それを決定するのは政府です。

春分の日と秋分の日は、国立天文台・天文情報公開センター 暦計算室で計算された結果を元に、政府(大臣官房企画調整課)が春分の日をどうするかを決定します。
来年の分は、ようやく平成17年2月1日付官報に掲載されました。
http://www.nao.ac.jp/reki/youko/youko06/rekiyou061.html
つまり、まだ来年までの春分・秋分の日しか決定されておらず、再来年以降の春分・秋分の日は未定ということになります。

なぜ、2年先以降の予定が分からないのかという理由は後で書くとして、まず、春分の日が20日または21日になっている理由から考えていきます。

一年の長さは何日かご存知ですよね。
365日。
しかし、正確な365日ではなく、半端が出ます。
地球が太陽の回りを一回りする日数は、365.2421・・・・・日です。

この半端分ををどう修正するかというのが、古来からいろいろと苦労してきたところですね。
現在使われている暦はグレゴリオ暦法です。

グレゴリオ暦法では、次のようにうるう年を設け、一日プラスすることで、半端分の調整をおこなうように決めました。
 
■西暦が4で割り切れる年をうるう年とする。 (4年に1回、1日を追加)
■上記の例外として、西暦が100で割り切れる年は平年とする(100年に1回足すのをやめる)
■上記の例外として、西暦が400で割り切れる年はうるう年とする。(400年に1回、1日を追加)

これで一年の長さの平均を計算すると、365+(1/4)-(1/100)+(1/400) = 365.2425日になります。
ほぼ近くなりました。
けれども、まだ数千年程度で1日程度の誤差があります。(このあたりは適当なところで補正されるのでしょう)


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このように、現在の暦は太陽暦ですから太陽の運動と暦は、ほぼ一致します。
そして、一年は365日と約6時間ですから、春分点を太陽が通過する日時は、毎年6時間づつ次の日の方向にずれていきます。

4年に一度、閏年に一日が挿入されますから、春分の日は、一気に24時間分、前日の方向に戻されます。

ここで、感の良い方はお気づきだと思いますが、
閏年の春分の日は、ほぼ20日になります。
そして、閏年の翌年は、かなり高い確率で20日。
閏年の2年後はかなり高い確率で21日。
閏年の3年後はほぼ21日。
そして閏年を迎え、一気に1日戻され、20日となる。

ということなんですね。

じゃあ、暦の法則もはっきりしているのに何故数年先の春分の日が分からないのか!と疑問がわきます。

その答えは、地球の自転・公転などの運行は、常に変化している(一定ではない)ためということにあります。
地球の自転・公転は微妙に早くなったり遅くなったりしています。
他の天体の影響もあるし、地球内部のマントルなどの影響もあるし、歳差運動の影響もあるでしょう。

(歳差運動についてはASTRO ARTS 天球の回転コマの「首振り運動」をご参照ください)

つまり、さまざまな微妙な要因が影響するため、数年後の状況は概ねの予測はつくけれども、間近にならないと確定できないのです。

太陽暦を採用しているのだから、割り切って3月20日に決定してしまうという方法もあるのに、あくまでも天体現象に忠実に、春分の日をその都度決定するという、そのこだわりは(良い意味で)日本ならではなのででしょうね。

Name kameno : 10:34 AM | comments (3) | trackbacks

天国で逢おう-飯島夏樹さんを悼む

先月、飯島夏樹さんの追悼番組『天国で逢おう』が放送されました。
飯島さんについてはご存知の方も多いと思いますが、改めてプロフィールをご紹介させていただきたきます。


飯島夏樹 (いいじま・なつき)

1966年、東京都生まれ。日本人で唯一、8年間ワールドカップに出場し続けた世界的プロウィンドサーファー。マウイ、グアムを拠点に世界大会を転戦、年間約20戦に出場。世界戦で数々の入賞経験を持ち、国内大会での優勝も数多い。また、グアムでマリンスポーツセンターを起業する一方、ウィンドサーフィン専門誌「Hi-Wind」にエッセイを連載、ダイナミックな人柄を素直に記した文章が好評を博すなど、活動の幅を広げる。2002年6月、肝細胞ガンと診断される。翌年3月、肝移植を受けるため、すべてを引き払ってグアムから日本に移住するも、「移植には適さない」と宣告され、うつ病とパニック障害を併発。家族と友人の励ましにより、うつ病とパニック障害はほぼ克服したが、二度の大手術と様々な治療を施したにもかかわらず、肝臓は悪化。2004年6月、余命宣告を受け、「自分は生かされている」と体感し、偶然出逢った執筆活動に生き甲斐を見出した。家族構成は、妻と幼い子供4人。

飯島さんの公式ブログ
http://natsuki.air-nifty.com/natsuki/


実は、飯島さんは、私の妻と八王子東高校で同期(7期生)であり、卒業後、ウインドサーフィンで活躍されていることから、凄い人がいるんだよ、とよく話しを聞いていました。
高校当時は水泳部に所属していて、部活が終わると教室で大の字で寝そべってみんなを笑わせていたこと、生徒会長や体育祭の応援団長として率先してみんなの先頭に立っていたこと、そして、クラスの皆にも先生方からもとても親しまれていたこと・・・
とにかく、目立って人気者だったそうです。
卒業後は、飯島さんは琉球大学へ進み、マリンスポーツを極めていきます。その後の活躍ぶりは皆さんの知っていらっしゃるとおりです。

そして、順風満帆な生活の中、突然訪れた肝細胞ガンの診断結果。
度重なる辛い闘病生活。
しかし、飯島さんがかねてから備えている心の清らかさ、家族や友人への温かい思いやりは、「悲しみは喜びに変わる」を体現させていきました。

そして何より、彼や家族を支えてきたのは、キリスト教への敬虔な信仰なのでしょう。
そのことは、彼の日記を読めばよく分かります。


2004年12月13日

DEAR  神様


突然のお便り、失礼いたします。
若かりし頃、賞金を握りしめてソープやファッションマッサージに通っていた、スケベなウィンドサーファーの夏樹と申します。
おかげさまで、いまは更生し、子供も4人いますので、そういうところからはめでたく卒業しました。
マウイ島クラでフラワーガーデンを営むT婦人からの綺麗なカレンダーを眺めつつ、このお手紙をとてもまじめにしたためています。

  <中略>

あなたは命よりも大切なことがあると教えてくれました。
それは永遠の命が存在するということです。
歴史上の人物が一人だけ死を克服した。その方の、計らいでいま僕は“生かされてます”。
今までは、何とかお金を儲けて、自分の力で生きてきました。でも、それは全て間違いだったと、いま気づきます。
空を飛ぶ鳥が、なぜ飢えて死なないのでしょう? なぜ、美しい花達が土だけであれだけ美しく咲き誇るのでしょう。
僕には彼らが自分で頑張って、咲き誇り、悠然と空を舞っているだけとは思えません。
あなたの配慮で全てが成り立っている、鳥も花も生かされている、今はやっとそう思うのです。
ここにたどり着くまで随分と回り道した気がします。

 <中略>

まだ、僕にはあなたからみて、些細なことかもしれませんが、やるべきことがあって生かされるんだとの確信も生まれました。
そして、とにかく今日という日を生かされている。
そのことにごく自然に喜びを感じました。
他人と比べて、不満ばかり言っていた頃の私には考えられない心の変化です。
熱は凄いですが、いまは家族に囲まれ、痛みから守られ、午前中の数時間を執筆活動に費やし、家族のために糧を得られることに心から感謝します。
本当によくしてくださりありがとうございました。

http://www.shinchosha.co.jp/tenkimi/essay/index1213.html


この日記の中に、ある方から「今、あなたが一番不幸だと思う方に渡してあげてくださいね」と戴いたプレゼント、そこに書かれていた
「あなた方の悲しみは、喜びに変わります」
この「喜び」、それが日記の最後の6行に集約されているのでしょう。


『天国で逢おう』は、宗教が、そして信仰が、死と直面する患者に、どのような心の灯を与えることが出来るのかを考えさせられる番組でもありました。

現在は、確かに医学が発達し、高水準の医療技術によって安全に命が誕生したり人の死を「先延ばし」することができるようになったかもしれません。
けれども、人の生死が「病院の中」という、日常から切り離されてしまうということが当たり前になってしまいました。
非人間的な医療設備と冷たい雰囲気の中で死に臨むことも珍しくありません。
医療技術の発達が、はたしてすべての面で人間に幸せをもたらしているのだろうかという疑問も生まれます。


「物質的の世界に向けて、ホスピスが伝える最終メッセージは、人間の精神の逆境におけるしなやかさと言うことです。何度も、何度も、私たちは、人間の内からも外からも品格が現れてくるのを見たよう思います。人間の本質について、真の成熟や究極の現実について、私たちは伝えることがあるのです」
(シンリー・ソンダースの言葉)


欧米のホスピスは、このように、「安らかな死を迎えるには」「人間らしい死を迎えるには」という命題に対して、キリスト教の伝統のなかから生まれてきたものですが、日本の伝統仏教の中にも『臨終行儀』のようにホスピスの概念を持つものがあり、そして、『ビハーラ 長岡西病院』のような仏教ホスピスもいくつか生まれて来ました。

仏教の「無量寿(=永遠の命を観想する心)」と、キリスト教信者である飯島さんの12月13日の日記とで通じる部分が多くあることが興味深いと思います。
そして、「生きている」のではなく、「生かさせていただいている」ということばも、私たちが毎日食事をとるまえに(いろいろないのちを)「いただきます」ということと繋がっています。
(生かさせていただいているということに、普段の生活の中ではなかなか気付かないんですよね)

とにかく、仏教者も、今よりももっともっとターミナルケアに関わっていかなければならない、心の支えの一助になれるよう努力していかなければならないと痛感します。

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3月4日(ハワイ現地時間)、ハワイ オアフ島・マキキ聖城キリスト教会にて飯島夏樹さんの葬儀が執り行われ、3月7日、ご遺骨はご本人とご家族の希望により、大好きだったハワイの海に散骨されました。

「いのち」 は往きよりも、還りが大事
「いのち」 は質ではなく、深さである


心よりご冥福をお祈りいたします。

Name kameno : 12:41 AM | comments (5) | trackbacks

真夜中の梅

山門前の梅。
満点の星空を背景に、ひっそりと輝くように咲く姿は妖艶という表現が似合うのかもしれません。

20050314.jpg

Name kameno : 12:37 AM | comments (1) | trackbacks

Webで付箋紙コミュニケーション

wema - 付箋指向の多目的ツール。

バージョンアップして使いやすくなりました。
従来の時系列的な書き込み掲示板と比べて、画面空間を自由に使えるところが画期的です。

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wemaとは
wemaは、ウェブページ上に付箋を貼り付けていく変わったソフトウエアです。付箋の背景色を選んだり、付箋同士に線を引くことも出来ます。日常の簡単なメモボードや、グループの掲示板、マインドマップのような使い方も出来たりするなど、自由度の高さがあります。

wemaのベースになっているのはWikiと呼ばれるソフトウエアです。 WikiはWeb上で文章を編集することができ、独自の文法を使って簡単に文書を構造的に表示することが可能です。またリンクを貼ることで新しいページを作り、ページ同士を有機的に繋げていくことが出来ます。

wemaでは、このWikiの発想を進めて、同じページ上の付箋同士に繋がりを持たせることを考えました。付箋を線と矢印で繋ぐことによって、アイデアや情報の整理を視覚的に分かりやすく行うことが出来ます。
--------------引用ここまで


http://wema.sourceforge.jp/cgi-bin/index.cgi?page=%A4%AA%BB%EE%A4%B7%B9%AD%BE%EC

SZIサイトにでも導入したら便利かも。

Name kameno : 07:27 AM | comments (1) | trackbacks

ドメイン取得のすすめ

ドメイン名とは

ネットワークに接続しているコンピュータには、IPアドレスが割り当てられています。
IPアドレスとは、219.121.16.30 というような、数字の組合せによる識別番号です。

けれども、このような番号は覚えにくいので、何か意味のある単語でコンピュータを識別する仕組みがあると便利です。

このように、IPアドレス識別のためのネームとして生み出されたドメイン名は、インターネットの普及により商用利用が進み、会社名や商品名で登録するという事例が多くなりました。

ということは、それに伴って問題も生じます。
ドメインの取得は早いもの勝ちですから、誰かが関係の無い会社や商品名のドメイン名を取ってしまうということもその一例です。
誹謗中傷を目的としたり高額での転売をもくろんで取得するなどの「サイバースクワッター」 (ドメインの不法占拠者)も現れました。
その対策として作られたのが UDRP(Uniform Domain Name Dispute Resolution Policy)です。

さて、IPアドレスとドメイン名を結び付けるための仕組みはDNS (Domain Name System)により実現されています。
ドメイン名、DNSについては

ドメイン名のしくみ

ドメインの種類

に分かりやすく図解されていますので、ご参照ください。
このあたりの仕組みは、なかなか難しいのですが、見ておいて損はありません。

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ここから本題に入ります。
ドメインを取得すると、様々なメリットがあります。

■ URLやメールアドレスが短くなり覚えやすい
■ ドメイン名を自由に決定できるため、イメージなどを伝えやすい
■ 事情があってプロバイダが変わってもURLやメールアドレスが変わらない
■ サイバースクワッター対策になる

等々です。

では、ドメインを取得するとどれくらいの費用がかかるのか。

はっきり言ってピンキリです。
ドメインを登録申請するのにレジストラを通じて申し込むわけですが、海外のレジストラに直接申し込めば安くあげられるし、日本の代行業者を通すと、それなりのマージンを取られます。

おすすめは、やはり海外レジストラに申し込む方法です。
海外レジストラだけでもざっと↓これだけありますので、いろいろと見て廻って、信頼できそうで安いところを探すのが良いでしょう。
http://www.icann.org/registrars/accredited-list.html
(あえてここがお薦めとかは書きません。自分の判断で選んでください)

私は、年間8ドルでドメインを取得しました。
つまり、月あたり約80円程度です。
いくつかドメインを持っていても、全然負担にならないレベルですよね。
もしも未だお持ちでない場合は、この機会に取ってみてはいかがでしょうか。


蛇足:いま閲覧されているブラウザのURLアドレス欄に
7676.net
 とか 
kaminagaya.net
 とか
sotozen.net
 とか
13ch.net
とか入力してみると・・・・

Name kameno : 12:19 AM | comments (0) | trackbacks

アスクルに学ぶ文具業界の流通革命

先日は、ハイパーマーケットの明暗について書いてみましたが、今日はここ数年で大きな変化をしている文具業界について考えてみます。

個人商店が、スーパーやコンビニ、さらにはハイパーマーケットのような大型店の進出、さらにはインターネットなどによる直販の普及により、競争で負けて撤退してしまう事例は多く見られます。中間業者排除による流通の変化です。

文房具屋さんも同様です。
思い返せば、学校の周りなどにいくつか文房具屋さんがあったのですが、今はほとんど店舗を見かけなくなりました。
どうなってしまったのでしょうか。

実は、文具業界は、他の業種と比べて独特の変化を遂げているのです。その流通の変化について、アスクルの例で考えてみます。

アスクルとは、文具・オフィス用品の通信販売で急成長を遂げている会社ですので利用されている方も多いでしょう。
https://www.askul.co.jp/

アスクルの「売り」は、社名の由来となった、注文した商品が翌日届く(明日届く=明日くる)ということなのですがであるが、東京・横浜・大阪などでは、なんと注文当日に届いたりします。
しかも2500円以上であれば無料配送されます。

アスクルの母体はPLUSであり、自社製品の通信販売がそのスタートとなっていますが、次第に取り扱い製品をライバル会社の製品にまで広げ、そればかりでなく食品や生活雑貨など、実に約19000アイテムに及ぶようになりました。


さて、冒頭で文具業界は、他の業種と比べて独特の変化を遂げていると述べましたが、中間業者排除の観点からアスクルを見てみると他の業種と少し特徴的なことがあるのです。
具体的には、営業・配送・受付業務を外部の企業と分担しているという点です。
従来の文房具の流通の仕組は、
   メーカー⇒一次卸⇒二次卸⇒小売⇒消費者
というようなものでした。
もしも、アスクルがメーカーと顧客との直接カタログ販売をおこない、
   メーカー⇒消費者
という構図になると、卸と小売の排除が起こり、既存の小売店の営業を阻害したことでしょう。

けれども、文具業界では単純な中間業者排除を行うのではなく、代理店としての役割分担を提起しているのが特徴です。
http://www.askul-net.com/askul-business.html
↑こちらに、その流通のしくみが分かりやすく図解されています。

つまり、全国1600の文具小売店と提携(エージェントと呼ばれます)し、料金回収と訪問営業を業務委託しているわけです。この点で既存の文具小売店を共存関係としてうまく利用していることがわかります。

代理店となった小売店は、従来の顧客をに対し、アスクルの営業活動を委託して行ないます。そして通信販売の売り上げを伸ばすということが、同時に小売店の利益に繋がるという新たな関係を築きあげていったのです。
そしてアスクルへ発注された商品の代金は、再び小売店が集め、その一部が小売店の利益となる構図なのです。

まとめると、
【顧客の新規入会からカタログ配送まで】
顧客からの発注⇒全国100万箇所の事業所へ⇒全国1600社のエージェントへ⇒アスクルへ登録依頼 ⇒ アスクルから顧客へカタログ発送
【発注から料金回収まで】
顧客からアスクルへFAX・インターネットで注文⇒アスクルから顧客へ商品配送⇒アスクルから顧客へ請求書発行(送付代行:アスクルからエージェントへ請求⇒エージェントから顧客へ請求)⇒顧客からエージェントへ支払い→エージェントからアスクルへ支払い

ということになります。
見かけ上は、エージェントの姿は表に現れないので、あたかもアスクルと顧客との二者間の単純な取引のように見えます。

アスクル エージェント でグーグル検索すると、大体その構図がつかめます。
http://www.google.com/search?hl=ja&rls=GGLD%2CGGLD%3A2003-50%2CGGLD%3Aja&q=%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

なお、エージェント第一号は、東京の山崎文栄堂です。
平成5年当時、ごく普通の文具店であった山崎文栄堂は、数年間赤字経営が続いており、当時設立されたばかりのアスクルと事業提携をするようになりました。周囲からは、かなりの猛反対があったそうです。
それから9年が経過し、売上はエージェントになった当初から約25倍になり、全国のエージェントの中で、トップ5の常連となっています。
新しい流通構造の変化が、単純に中間業者排除にはならずに、新たな中間業者としての枠組みの構造を生じているのが面白い発想だと思います。

オフィス用品のように、購入したいものが予め明確になっているようなものは、カタログをみながらまとめて発注する方が顧客にとって便利です。
わざわざ文具店に出向いて必要なものを購入したりする必要もない。翌日に確実に届けられるという利便性も従来の流通では考えられなかったことです。また、2500円以上で商品配送料無料ということは中小事業所にとっても発注しやすい設定となっているといえます。
文具マーケットは1.4兆円とも言え、75%が法人向けと想定され、30人未満の事業所は実にそのうちの95%。
アスクルの分かりやすい発注の仕組みは、このような顧客層にまさにうってつけだったというわけです。

アスクル側は、インターネット上のカタログに掲載するための商品企画・開発、価格決定、カタログ製作、注文受付、在庫管理、商品発送、料金回収、クレーム処理が主な仕事となりますが、コア業務を行っている社員はわずか100名余であって、その数十倍もの周辺業務要員が存在するわけです。中段で述べた構図のように、これらが有機的に結びついて一体となった運営をおこなっている訳です。

アスクルが急成長を遂げ、かつ、高い顧客満足度を得る結果となっている理由には、カスタマーズリレーションシップマネジメントを1元管理して徹底的に行っているからといえます。また、物流システムの徹底的な整備によって、注文から発送までの時間を限りなく短くすることにより当日配送をも可能としているのです。

メーカが始めた通信販売はこれまでの文具(現在では事務用品全般、電化製品、食品、飲料なども含まれる)流通を大きく変えました。情報技術を使うことで、何種類もの商品の仕分けを早く正確に行い、運送会社による全国翌日配送、小売店に委託した顧客対応と営業力、新しい枠組みによる効率的な流通システムの再構築によって新しい構図を作り上げています。

アスクルは、有力文具小売店をはじめ様々な業態から参加したエージェント(代理店)とアスクルが一体となって、互いの長所と短所をカバーし、有効な機能だけを結び合わせる共存共栄の画期的な流通システムを展開することにより成功した企業の最たる事例といえます。

以降、文具業界だけでも次々と似たような仕組みが出来上がってきました。
【同様の主な文具企業】
ぱーそなるたのめーる(大塚商会)
http://www.p-tano.com/
カウネット(コクヨ)
http://www.kaunet.info/
イーサプライ
http://www.e-supply.co.jp/


企業間でそれぞれの力を組み合わせて、強靭な流通のしくみを作るという流れは、今後、様々な分野で進展していくことでしょう。

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アスクルのカタログはこんなに厚い。
見ているだけでも楽しいです。
askul.jpg

カタログが送られれくる度に、顧客の心をつかむサービスが付加されていることに驚かされています。
最近注文した発注リストが挟み込まれていたり・・・

(注意:決してアスクルの宣伝ではありません。貞昌院では同様のものも公平に利用しています。あくまでも先駆的な事例としての記載ですからご了承ください。)

Name kameno : 09:59 AM | comments (2) | trackbacks

春の花いろいろ

暖かい一日となりました。
貞昌院でも様々な種類の花が咲き出してきましたので、ご紹介します。

まず最初。
↓これ何だか分かりますか? (ヒントはお財布の中)
200503121.jpg

実は、みつまたの花です。
ご存知の通り、昔から和紙の原料として、楮(こうぞ)と共に使われてきました。
現在では紙幣の原料として有名ですね。
花はこんなに鮮やかで綺麗なんです。
貞昌院の茶室横に黄色とオレンジの二種類ありますが黄色のほうが咲き始めたのでご紹介します。
みつまたの名前の通り、枝が3つに分かれて成長するのが特徴です。

200503126.jpg
二つ目は、緋寒桜。
鐘楼堂の脇に植えられています。
200503122.jpg
このように下向きに咲くのが特徴です。
メジロやヒヨドリが甘い蜜をもとめてたくさん集まってきます。

200503123.jpg
三つ目はクリスマスローズ。
裏庭に露地植えされています。


200503124.jpg
四つ目はサンシュ。
漢字では山茱萸と書きます。駐車場脇に咲き始めました。


200503125.jpg
五つ目は山門前のウメ。
もう満開となっていて、あと数日が見ごろかもしれません。
陽射しを浴びた透明感のある花びらが美しいです。

ということで、少しまとめて撮ってみました。
撮影データは、EXIFを残してありますのでそちらをご参照ください。

Name kameno : 05:21 PM | comments (5) | trackbacks

ハイパーマーケットの明暗

カルフール、国内8店舗をイオンに売却へ 週内にも発表

カルフールは00年12月、千葉県の幕張に1号店を出店。南町田(東京)、狭山(埼玉)、東大阪(大阪)、尼崎(兵庫)など首都圏と近畿で8店舗を展開している。大量仕入れによる安売り販売の手法で外資系大手スーパーとして初めて日本市場に進出したが、業績が低迷し、昨年以降日本からの撤退を検討していた。
http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/art-20050309220342-JCFCXKWQEF.nwc

昨日のニュースです。
カルフールは1959年にパリで創業した巨大なセルフサービス店であり、ハイパーマーケット(売場面積2,500平方メートル超の食品主体のセルフサービス店舗)の元祖とも言われます。
鳴り物入りで日本に進出しましたが、その幕切れはあっけないものでした。

そういった「暗」がある反面、元気なハイパーマーケットもあります。
その代表格が、コストコホールセールでしょう。

子供が通っている幼稚園のお母さん方には大変な人気で、グループ買いなどをしたりします。
割合近くに店舗があるので、早速行ってみました。

まず、コストコとは??という方は http://www.costco.co.jp/ をご参照ください。
主な特徴は
■コストコホールセールは、会員制の倉庫型店舗。
■入店時に写真つき会員証の提示が必要。
■会員はゴールドスターメンバーとビジネスメンバーの2種類。
■出店時にレシートと購入した商品の照合が行われる。

会員制ですから、会員証をまず作ります。
貞昌院でビジネスメンバーに入ってみました。

20050310-4.jpg

ハイパーマーケットは、車で行くことが前提になりますから、駐車場も整備されていて、大型のカートで直接店舗から駐車場まで運ぶことが出来ます。
最初に駐車場から店舗に入ると、まず店舗内部がやたら大きいことに驚かされます。
まあ、倉庫型の店舗ですから当然といえば当然ですね。

売っている商品の単位が一桁違いますので、買い込むには相当の覚悟が必要です。
日本製のポテトチップとかも、こんな大きな袋詰めは初めて見る・・・という驚きで、最初は十分楽しめると思います。

アメリカなどは、一週間分の食料品を買い溜めして冷蔵庫に突っ込んでおくといいますが、いかにも「アメリカの大量消費文化」を象徴するような店舗です。
日本の普通の家庭では、とても消費できる単位ではありません。
パンとかも36個入りとか、肉がキロ単位とか・・・・・・

逆に、レストランとかを経営している人にとってはとてもありがたい店ではないでしょうか。
それと、冒頭に述べたグループ買いですね。

かなり買いこんでしまったのですが、特にジュースとパン類はおすすめかもしれません。
見かけの大雑把さとは裏腹に、とても美味しいです。

20050310-2.jpg
ジュースは1ℓ×12個が一単位で売っています。南アフリカ産。単価はかなり安い。

20050310-3.jpg
アップルパイ。見かけはあまりよくないのですが、焼きリンゴがたくさん入っていて美味しい。
(これを食べながら書込みをしています)

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コストコは、単なるハイパーマーケットではなく、Membership WholeSale Club=会員制の卸問屋であり、本来は飲食業や小売店、企業をターゲットにしていました。
それが一般消費者にターゲットを広げて現在の形になりました。
ゴールドスターメンバーよりビジネスメンバーの方が会費が安いという所に、その本来の特徴を垣間見ることが出来ます。

安さの秘密は、物流コストと人件費の大幅な削減が大きな要因になっているようです。
つまり、倉庫=売場であるため、出荷された商品が、工場出荷時状態でパレットごと積み上げられること、商品売場に人員をほとんど配置しないという大胆なコストカットを行っているわけです。
さらに、商品点数を絞り、ロットを大きくすることによって客一人当たりの購入単価を増やし、大量販売に徹することが出来ます。

また、年会費は高めに設定されているため、消費者は何度も通って元をとろうとする心理が働くでしょう。
(これを会員制カードによる「メンバーシップ・ロックイン」効果といいます => ロックインについてはQWERTYのトピックスでも出てきましたね )
コストコとしても、年会費がかなりの収入源になるため、低い粗利益率を実現でき、限界に近い低価格が実現されています。

今までの日本型の小売店の常識を覆す特徴を兼ね備えているといえるでしょう。
このような倉庫型のハイパーマーケットが日本に根づくのか、それともカルフールのように一時的なブームに終わるのか。
推移を見守って行きたいと思います。

Name kameno : 10:06 PM | comments (0) | trackbacks

春の出会い

数年前のおなはしです。
たまたま庭の手入れをしていると、隣の天満宮との境界にある出入り口から、かわいい笑顔が2つこちらを覗き込んでいる。

目と目が合うと

「入ってもいいですか?」

慎重な足取りで近づいて来る。
女の子は近隣の小学生で、仲良し二人組みとのこと。

「ここは何ですか?」

「さっきいた所がお宮で、ここはお寺ですよ」
神様のこと、仏様のことを手短に話すと、初めて聞いたという顔をしている。

「あれは何ですか」
と山門脇の六地蔵の方を指差す。

「皆の願い事を聞いて救って下さるお地蔵さまですよ」

「拝んでもいいですか?」
と聞いてから、二人でお地蔵様の前に行き暫く真剣な表情で手を合わせている。

満ち足りた表情で戻ってきて、
「私たち、何のお願いをしたと思います?」

「あれが欲しい、是が欲しいというお願いではないの?」

「皆が仲良く平和に暮らせますように」。
「それから最後に、お勉強がもう少しできるようにとお願いしたの」

「偉いなー。 お地蔵さまは、必ず二人のお願い事を叶えてくださるよ」

もうすぐ花祭り、午後からは花御堂を表に出すので外からお釈迦様に甘茶を掛けることが出来るようになると話すと、 
「必ず来ようね」

さて、当日の午後。
午前の花祭り法要に参詣された檀家の皆さんと懇談している時、ふと外に目をやると、来ました、来ました、二つの笑顔。
参拝のし方を教えてから甘茶を振舞うと、

「この間ね、田舎に行って来たの。」
「それでね、田舎のお婆ちゃんに仏様のことをたくさん教えてもらって来たの・・・・・・」


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最近では、昨今の世相を反映してか、大人でさえご先祖さまや、大自然を敬う心を失って身勝手な行ないをする人も増えているように思えてなりません。

けれども、そんな中で、お彼岸や休日などにお墓参りに来られる人は逆に多くなりました。
特に子ども連れでお墓参りをする家族が以前に増して多くなり、お墓も明るい雰囲気に包まれています。

また、ご法事での寺参りも子ども連れで参詣される家族が多くなりました。親に倣って、かわいい手つきでお焼香をしています。

「子は親の背を見て育つ」
この言葉を思い出させる爽やかな出会いでした。

Name kameno : 04:49 PM | comments (2) | trackbacks

オオイヌノフグリ

川の土手や畦道などに一面に小さなコバルト色の花を咲かせます。

名前の由来は、可憐な花に対してとてもかわいそうなのですが、実が「犬の陰嚢」に似ているところからこの名前になったそうです。
是非、もっとかわいい名前に改名してあげたいものです。

【別名】

ホシノヒトミ
テンニンカラクサ
ルリカラクサ
ヒョウタングサ

いろいろある別名の中では、ホシノヒトミ(星の瞳)に一票。

20050309.jpg


ここ数日は暖かい日が続いたため、先日咲きそうな時期をお知らせした福寿草がこんなに大きくなってしまいました。
イメージがだいぶ違いますね。

200503092.jpg

Name kameno : 01:29 PM | comments (2) | trackbacks

ヒヤシンス

ギリシャ原産のユリ科の花。
球根のため、毎年同じ場所に花を咲かせます。

20050308.jpg
クリックすると拡大します

Name kameno : 01:25 AM | comments (2) | trackbacks

道元禅師と歯磨き

医療環境が整った現在では、死亡原因として以前のように伝染病(結核やコレラ)が問題になることはあまりありません。
逆に、死亡原因で大きな割合を占めてきているのは「生活習慣病」と呼ばれる、ガンや脳卒中、糖尿病、心臓病等です。

死因順位(第5位まで)別にみた死亡数・死亡率(人口10万対)の年次推移(厚生労働省)


これらの「生活習慣病」は文字通り、食事や飲酒、喫煙等の生活習慣が主な要因と考えられています。そして、その予防には、バランスの良い食生活、さらに1日30品目以上の食品を取ることが理想とされています。
そのためには、自分自身の歯で食事をすることが大切であり、歯の健康が重要になってきているのです。

歯が悪ければ食べられるものも限られてきますし、美味しく食べることも出来なくなります。食べることは、年を取っても楽しみであり、心の健康を保つために必要です。

自分の歯が20本以上あれば、ほとんどの食べ物をおいしく食べることができます。
しかし、多くの歯を失えば、噛めないばかりではなく、全身の健康に大きな悪影響を及ぼすため、厚生労働省と歯科医師会では、「80歳になったとき20本以上の自分の歯を残そう」という8020運動を呼びかけています。

しかし、歯の健康というのは一朝一夕に出来上がるものではありません。年を重ねてから、あるいは実際に歯が悪くなって始めたのでは遅いのです。
また、乳歯の健康がその後の永久歯に与える影響も強く指摘されています。ですから、年老いてから慌てないためには、小さい頃から歯磨きの習慣を付け、さらに年齢と共にこまめな手入れを欠かすことができないのです。


歯磨きの大切さについては、永平寺を開かれた、道元(どうげん)禅師も指摘していました。
道元禅師の著書、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』「洗面」の巻で、洗面の仕方、歯の磨き方をこと細かく解説しています。
また「洗浄」の巻では、爪を切ることや、トイレの入り方などに関して説明しています。

『正法眼蔵』「洗面」にか書かれている歯の磨き方について、具体的に見てみましょう。

〔楊枝を〕よくかみて、歯の上、歯の裏を磨くがごとく洗うべし。
たびたび磨いて洗いすすぐべし。歯のもとの肉の上もよく磨き洗うべし。
歯の間もよく掻いて清らかに洗うべし。
口を漱ぐことをたびたびすれは、漱ぎ浄められる。
その後、舌をこそぎ洗うべし。

このように、歯ブラシとしての楊枝の使い方が細かに示されています。
当時の楊枝は、文字通りヤナギの小枝を使用したもので、それの先を噛んで細いすじのようにして用いました。
時代が下るとヤナギの材の先を叩いてフサのようにした、ふさ楊枝も用いられていたのです。

そして、何よりも鎌倉時代においても今と殆ど変わらない磨き方の指示をしている事にも驚かされます。
ここでいう、歯のもと(歯茎)を磨くというのは、現在では歯槽膿漏の予防として大きな効果があるともいわれています。

歯磨きの習慣なんて、何をいまさら、とおっしゃる方もおられるでしょう。しかし、その当たり前のことが出来ないのが、残念ながら人間なのです。

ムシ歯を持っている子供たちは、徐々に少なくなっているとはいえ、まだまだとても多いことに気が付きます。統計によれば、小学生の70%以上がムシ歯にかかっています。これだけ、多くの場面で歯の大切さが言われ、テレビでは終日歯磨き粉や歯ブラシの宣伝をしているのに・・・・・

学校保健統計調査(文部科学省)


健康な生活というのは、どこか遠くにあるもの、もしくは特別の環境でなければ求められないもの、という訳ではありません。日常の生活をきちんと行うことこそが重要なのです。
豊かな生活を送るためにはまず健康でなければならない、そのためには歯が丈夫でなければならない。そのことを道元禅師は800年近く前から知っておられたのでしょう。 

Name kameno : 03:07 PM | comments (2) | trackbacks

クッキー作り

クッキー作りは実に簡単。
ちょっとした遊び感覚です。

メモ:材料=バター1:砂糖1:薄力粉2

まずバターを溶かし、砂糖を混ぜ、そこに薄力粉を混ぜ、伸ばす。
好みによりシナモンとかバニラエッセンスを加える。
数ミリに伸ばし、型抜き。
あとはオーブンで焼くだけ。

20050305.jpg

Name kameno : 11:35 PM | comments (0) | trackbacks

大雪注意報

さらさらの雪が昼近くまで降るようです。
数センチは積もるかもしれません。

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Name kameno : 07:21 AM | comments (0) | trackbacks

木瓜

玄関前のボケ(木瓜)。

報春花とも呼ばれる中国原産の花。
けれども、中国出身の知人がこの花を知らなかったのは意外でした。

20050302.jpg
クリックすると大きくなります。


20050303.jpg
今日はひなまつり。
ちらし寿司をみんなで食べました。
雛人形の出番も今週末で終わりとなります。

Name kameno : 09:58 PM | comments (2) | trackbacks

使い辛いものをわざわざ使う理由

今、一所懸命このブログの文章を打ち込んでいる、御馴染みのキーボードですが、左上からQWERT・・・と並んでいるために、QWERTY配列と呼ばれます。
このキーボードの歴史は、タイプライターの歴史までにさかのぼり、レミントン社が生み出した配列です。
なぜこのような配列になっているのか・・・・
これは人間工学的に最も指が疲れないように工夫されたわけでも、英文の単語の出現頻度を調べて効率の良い配列にしたわけでもありません。

驚くことに、配列を工夫して打ちやすくしするとタイプラーターを速く打ってしまうため、印字アーム部分が絡み付いてしまうのを防ぐよう、わざわざ打ちにくいように配列してあるのです。 (注1)

便利なタイプライターは生活・仕事上で重要な位置をしめ、一般社会に普及していきます。

時代はやがて、タイプライターからコンピューターへと移り変わり、機械的に印字アームが絡みつくという制約が無くなりました。

打ち辛いQWERTY配列は廃れてしまったでしょうか????
答えはもちろんノーですね。

実は、タイプライターからコンピューターへの転換期には、 Dvorak Simplified Keyboard のように、効率的で打ちやすい新しい配列のキーボードが幾つも生み出されていました。
しかしながら、結局デファクトスタンダードとして残ったのは、QWERTY配列キーボードだったのです。
 

ここで、QWERTY配列キーボードの歴史を改めて振り返ってみましょう。

1867年 Christopher Latham Sholes と Carlos Glidden, Samuel W.Soule らが ABC 順にキー配列したタイプ式ライティング機を特許申請。
1867年 James Densmore が加わり、キー配列を、印字棒の絡み合いがなるべく少なくなるよう研究し、現在の4段 QWERTY配列に近いものが出来上がった。
1873年 QWERTYキー配列を採用したE・レミントン社のレミントン機が発売された。
1873~1880年代初めには、QWERTY 配列のキーボードは、米国で 5000 台程度の普及であった。
1872年 テレタイプ機の基礎となった電機回転式印刷装置が登場し、印字棒がからむ問題は回避される機械が開発された。このころ、ハモンドやブリッケンズダーファーのタイプライターは、Idealキーボードのように、QWERTYよりも打鍵しやすいキー配列を採用していた。
1880年代 タイプライターブームにより、QWERTY に対抗するキー配列が数多く提案されていく。
1880年代後半 キー入力として、それまでは数本の指で打鍵していたが、10 本の指を使う「タッチタイピング」が出現。タッチタイピングの習得手段として、QWERTYキーボードが広く使われだした。
1890年代 タイプライター産業は、国際標準として、 QWERTYキーをもったタイプライターを事実上標準化した。
1936年 ワシントン大学の August Dvorak 教授により、打鍵効率が格段に向上した DSK配列を開発・特許を取り普及に努めるが、すでにQWERTキーボードの勢いをとめることができなかった。
1970年代 コンピュータの出現により、業界紙の中で QWERTY を捨てる呼びかけがあったにもかかわらず、QWERTY は相変わらず使い続けられた。

では、なぜ、QWERTY配列キーボードが廃れなかったのでしょうか。

このような現象は、「ロックイン」「スイッチングコスト」「サンクコスト」というキーワードで答えを見出すことができます。

キーボード入力は、習熟を必要とする入力装置ですから、これを、サンクコストの観点から見てみると、
「サンクコスト」とは、ある程度早く入力できるようになるために費やすトレーニングコスト といえます。
このコストは、一度投資してしまったら、回収不可能な費用でありますから、一度使い始めたキーボードに対して費やされたサンクコストの膨大さを考えると、それまで慣れしたしんで使っていたキーボードを放棄して、新しい配列のキーボードに乗り換えることに、大きな抵抗を感じます。
従って、タイプライターからコンピューターへの転換期にあたって、たとえ機械上の制約から解き放たれたとしても、依然として「わざと使いづらくした」キーボードを使い続けることになるわけです。

「ロックイン」とは、その製品の他に、互換性がないような技術や製品のことを指します。
ある製品を導入して、その後ライバル製品が現れたとしても、いまさら新しいものに切り換えることが困難になってしまう現象であり、これによって消費者が不利益を被る場合も多々あることでしょう。

「スイッチング・コスト」は、今使っているものから、新しい製品に切り換えるのために費やされる費用をいいます。スイッチング・コストが高くつくのであれば、消費者は他の製品にたやすく乗り換えることはできません。
 
これらの足かせは、製造業者・導入企業・タイピストそれぞれにどのような影響を与えているかを考えてみます。

(1)製造業者
 どのような配列のキーボードを製造するかを検討する段階で、需要の多い、一番普及している種類のものを選ぶことでしょう。一度 QWERTY配列に決定したら、別の型のタイプライターに転換するためには多少なりともコストがかかってしまうし、売れるかどうかも不明確でリスクが大きい。

(2)導入企業
 一番普及している配列のキーボードを導入すれば、タイピストが幅広く、安価に募集できる。逆に、マイナーなキーボードを採用すると、キー入力の習得のために、教育をしなければならないかもしれない。トータルとして、多少入力効率が悪くても、タイピストの確保や、教育の間作業が滞ることなどを考慮すると、一番普及しているものを採用するのが当然でしょう。

(3)タイピスト
 特定の配列に慣れてしまった場合、仮に他のキー入力へ変更するためには、トレーニングする時間と労力がサンクコストとして余計にかかってしまう。したがって、初めに習得する際には、より広く通用する、つまり一番普及している方法で習得しようと考えます。

結果として、三者とも最も普及しているキー配列を促進する方向に進んでしまうのです。

このように、キーボードのような、今まで使っていた製品から別の製品に替える際に必要となるコストは、新規投資費用、サンクコストの他に、リスクなどの心理的費用等がかかることになり、これらの費用(すなわち、スイッチングコスト)が大きければ大きいほど、今まで使っていた製品から他のものへ移ることが困難となります。
 このように、一度選択されてしまうと、それ以降の変更が困難になり、将来の選択肢が規定されてしまうこと、これがロックイン効果であり、QWERTY配列が未だに幅広く使われていて、他の優れた配列のキーボードを排除してしまうメカニズムなのです。

世の中、全てが効率的な方向に進むものとは限らないのですね。

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注:⇒この「打ちにくくすることを意図した・・という表現には異論もあります
 http://www.sixnine.net/keyboard/qwerty.html
 http://homepage1.nifty.com/cura/oya/kb_arguments.html
 などを併せてご参照ください。
 けれども、少なくとも、最も効率的なキー配列でないはずです。
 さらに言及すれば、日本語の「ローマ字入力」をする場合には、とてつもなく入力し辛いキー配列であることは間違いありません。
 
 もしかしたら、打鍵速度を抑制したというより、単純に遊び心で適当にキー配列を決めたのかもしれません。
 だって、タイプラーターって単語をキーボード上でたどってみてください・・・・TYPEWRITER・・・・・全部上の段ですよ。(88へぇ)

Name kameno : 11:45 PM | comments (18) | trackbacks

子共たちに理数系の面白さを!

子供たちの理数系離れが進んでいると言われます。
具体的なデータは下記にあります。
http://www.i-cube.co.jp/mirai/02autumn/suugaku/data.html

特筆すべきは
■科学技術に知識を持っている一般市民の割合
高い順にデンマーク、イギリス、オランダ・・・・・
日本は深い知識をもっていると答えた市民は僅か数パーセント。

■数学を「好き」あるいは「大好き」だと思っている生徒の割合
調査37カ国中36位・・・・
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/index.htm

これでは技術立国の看板が泣きます。

大学が理系と文系に明確に分かれているという教育システムも問題ですが、大学で専攻を選択する際に、理系では大学生活を楽しめない、暗い、勉強が大変などの理由で、理科系が敬遠されてしまうようです。

文部科学省では、平成14年度から科学技術・理科、数学教育を重点的に行う「スーパーサイエンスハイスクール」を指定して研究を進めています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/04/020416.htm
-----------------------------------------------

奈良県の西大和学園高校では、奈良先端技術大学院大学、京大、東大と連携し、最先端の遺伝子研究や生物学の講演を始めた。
「中学や高校の生物の授業とはまた違う、新しい面を見られて面白かった」(2年・男子)
「クローン技術を完成させるのにさえかなりの長い年月が費やされてきていて、科学技術にゴールはないのだと実感できた」(2年・男子)
と感想を述べている。
 いわゆる体験型の授業とも捉えられる試みだが、今村浩章西大和学園校長は「目標大学を目指しながらなおも余裕のある生徒」のために、この試みに着手したという。基礎学力を十分備えた生徒には、このような体験が刺激となって、創造的な「ひらめき」が生まれてくるだろうことは想像に難くない。
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理数系の科目を学習するには、基礎学力が必須です。
つまり、基礎時点でつまづいた生徒にとっては、それ以降の理数系の授業は理解できず、苦痛でしかないし、逆に基礎がしっかり身についている生徒は、自分なりに消化し、それを元に、自分で興味ある新しい分野で独自的な解法をつくりだすことができ、こんなに楽しいことは無いと感じます。

数学者・遠山啓氏は、「数学、科学一般におけるもっとも重要な手段」の特徴として「一般性」「分析と統合」などを挙げています。
子どもがおもちゃを分解する行為に例えれば
「分析」=「構造やからくりを知ろう」とする過程
「統合」=「それぞれの部品を組み立てたりつなぎ合わせたり」して、再構築する過程
これにより
「一般性」=日常生活の中でも、周囲の情報をさまざまな角度から「分析」し、それらを総合的に「統合」することによって正確な理解が得られる

ということなのですが、これはメディアを読み取り、総合的に発信する力、メディアリテラシーについても同様です。

蛇足ですが、遠山啓氏の本について、私も、私の弟もボロボロになるくらいに読んでいた「算数の探検」という本が、絶版になってしまっています。
復刊に向けて協力をお願いいたします。
http://homepage.mac.com/kamenoseiji/Sansuu/index.html


最後に、
先日のH2Aロケット7号機の打ち上げにより、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は
今後5年間は、H2Aロケットの信頼性向上や国際宇宙ステーションでの技術習得
10年後までに月面探査ロボットを開発。宇宙ステーションに物資を輸送する無人補給機「HTV」の実用化
20年後には、有人基地の開発に着手、有人再使用輸送機の独自での開発着手を目標
ということで、今後20~30年で有人宇宙活動を可能にするという政府方針と併せて、夢のある計画が進んでいます。

子供たちに、是非理数系の本当のおもしろさを理解していただけるような教育環境を整備して欲しいものです。

Name kameno : 11:23 PM | comments (2) | trackbacks